プロローグ1 転生した魔王
我は嘗て魔王であった。
魔導の深奥を垣間見た我は、歴代魔王が束になっても太刀打ち出来ぬほどの力を持ち、魔神に至るまであと一歩と言ったところであったか。
最強魔王である我は好き放題やっていた。
魔導の深奥を極めるため、魔物、魔族、人族など種族を問わず生体実験を繰り返し、あらゆる種族の怒りを買った。
有象無象に何も出来ぬと侮ったのが運の尽き。
飼い猫のユキちゃんを人質にとられ、成すすべなく魔術のすべてを封印され、我は勇者どもに討たれた。
強力な魂を持っていれば、転生時に記憶や能力を引き継ぐ秘術が使用可能である。
我は魔王。死んだ所でなんら支障はない……ハズだった。
我……僕は魔王だった。
勇者共に討たれ、この魔力の無い世界に転生した。
世界自体に魔力がない。魔力を封印され、体外に魔力を放出できない僕は、魔法の使えないただの人間だ。
なお悪いことに、この世界でこの真実を語れば、厨二と罵られる。僕はただのオタクだというのに。
…話がそれたが、一人称を変えたのもこのためだ。
この世界では魔法が使えないと知っての絶望感は半端なかった。
魔導は総てを凌駕する。実際他の力と魔導との間には越えられない壁があった。転生前は魔導以外の弱い力を磨く者の考えは理解できなかったが、魔力を封じられた時に他の力があったならと今は反省している。
僕は魔神に成りたかった。それは今でも変わらない。
魔法のないこの世界では魔神にはなれない。
しかし僕は知っていた。
この世界は勇者の世界であると。
ならば元の世界にも戻れる。
この世界では魔力の封印の術式の解析すらままならない。
今は元の世界でもやっていけるように、力を付ける時だ。
さて、僕はこの世界では充分過ぎる力を得た。
決して厨二ではない。
ステータスの魔法すら開けないため、スキルとして定着出来ているかは微妙だ。
最終確認として、僕はあるヤクザの事務所を訪れた。
「なんじゃわりゃぁ!!」
「すっぞおらぁ!」
「てめぇ何処の組の者じゃぁ!!」
………あれ?チンピラ?
気を取り直して戦闘実験を開始する。
僕はこの世界では“気”と呼ばれる力を発動する。
身体活性と強化を同時に行う秘術…と言われていたが、これも魔術の一つだ。魂から供給される魔力を通常より多く肉体に馴染ませ、身体能力を向上する。体外に魔力を放出しないため、封印状態の僕でも発動できる。最初はこんな小規模魔術なんて…と思ったものだが、これが意外と使える。
魔導は奥が深い。
気の発動が終わったところで、チンピラ共がこちらに向かって来ようとしていた。しかしその動きは止まって見える。
軽く拳を振り抜くと、チンピラの頭はトマトのように赤をぶちまける。近くにいた数人をトマトソースに変えてやると、後ろに控えていた数名は顔を真っ青にしつつ銃を構える。
「ひっヒィィィ」
ガン!ガン!
僕に向けて発砲された弾丸は二発。一発目は気を手に集め、手刀で受け流してみる。手には傷一つなく、痛みもなかった。
二発目は手のひらで受けて掴んでみた。やはり痛みはなく、手のひらには弾丸が残る。ドラゴン○ールの御飯を思い出す。グレートタイヤマンだ。
折角なので脚に気を集め、思い切り踏み込んで見た。
地響きと共に崩れ落ちるコンクリのビル。
下敷きになるのは面倒なので壁をぶち破って外にでた。
「順調そうですね!ごしゅじんさま♪」
外にでると、倒壊するビルの轟音にまぎれ、一人の少女が声をかけてくる。
「ああ、やっとお前に追いつきそうだ。あと、僕のことはおにいちゃんと呼べ」
「はぁい、おにいちゃん☆」
こいつは前世で飼っていたセイントジャガーのコユキだ。
僕が討たれたあと勇者どもにテイムされかけ、慌てて自害したそうだ。コユキは転生後の引き継ぎの秘術を使えない。
しかし運良く転生の折り、神が二君に仕えぬ服従心に心打たれて、コユキが望むままに転生させたという。
コユキは僕の近くで、対話可能な形で転生することを望んだらしい。コユキは双子の妹として転生した。
確かに可愛がってはいたが、そんなに懐いていたのかと、その話を聞いて嬉しくなった。
しかし妹に「ごしゅじんさま♪」なんて呼ばせて喜んでいると思われては辛い。改めさせようとしているが、直らない。
こいつわざとやってるんじゃなかろうか…
「そろそろ元の世界に戻ってもいい頃合だろう。転移魔法陣の検知を頼む」
「あいあいさー☆ごしゅj…おにいちゃん♪」
ちなみにコユキの独特のイントネーションは僕がやらせている。
可愛いは正義だ!