静かなる怒りと新たな友人
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嘲笑を浮かべていた生徒の中でただ一人だけ異常な事態に気がついた人物がいた。
髪の毛は淡い緑、やや童顔ではあるが瞳の色は透きとおった蒼。そんな女性なら思わず振り向いてしまいそうな青年は、つい10分前に起きた現象について考え込む。
「(あの時契約の魔法陣の光はそれ以前の白と異なる蒼色だった。それにこいつらは気づいていないだろうが、通常の契約だったら”声”が聞こえないとおかしい・・・・。それになぜここまで時間がかかってる?異常だらけじゃないか・・・・)」
青年”レオン・エッジ”は周囲で嘲笑を浮かべているクラスメートを横目に異常な点を頭の中で列挙してゆく。そしてようやく魔法陣が光りだす。
「・・・・なっ・・・」
魔法陣から現れた”二つ”の影に、レオンは唖然とするのだった。
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「なんだ?落ちこぼれもようやく契約魔を・・・・ってこれは傑作だ!!」
「人間・・・?まさか最下級ともいえるラットですらないとは!!ははははは!!!」
「それに見ろよ!!見たこともない格好だぜ?」
「高貴なる我らと戦えるとは思えないな!!」
光る魔法陣から出た二人を迎えたのは嘲笑の嵐だった。思わず下を向くクリス。
そんな彼女を促し、雪駕は生徒達から離れた位置にクリスを連れてゆき、若干の殺意を隠しながら会話を聞き取ってゆく。どうやら一番偉そうな男(雪駕はクリス以外の名前を知らない)が一ヶ月後に契約魔と契約者のタッグで一か月耐久サバイバルを行うと宣言、その瞬間大半の生徒がクリスを憐れみと侮蔑の目で見ていたのを雪駕は確認した。
そうして解散の旨が伝えられると、雪駕はクリスを促して一足早くその場から去るのだった・・・・そのあとをレオン・エッジが着いて行っていることをやや無視しながらではあるが。
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俯いたままのクリスと雪駕がやってきたのは、クリスが寝泊まりしている小さな一軒家の傍にある小さな公園だった。彼女はベンチに座ると雪駕に申し訳なさそうに話しかける。
「雪駕さん、我慢してもらっちゃう形になってごめんなさい・・・」
「謝る必要はない・・・・一ヶ月後のサバイバルで目に物見せればいい」
「無茶ですよ・・・・一ヶ月でモノになる武器なんて用意できません」
「ならクリスは諦めるのか?」
雪駕の言葉に絶句するクリス。”諦める”。それはクリスが一番したくないことであった。思わず首を横に振るクリス。
「否だという意思が確認できればそれだけで十分だ・・・・俺を契約魔にできて良かったと思えるようにしてやるよ」
「でも・・・・」
「俺は・・・・と、その前にだ、何時まで覗き見してるつもりだ?」
「え?」
クリスの目を見て笑みを浮かべながら宣言する雪駕。クリスが言葉に困ったようにしていると、雪駕が背後にいつの間にか左手で腰のホルスターから抜いたマテバ6ウニカを木に突きつけながら問いかける。
雪駕の唐突な行動に驚いていたクリスだったが、木の蔭からレオン・エッジが出てくるのを見てさらに混乱する。
「え・・・?」
「何時から気づいていた?と聞くのはやめておくよ。どうせ最初から気づいていたんだろ?」
「当たり前だ・・・・こういう言い方は少々俺の流儀ではないが、魔法などという俺の知らない技術が関わらなければ貴様らド素人の技術などたかが知れている」
出てきたレオンは生まれて初めて覚える死の恐怖を必死に表に出さないように虚勢を張る。それすらお見通しだと言わんばかりに雪駕は鼻で笑う。
「要件は何だ?侮蔑など行うなら・・・」
「僕はそんなことするつもりは毛頭ないよ。彼女が陰で人一倍努力していることも、僕は知ってるしね」
殺意を込めた目で目の前の男を睨む雪駕。対するレオンは流石にまずいと判断したのか、弁明する。
「僕の要件は一ヶ月後のサバイバルに関してさ」
「・・・・聞こうか」
「まあ、まずは自己紹介だね。僕はレオン・エッジ。オリアナ魔法学園で彼女と同じクラスの魔法使いさ」
「・・・・水無月雪駕。クリス・アーヴィングの契約魔だ」
肩を竦めてレオンが切り出す。雪駕も話を聞こうと考え、マテバをホルスターに収め、レオンに目を向ける。
「あの、エッジ様」
「レオンでいい。あいつらみたいに侍られるのは趣味じゃないんだ」
「・・・・どういうことだ」
おずおずとクリスがレオンに話しかける。レオンはクリスに肩をすくめながら穏やかな笑みを向ける。
「えと、レオンさん「レオンで頼むよ」あぅ・・・・レ・・・レオンはこの学園でも十指に入るくらいの実力者なんです」
「・・・・なぜ接触してきた?」
雪駕の疑問にクリスが答える。少し考え込んだ雪駕だったが、ここはストレートに聞いた方がいいと判断し、レオンに問いかける。
「何、簡単な話さ・・・・僕は彼女に興味を持った。だけどそのためには連中に近寄ってきてほしくない。クリスに不快な思いをさせたくないからね」
「・・・・それだけか?」
「ああ、欲を言えば友達になってほしいかな・・・・周りには打算で動くやつしかいないからさ」
レオンの言葉に混乱するクリス。そんな彼女の肩に雪駕は手をおくと、クリスの答えを待つ。
「・・・・なんで私なんですか?」
「まあそう思うのも分るよ。でも君は魔力も有力視されるけど、どちらかといえば血筋至上主義の学園でここまで努力している。これは僕にはとても無理だ。・・・・だからこそだろうね・・・・僕には君のその頑張る姿勢が眩しく見えたし、なによりなぜそこまで努力するのか興味を持てた」
クリスの質問に正直に答えるレオン。その答えにクリスは少し意外そうな表情になる。
「意外、かい?まあ信じてくれ、とまではいかないけども少なくとも僕はあいつらと違って君を見下したりはしない。今はそれだけじゃダメかい?」
「・・・・ずるいです」
「でもそれは僕の偽らざる本心だ」
レオンの言葉に、小さく答えるクリス。そして雪駕の顔を見上げたクリスは、少し泣きそうな笑みを浮かべる。
「信じてもいいと・・・・いえ、私は彼を信じてみたいです」
「クリスがそう思うならそうするといい・・・・俺はクリスを助けるために、全力を尽くそう」
涙交じりに告げられるクリスの本心に、雪駕はクリスの頭を優しく撫でながら笑みを浮かべる。
「さて、積もる話もあるけど、これからの事とか雪駕さんにこの国のこととか話すべきかな?」
「あ、じゃあ私の家に来ませんか?大したもてなしもできませんけど」
「構わないよ。友人として接してくれるんだろう?なら文句はないさ」
レオンの自然な笑みに、クリスも笑みで答える。そうして三人はすぐそばのクリスの家に歩いてゆくのだった。