落ちこぼれと契約者
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オリアナ魔導公国。
世界でも有数の魔法国家であり、珍しく血筋だけでなく実力も有力視される国。
その国に唯一ある魔法学園”オリアナ魔法学園”ではとある噂が流れていた。
曰く”魔法学園創設以来初めての落ちこぼれ”、”名家の面汚し”
そんな噂の対象となっている人物”クリス・アーヴィング”は現在、無表情を装いながらも必死に目の前の魔法陣に魔力を注ぎ込んでいた。
「クリス・アーヴィング・・・・まだなのかね?」
「コーウェン教諭、仕方ありませんよ。あれは落ちこぼれなのですから」
嘲るように一人の男が声をかける。それに対して一人の青年が同じように嘲りの感情を隠そうともせずに答える。
「アラン様、それもそうでしたな」
「”あの”アーヴィング家も落ちぶれたものだな・・・・こんな落ちこぼれが生まれてくるなんて」
普通、この様な言葉を述べれば首が物理的に飛んでもおかしくはないのだが、彼らはその心配がないかのように振る舞う。事実少女”クリス”は実家であるアーヴィング家から離れて暮らしており、実家からは勘当も同然の扱いを受けているからである。
「仮に契約魔を呼び出したところで雑魚でしょう」
「ラットが良いところではないですかな?」
「教諭、それはラットに失礼ですよ」
途切れることなく述べられる罵詈雑言。クリスは泣きそうになる心をひたすら隠し、無心に魔力を注ぎ込んでゆく。すると徐々に魔法陣が光を帯びてゆく。
「ようやくか・・・・ま、私の契約魔に勝る契約魔など出てくるはずもない」
「まったくですな。プライド家の方々は羨ましい限りです」
仮にも神聖とされる契約魔召喚の儀だというのに騒がしくする面々。召喚の間にいる60名あまりの生徒たちは誰もが侮蔑の目で光に包まれていくクリスを見ているのだった。そこでクリスの意識は一度途切れる。
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「・・・・ここは・・・?」
手にしたAK-74Mを周囲に向け警戒しつつ若干呆然とする青年。光に包まれたと思ったらいきなり見たことのない場所に自分自身がいることに、青年”水無月雪駕”は疑問に思っていた。
「(謎は多いがまずは冷静になろう。・・・・あの時あの老婆は”ワシの野望”と言っていた・・・・ここであのばーさんの野望が叶うとでもいうのか?)」
疑問に思いながらも一度バックパックをその場に下ろし、周囲を見渡す雪駕。すると少し離れた位置に誰かが倒れているのを発見する。
「(いつの間に?さっきまでは誰もいなかったはずだ・・・)」
現実的ではないな、とばかりに溜息をつきつつその人影に近づいてゆく雪駕。
「(女の子・・・?それにこの格好・・・・学生か何かか?気絶しているみたいだし、今必要なのは情報だ。無線機もGPSも使えないのなら警戒しつつも情報を得るべきか)」
倒れている少女を見て今後の方針を決定する雪駕。一度バックパックの元に向かった彼が知る由もないが、実はこの空間は契約魔の儀を行う本当の場であり、彼女が気絶しているのは元来の魔力の少なさが故の疲労が原因だったりする。
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「(ま、彼女が目覚めるまで現状の確認と武器のチェックをしておくか・・・・・頭目はどういう判断をするのだろうな)」
少女から少し離れた位置にバックパックを下ろし、武器や弾薬のチェックを開始する雪駕。ふと思い浮かべた疑問と、そこから判断できる決定に彼は少し申し訳なさそうな表情になる。
「(さて、と・・・。突入後、結果的に手に入れることになったAK-74MとGP-34、バックパック右に懸架していたマスターが寄こしてくれたVSSと左に懸架しておいたレミントンM870MCSは異常なし。M1991もマテバも異常なし、と・・・)」
潜入任務に行っていたにしては重装備な持ち物に苦笑しつつも簡易のチェックを済ませてゆく雪駕。そうしているうちに少女が目を覚ます。
「・・・・・え?」
「・・・・・どうした?」
「・・・・・えと、あの、ええと・・・・」
「まずは落ち着こうか。で、俺も状況を把握しているわけじゃない、だから一度お互いに情報の共有というやつをするべきだと判断するが」
目を覚ました少女は少し離れた位置にいる雪駕に気づき、周囲を見回してもう一度雪駕の顔を見る。そして何か話さなければ、と口を開こうとするがその前に雪駕が苦笑しながら提案する。
結局クリスは雪駕に促されるまま深呼吸をし、落ち着こうとするのだった。
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「つまり俺はその契約魔として召喚された、と?」
「はい。状況から判断してそれが一番正解に近いのだと思います」
少女が落ち着いたのを見計らい、まずは自己紹介をした両名。その後まずはお互いの認識の共有を行ううちに、二人は同じ結論を出すしかなくなった。
「私たちの世界・・・・というかこの国には”別世界がある”という伝承もありますから、まず間違いないと思います」
「俺はもう戻れないのか?」
「それは・・・・ごめんなさい、私にはわかりません。ですので戻る術を見つけるまででもいいので共に行動しませんか?契約魔としてなら少なくともこの国では行動できますし」
疲れたようにこめかみを揉み解す雪駕に提案するクリス。彼にとってもクリスの提案はありがたいものではあるが、彼には一つ気になることがあった。
「だが俺は魔法だなんて使えないぞ?」
「・・・・あ」
雪駕に言われて初めてクリスも気がついた。落ちこぼれと言われている彼女も、多少は魔力を持っている。しかし目の前にいる彼からはその魔力が一切感じられなかったのである。
「あん・・・・ああ、済まない。クリスの言う通りなら俺は契約魔として行動できるのだろう。だが俺は魔法だなんて一切使えないから戦うことができないんじゃないか?」
あんた、と言いかけてクリスがジト目で見てきたため、少し慌てて名前で呼ぶと、彼は懸念事項を話す。するとクリスは少し考え込むと、雪駕の持つ武器に目をつけた。
「この国ではマイナーな分類ですが、魔工学というものもあります。もしかしたらあなたの武器に似た、魔法に対応できる武器があるかもしれません」
「ありがたい申し出だがクリスに利益はあるのか?こういってはなんだが、こちらばかり得をするようなことにはしたくない」
クリスの提案に、雪駕は困ったように話す。するとクリスはならば、という感じで提案をする。
「なら、私の剣となり盾となってくれませんか?私は魔力が少ないので・・・・」
「・・・・分かった。俺、水無月雪駕は、クリス・アーヴィングの剣となり、盾になろう。・・・・これからよろしく頼む」
困ったような表情で提案するクリス。雪駕はクリスの瞳に浮かぶ感情を読み取ると、バックパックを背負い、武器を持つと微笑みながら宣言する。すると周囲が再び閃光に包まれだし、次の瞬間、二人の姿はそこから消えるのだった