副流煙
私は先生が好きだ。
放課後の屋上、まだ子供な私は階段を上るときにはもうドキドキしている。
先生がいるのは分かっている。
冷たく重たい扉は、一旦私の心を冷静にさせる。いてくれたらいいなに変わる。
原動力を期待だけにして、必要以上にドアノブをひねる。
扉を開けたすぐ右、壁にもたれかかるように先生はいた。子供な私は、感情が溢れ出ないよう必死だった。
だけど先生は違う。
大人な先生は、 私をちらっと見て、煙草をひと吸いして間をつくった。その間のせいで、私の感情は募りに募る一方だ。
「屋上は立ち入り禁止ですよ」
先生の大人な一言で、私も少し大人なった。いや、大人になってしまった。
それはありがたいことだった。
先生と生徒の関係である以上、想いが溢れた方が負けだ。
私と先生の場合でいえば、私に勝算は無いからここで大人にならなければいけない。
「他の先生に見つかると迷惑ですよ」
先生は器用な大人だ。冷静になるための特効薬のような言葉を、私に処方してくれる。
こうして私は、ようやく先生との会話までたどり着けるのだ。
「先生だって立ち入り禁止でしょ。あと煙草、やめてくれませんか。未成年者受動喫煙になるので」
冷静になった私の言葉は不器用だ。
ただ素直になるのは駄目だ。
私が私自身の気持ちに応えてはいけない。息苦しくはない、本来はそこで生きていなければならないのだから。
「後から来たのはあなたじゃないですか。僕以外にそんなこと言うのはいけないですよ」
先生は一瞬ふて腐れた表情を見せた後、すぐに笑って地面に煙草を押し付け火を消す。
先生は器用な大人だ。
優しすぎるその性格が愛おしくてたまらない。
ただその表情は、ずるい。鎮火した私の心に、また種火を灯すようだ。
その後はくだらない話をした。
勉強の話、進路の話、友達の話。
内容なんでどうでもいい。
先生と話せるだけで私はともていい気分だから。先生は器用な大人だ。
誰に対しても同じ優しさで接している。
その誰かに向けられた優しさですら、私の心に染みわたってくる。
誰にでも優しい先生だから好きで、誰にでも優しい先生だから、少し嫌いだ。
私の心に浸透してきた優しさの副流煙は身体に毒だ。
優しさは心に腫瘍を作り、やがて全身に転移する。手足の自由はきかなく、立っていることすらままならなくなる。
治療する必要があるけど、私はあえてしない。この病と共に歩んでいくと決めたから。
先生の目をじっと見つめる。今なら瞳のうんと奥まで見えそうだ。
末期な私の最期の言葉、優しい先生なら受け止めてくれるよね。
「私、先生が好きです」
ねぇ先生。
あなたの不器用なところ、私にこっそり見せてよ。ねぇ…。




