クリスマスすなわち悪魔の一日
クリスマス作品を書いている方がいっぱいいらっしゃいましたので、便乗してみました
残業が終わらない。
ため息とともに、俺はちらと腕時計を確認した。
二十三時七分。
十二月二十五日。
日付を見て、俺は思わずあっと声をあげた。
なにかを忘れていたかと思えば、今日はクリスマスではないか。
やばい。
裕貴に新発売のゲームを買っておくのをすっかり忘れていた。
この時間では近所のゲーム屋も閉店してしまっている。
ーーしくったな……
裕貴の泣き顔が脳裏に浮かんでくる。
きっと嫁からも厳しくどやされるだろう。なんのために今日お小遣いの五千円を渡したと思ってるの。
俺は机の上にどっさりと積み重なった書類を見つめ、またもため息をついた。
若い同僚たちは、みな【大事な人との時間】を大切にしたいということらしい。俺に仕事を押しつけて帰ってしまった。
そう。
ガキどもはプレゼントを。
ちょっと歳を取ったガキどもは恋人を。
それぞれ求めるようになる。
ーーふざけやがって。
どいつもこいつも、俺をなんだと思ってやがる。
何でも屋じゃねえんだぞ。
ちっと舌打ちをしながら、俺は残りの仕事を片づけるべく、キーボードを叩いた。
☆
いつからだろう。
クリスマスがまったく楽しみではなくなった。
ガキの頃はクリスマスが待ち遠しかった。
欲しいものなんていくらでもあったから。サンタさんがなんでも持ってきてくれると思ったから。
それに変化が訪れたのは思春期の頃か。
すこしマセた年齢になると、《サンタさん》の代わりに恋人を求めるようになる。
だが、俺は悲しいまでにモテなかった。
カップルが行き交う大通りを、単身でさすらうことの何たる悲しさか。
その頃から、俺にとってクリスマスは悪魔の一日となった。自分の存在価値を否定されるようだったから。
三十歳になって、俺は結婚した。
婚活サイトで知り合った女性だ。
おそらく、俺への恋愛感情はまっったくなかっただろう。きっと年収に惹かれただけだと思う。
一緒にいたいとか。
貴方といると安心するとか。
それらしい言葉をかけられたりはしたが、「好き」と言われたことはついぞ一度もない。
それでもよかった。
俺とても、彼女にそこまでの恋愛感情はない。
だが、自分の年齢を考えて、なんとなくで結婚した。親の喜ぶ顔も見たかったから。
その人生の末路が、これだ。
クリスマスが楽しみだったのは、せいぜいガキのときまで。
それ以降は、単なる《悪魔の一日》でしかなかった。
ーーもう、疲れたよ。今年も俺はよく頑張ったと思う。
サンタよ。
もしおまえが実在するならば、俺の願いを叶えて欲しい。
年末年始くらい寝かせてくれ。誰ももう、俺に関わらないでくれ。
それ以外は望まない。俺はいたって普通の生活がしたいだけだ。
☆
「あ、お父さん、おかえり!」
「ん? お、おう」
家に帰って驚いた。裕貴が満面の笑顔で出迎えてきたからだ。
「おいおまえ、もう夜中だぞ。早く寝ないか」
「いいんだよ。母さんだっていいよって言ってたし」
「なんだって……?」
教育に厳しいあの女が。
いったいどういう風の吹き回しだ。
リビングに入ると、俺はまたしても驚愕した。
室内に飾られているクリスマスツリーに、「お父さん いつもお疲れさま」と書かれたボードが吊されていたからだ。
「こ、これは……」
なにも言えずにたたずんでいると、嫁がキッチンから姿を出した。この時間になんとエプロンをつけている。
「ああ、帰ったのね。いまからご飯にするから、座って待ってて」
「い、いまからメシだって?」
「そうよ。今日くらい家族みんなで食べたいでしょ?」
家族みんな……。
「すまない。俺を待っていてくれたのか……」
「いまさらなに言ってんの。お仕事お疲れさま。さ、はやく着替えて待っててよ」
いやはや、歳を取ると涙もろくなってしまうらしい。
たったこれだけのことで、視界が滲んできてしまった。
俺が目頭を抑えていると、嫁が小声で囁いてきた。
「で、あんた。プレゼントは?」
「いや。それがだな……」
「やっぱね。そういうことだと思って、もう買ってきてあるから」
言うなり、そのまま頬に唇をつけられた。
「お、おい、裕貴に見られたらどうするつもりだ!」
「裕貴はお風呂に行かせてるよ。あんた、メリークリスマス」
サンタよ。
おまえは俺の願いを叶えてくれたのか。
それともたまたま家族の機嫌が良かっただけか。
どちらにしても、今年に限っては、悪くないクリスマスだった。
メリークリスマス。