第七話 白い死神
さっそく雪山へ向かって歩いてゆく。肝心の武器の方はどうなったかというと、穂先をより鋭く、より丈夫に加工してもらった。テールドルトは、店の商品の中でも一、二を争うごつさのハルバードをお買い上げした。ラーナは矢千本セットを買ったようだ。わたしが一番穏やかな買い物をした。少し誇らしい。
「……なあ、さっきから気になっていたのだが、お前、そんなでかい武器振り回せるのか?」
「あ? ああ、余裕っすよ。なんなら今ここで決闘でもする?」
「いいよ別に! 理由も無いし」
「理由がないなら作ればいいと思うけど」
「いや、遠慮しておく。勝てる自信がない」
本気で戦って死ぬとか嫌だし。
先端部分が雲に隠れて見えなくなっている山が見えてきた。あれか。マイトスヒューゼンの時とはまた違った険しさがありそうだ。
「なかなかに高い山ですよ。落ちたら麓からやり直しですから、気をつけてくださいね」
「……寧ろ人生やり直しだろ」
死ぬから。今まで何度となく死地を乗り越えてきたが、今回は少なくても二つ、普通に考えたら三つの困難を乗り越えなければならない。いつ死んでもおかしくないぞ。
「最近寝不足で眠たいのだが」
「頂上に着いたら寝てもいいですよ。丁度涼しくて快適ですよ」
「普通に死ぬから。涼しいの域通り越して寒いし」
魔物とかいるし。寝返りで転落死とか考えられるし。雪山で寝たら終わるぞ。
「何故このような場所に宝玉を隠すのだろうか。そんなに大事なものなのか?」
「やっぱり、世界を支えているからでは?」
「ウソつけ。一番疑っていたのはお前じゃないか」
「冗談ですよ。そんな伝承が本当なわけないじゃないですか」
「……やっぱりお前、とんでもないヤツだな」
「それほどでもないですよ」
「ほめてないぞ」
世界を支えているというのはハルグドリオンの話が出てきてから疑わしくなってきた。ハルグとは直接は関係のないことであるし、そもそもハルグの存在自体がウソくさい。そんな怪物は実在したのか? 国ひとつ滅ぼす悪魔など、この世に存在するのか? どの道、異界より来たりし存在だよな。余計に作り話っぽくなってきた。
「アイゼンディーテ」
「なんだ山賊」
「古代の神とか言うヤツは、どれだけ恐ろしいもんなの?」
「現在で言えば、スマラクト大公国の半分を海に沈められる」
「そりゃあ大変な怪物じゃんか。そんなもんがここにやってきたらどうなっちゃうんだよ」
「さあな。それを防ぐために宝玉集めてるのだろう!」
「あ、そうか」
ハイライア探しから宝玉集めに目的を転換させるわたしたちもどうかと思うが。そのようなもの、他人に任せておけばよいのだが、誰も信じてはくれないだろう。実際、わたしたちもそれほど深く信じきってはいない。念のため、だ。
「着きましたね」
「麓の方は自然が豊かなんすね」
「気持ちが悪い草や木が生い茂っておるのか。少し耐性はついたが」
高地に生える草などが栄えておるのだろう。見たことがない分気味が悪い。
「山には強風が吹き荒れます。あなた方が想像しているよりももっと凄まじいものです。覚悟はしておいてください」
「以前に来たことがあるのか?」
「ないことはないです」
こいつ本当に何でも知っているな。
「もちろん魔物もいらっしゃいます」
「峡谷とどちらがきついかな?」
「恐らくですが、ここでしょうね」
「そんなにか」
「結構高いですし」
ご丁寧に道案内の看板が立ててある。
「強風が駆ける草原に相応しい音楽でも聞きながら登りたいですね」
「雪山まで行ったら?」
「氷の壁っぽい音楽ですかね」
「……非常にイメージし辛いのだが」
「気にしないで下さい」
看板がなくとも、高いところへ登っていけば問題ないと思うのだが、十メートル間隔くらいで案内板が立てられているのだ。こりゃどうもご親切に。でも要らん。
「もう少しで雪山の本体ですよ」
「本体とか言うなよ。他のがニセモノみたいじゃないか」
そういえば段々寒くなっていくような気がする。風が当たるとさらに寒い。
「ほら、白い部分が増えてきました」
雪が散らされている。油断のできない場所へと進んでいくわけだな。
「ここからは生きる氷とも呼ばれる氷像魔族の生息地となります。テールドルトさんのハルバードじゃないとまともに戦うことは不可能です」
「あっしの出番ってわけかい」
「後方は頼んだぞ。前方はわたしが見ている」
「そういえばアイゼンディーテさんには風を操る力があるんでしたね」
「正確には、わたしが所持している宝玉に、だがな」
おっと、言ってるそばから氷像が。石像魔族の氷版みたいなものだ。前方から迫ってくる。
「試し撃ちだ。あの翠力電池がちゃんと使えるか解ったものではないしな」
果ての球の能力を借りる。わたしの周りの全ての物体を切り刻む。氷の鳥は空高くまで打ち上げられたが、その体を壊すまでには至らなかった。
「なかなか丈夫なものだな」
「あっしにお任せを」
山賊が突っ込んでいき、黒斧を一閃させる。すると氷像は見事に砕け散り、風景の一部と化す。
「一部を崩せばこの低気圧のために破裂します。外側だけが丈夫なんです」
「内側はボロボロというわけか」
「貝類のようなものですね」
ボロボロではないが。
「おや、また来ましたね。今度は六体ですか」
「何羽でかかってこようが同じこと。こちらにはテールドルトがいるのだぞ! ……あれ? どうした?」
山賊のほうを見ると顔を真っ青にして首を横に激しく振っている。自信がないのか?
「あ……」
「何だラーナまで。何か変なものでも食っ……」
見つけてしまった。恐怖の根源。
山が動いている。遠くの青々としている山が、こちらに向かって歩みを始めていたのだ。
壮大な光景であった。それ以外の全ての時間が停止し、わたしたちの思考力が失われていく。
その山は速さを増していき、動くたびに地面が大きく揺れる。
「よし、逃げよう」
わけが解らなくなって走り出す。方向など解らない。
小屋が見えてきた。迷わず飛び込む。
無駄なことは解っている。扉を閉め、疲れた体を床に投げ出した。
********
「おいお前、大丈夫か? こんな所で寝ていて」
誰かに声をかけられた。目を開いてみる。
「雪山で寝たら永久に起きられないぞ。それでも目を覚ましたお前は化け物だ」
「ゼールか。あの馬鹿でかい怪物はどうなった?」
「怪物?」
「ああ。山のように馬鹿でかく、音のように素早い怪物だ」
「……それは多分、霊峰に住む死神が見せる幻だ」
「死神、だと?」
「ああ。雪よりも白い、悪魔の中の悪魔だ」
「…………」
じゃあ小屋も幻だったというわけか。雪の上で寝ているのに今更気づいた。
「……あいつらは」
ラーナたちはどうしたのだろう。魔物に立ち向かって命を落としたか?
「お前が起こしてくれなかったらわたしはこのまま死んでおっただろうな」
「普通に考えたらそうなるな」
「礼を言うぞ」
「敵に感謝する勇者がどこにいる」
「うるさいな。それにわたしは勇者ではない」
「まだ、か?」
「……そういうわけでもない。宝石集めが趣味なのだ」
「なるほど。裕福な家庭で生まれ育ったから、ってそんなわけあるか。本当は宝玉を悪用されないために回収しているんだろ?」
「……隠しても仕方がないか」
前々回に会ったときも勇者気取りでいってたことだしな。目的を伏せる必要などなかったか。
「死神がいるせいで氷の球は無理そうだ。お前も、死なないうちに山を降りろ」
「氷の球を諦めるのか?」
「諦めたわけじゃない。また今度の機会に」
「次はないぞ。わたしが戴いてゆくからな」
「じゃあ次回は氷の球を取りに来たついでにお前の墓を作ってやるよ」
「なかなか言うではないか。だがな、わたしはそれほどでは死なんぞ」
「そうかそうか。本当にそうだといいがな。俺はこの辺で退散する。無理するなよ」
風に混じって消えていった。
あいつが言うのであれば、わたしたちでも無理か? 諦めて帰るか? その前に、テールドルトたちを探さないと。
とりあえず、周りが安全であることを確認し、方向も解らないまま歩いて行く。
白い壁で視界が塞がれている。雪が降っていたのか。山の天気は変わりやすいというからな。
こんなに視界が悪ければ魔物も襲っては来ないだろう。
「いてっ」
何かが頭にぶつかった。前をしっかり見てみると、吹雪の中に影が浮かんでいる。
「テールドルトか!」
見えるくらいまで近付いてくるとその賊は、わたしに向かって白い歯を見せた。
「私もいますよ」
「ラーナ! よかった生きていて! お前らがどうなっているか心配だったのだぞ!」
「勝手にいなくなってしまうから驚いたよ」
「ああ、すまんな。だがお前らも、あの馬鹿でかい怪物から逃げてきたのであろう?」
「怪物?」
「何だ、恐怖のあまり忘れてしまったのか?」
「……」
「いいことを教えてやろう。この山には死神が住んでおるのだ。登山客を真っ白な雪の嵐の中に閉じ込める、恐ろしい死神がな」
「死神……」
「ああそうだ。お前らも気をつけないと、わたしみたいに死にかけるぞ。雪を布団にして寝ていたりとな」
「…………シロイシニガミ……」
「……?」
いきなり突風が襲う。一瞬で止んだが、驚いたのはそれではない。テールドルトとラーナの姿が、わたしの眼前からきれいに消え去っているのだ。
徐々に吹雪が晴れ、視界が開けていく。そうして今まで見えていなかったものが見えるようになった。
……わたしの正面にいる、そいつが。
「お前が死神か」
返答はない。ただその代わりに、五本の氷柱を出現させて見せた。
「……貴様の見せる幻、本当にくだらないものだな」
氷柱が追尾ミサイルのように追いかけてくる。スピードは断然こちらが下なので、曲がったり姿勢を低くしたりしないと体を貫かれる。
氷柱が全て地面に落ちて動かなくなると、死神はまた氷を出現させた。
飛ばしてくる前に、強風を放つ。通用するかは解らないが、とりあえずお試し程度に。すると、白い影が空に散った。これで終わりなはずがない、とは思ってはいたが、
「……死ね」
後ろから囁きが聞こえる。ギリギリ聞き取れるくらいの超低音。それはもう声ではなく、音だ。
振り返ると、真っ黒な何かが見えた。驚いて後ろに倒れる。それが正解だった。死神はその両手に持っている鎌を横に薙いだ。
「死神らしいな」
鎌を振り回すだけでは足りないらしく、鎌を地面に突き立てて黒い稲妻を発生させた。それが地面を伝って追いかけてくる。飛び越えてかわす。
「その程度か! ならこれでも食らえっ!」
強化したばかりの刃を真っ白な魔物に突き立てる。するとそいつから光が漏れた。何が起こるか解ったものではない。離れて様子を見る。
「……!」
白い死神は豪炎を上げて爆発した。風圧で後ろに吹き飛ばされた。
間もなく地鳴りが聞こえ始めた。先ほどの山のような魔物だ。元凶は爆死したはずなのに。
後ろから二本の矢が飛んで来た。
「アイゼンディーテさん! あれが本体です!」
「少々でかいけど、勝てない相手ではないっすよ!」
「お前ら! 生きていたか!」
テールドルトとラーナが参戦する。また偽者かもしれないから油断はできんが。
青い山が歩いて来る。先ほどと同じ様に、徐々にスピードを増して迫ってくる。
「どこかに核があるはずです! それを破壊すれば後は勝手に爆死しますから!」
「それってこちらも危ないのではないか?」
「気にしたら負けです!」
あんな巨大生物が爆発したら広範囲を巻き込むだろ。短時間で逃げられるわけがない。
「待てよ、それよりも、『核は絶対に壊せない』とか、死神補正みたいなものはついていないよな?」
「大丈夫ですよ。その辺の雪玉投げつけられただけで壊れますから」
「脆いな!」
「ええ。脆いんですよ」
ダメじゃん! ただその分強いってことか!?
「脆弱なる核よ、我が力、思い知るがいいです!」
「どこぞの魔王!?」
「アイゼンディーテさん、先ほども言いましたが、この戦いで突っ込みを入れたらその時点で敗北確定です! 突っ込んだらそこで戦闘終了ですよ!」
「解ったよ! 静かにしていればいいのだろう!」
頭を切り替えて迎撃に専念する。ホフンブラストを山に向かって放ち、後退する。しかし応えた様子は全く見られず、普通に歩いて来る。
地面が二メートルくらい揺れて着地が難しくなってきた頃にその魔物は急停止する。目の前だった。前進していたら正面衝突からの砕け散ってジ・エンドの流れだった。危ない危ない。
死神には太い足が生えているが、思った通り短い。ちゃんと爪も生えているようだ。
まずは足を攻撃して転ばしてみよう。そう思って穂先を突き立てているのだが、全く通用しない。何度か繰り返していると足を振り上げたので一旦退避。
足が地面につく直前に軽くジャンプ。揺れを軽減しよう。
次に、頭らしき部分が開き、目玉が出てきた。その目が光ったかと思うと、赤い光線が発せられた。遠くで爆発音が聞こえる。
目玉がこちらを向いた。
「アイゼンディーテ、こりゃヤバイヤツだよ。山の後ろに!」
「言われなくても解っておる!」
当然後ろに回れるはずがないので真横へ。魔物の正面に光線が走る。
「恐らく弱点は目玉です!」
ラーナが矢を放った。見事目玉に命中し、山が大きく仰け反る。危うく踏まれる所だった。
死神が高く跳躍する。周りが急に暗くなる。
「まずいぞ! 押しつぶされる!」
「紙のようにぺたんこになってしまいますよぅ!」
「アイゼンディーテみたいにペタン子になっちゃう!」
「うるさいな! お前らもだろ!」
とにかく、このままだと山の一部になってしまう。というか、死神なんだから首かれや。さっきみたいに。
「そうだ! おいお前ら! わたしにつかまれ!」
あれがある。まだ二回くらいしか使っていないから電池残量は充分だ。最低でも後一回は使える。
二人がしがみついたのを確認すると、穂先を取り外してスイッチを入れる。強風がわたしたちを遠くまで押し戻す。何とか影の外へ出られたというところで電池が切れ、わたしたちは慣性に従って後ろへ吹き飛ばされる。その瞬間に山が空から落ちてくる。今までに体感したことのないような凄まじい衝撃が襲う。頭がくらくらしてきた。
「今のうちに電池を取り替えた方がいいのでは?」
「ああ。そうするか。お前らは魔物の方を頼む」
丁度よく死神の標的が二人に移ったようで、わたしは岩の陰で安全に電池を取り替える。切れた電池は捨てずにとっておく。環境を壊すことはしたくないからな。
魔物が目玉を出した。正面にいなければ大丈夫か。
目玉から銀色の太い光線が発せられ、空気中に氷ができる。氷は段々と広がっていき、あっという間にわたしたちは氷の結界の中に閉じ込められた。逃げることができない。
空気が固まってできた氷は外からの光を全て反射してしまうため、中は真っ暗だ。氷の近くは淡い光がかすかに見られるが、氷に近寄ると当然寒い。
「皆さん、注意してください! どこから来るか解りませんから!」
「あそこだ! こちらを向いているぞ!」
血のように真っ赤な光が少しもれている。わたしたちはすぐにその場から離れる。間もなく光線が発せられる。
「……!」
光線が氷に当たって反射し、別の方向に飛んで行った。その光も反射して方向を変える。
「氷を作ったのはこういう狙いがあったからか」
「現在、非常に劣勢です。まずはこの氷の部屋を抜け出すことに専念しましょう」
「だが、如何にして壊す? 簡単には壊れないだろう」
「とりあえず、レーザーから逃げ回りましょう」
飛んで来る方向を予想しながら走って逃げる。やがて光線は天井に当たって地面に降ってきた。それをよけ、その勢いで転んだ。
光線に当てられた部分が爆発し、氷の部屋が崩れ始める。
氷が落ちてくる前に果ての球の竜巻を使って防御する。二人も竜巻の中心にいたので無事だ。あと少しでも外側にいたら打ち上げられて大変なことになっていただろうけど。
「まだ目玉が出ています。そこを狙えば」
「電池も交換したことだし、やってみるか」
死神の正面に躍り出て、そいつの目に向かって風の刃を飛ばす。それが目玉に直撃すると、山が大きく後退した。
死神の青い山の表面のような部分が崩れ落ち、中身が見えるようになった。その姿は、真っ白な宝石から真っ黒な細長い脚が何本も生えている、おぞましい姿であった。その脚のうちの一本には、先端に傷だらけの目玉がくっついているものがある。
「恐らく、あの石が核です。あれを壊せば私たちの勝ちですよ」
「あれにちょっとした衝撃を加えればいいのだな」
「解りませんよ、もしかしたらダイアモンドの如き硬き鉱物かもしれません」
「雪玉で壊れるのではなかったのか!?」
「もちろんそれは冗談です」
「おい!!」
「あー、心配しないで下さい。どんなに硬くても壊れないということはありませんよ。こんなこともあろうかと、事前に調べてきたんです」
「本当かよ」
まったく、何を調べてきたのだか。
まずは手始めにホフンブラストを一瞬だけ放ってみる。当然のごとく、脚でガードされた。
ラーナが矢を飛ばすが、これも防がれる。
続いてテールドルトが突撃する。弾き飛ばされるかと思いきや、ハルバードで弾き返す。そこから横殴りを三発叩き込み、脚の関節部分を大きく打ち上げた。すると真っ黒な脚は空に吹っ飛び、やがて地に落ちた。
それで死神は怒ったようで、目玉から光線を放ったり、足の先から稲妻を発生させたりと、様々な方法で山賊を追い掛け回す。テールドルトは、ものごっつい激重のハルバードを両手に抱えているにもかかわらず、ハヤブサが空を駆けるように走り回っている。
「……ラーナ、あいつ誰?」
「テールドルトさんでしょう」
「そうなのだが、……恐ろしいな。敵には回したくない」
迫り来る棒を叩き落し、粉砕し、破壊する。死神から生えているそれもやがて目玉のついた脚一本になる。
「あれを叩き壊せばあとはこっちのもんです」
「高いところにあるから難しいだろうな」
「あとは彼女に任せましょう」
わたしたち蚊帳の外チームは戦闘に参加する勇気もなく、いつの間にやら観客席へ。丁度良い高さの岩を見つけたのでな。
「光線に当たったら即死ですよ。ほら、地面が抉れてます」
「本領発揮といった所か。向こうも必死なのだな」
かわしながら最後の脚に近付こうとテールドルトも必死だ。
「……あのさぁ、少し忘れていたのだが、核は? 核を壊せば勝てるのでは?」
「だめですよ。核は無傷のままにして、後で売り払うんです」
「結局金目当てか!」
そこで山賊が高く跳躍し、脚に薙ぎ払いをかます。するとその漆黒の棒はまるでシャープペンシルの芯が折れるように呆気なく壊れた。地面に勢いよく叩きつけられた目玉がガラス玉のように砕ける。
死神が倒れ、動かなくなる……。
「おい、結局核はあの目玉だったのではないか」
「あれぇー? おかしいですねぇ。私の情報では、あの白い石が核だったはずなのですが」
ラーナが死神に近寄り、宝石を持ち上げようと両手で抱え込む。すると石にひびが入り、カシャンと音がして殻が割れた。中から何か出てくる。
「あー! あっしの金が!」
「お前も金目当てかい! どいつもこいつも同じことばかり考えおって!」
ラーナが中から出てきた球体を拾い上げ、よく観察する。
「……氷の球です」
「ヤツの原動力?」
「恐らく」
放心状態の山賊を放っておいて、氷の球を槍の空洞部分に入れる。今更だが、こんな空洞があってよく今まで折れなかったよな、この槍。
「さて、帰りますか」
果ての球があるから一瞬で戻れるな。と思ったその時、
「待て」
「……何者?」
「俺だ」
「……またお前か。引き返したのではなかったのか?」
「そっちこそ、諦めて帰るのではなかったのか」
「ここまできて諦められるわけがなかろう」
「フッ、どうやら考えることはどちらも同じのようだな」
ゼールフェルデは、真っ白な球形の宝石を取り出し、こちらに見せた。
「氷の球だ。お前らが持っているのは偽物なんだよ」
「何っ!?」
「それは死神の体の一部に過ぎん。売っても一ドルにもならない、ただのガラス玉だ」
「……」
悔しさがこみ上げてきた。
「ここから先にある塔で待っている。どうやら、お前たちと戦う価値も少しはあるようだからな」
「……ああ解った」
「それではまた会おう」
言い返す気力もなくなって、その場に倒れこんだ。