第六話 奈落の底へ
わたしたちは眠りに就いて一時間後に叩き起こされた。
「おいお前らぁっ!」
「……何だよ。まだ疲れているというのに」
「……昨日の疲れがまだ抜けてないんすよぉ」
「……あと五分寝かしてくださひぃ~……」
「寝ぼけてんなぁ! さっさと起きやがれ!」
布団を剥がされて遠くに投げ飛ばされた。
「……何だよアルヒェル、お前も知っておるとおり、わたしは夜の連戦で疲れておるのだ。もう少し寝かせろ」
「まだ寝ぼけてんのか! まず起きて顔を洗って理解能力を復元させてからここに集まれ! 話はそれからだ!」
言われるままにわたしたちは起床し、顔を洗って頭をスッキリさせてから、アルヒェルのところへ集まった。
「して、話とはなんだ?」
「まだ解らないか。お前ら、昨日の行動をよく思いだしてみろ」
「えーっと、まず峡谷へ行って……」
「それから、石鳥に追いかけられて三人バラバラになって……」
「その後わたしが来て鳥を粉々に砕いてやったと」
「それで?」
「洞窟を通って鉱山の方に行って……」
「反則級の能力を持った青年と対峙して……」
「それから帰りましたー♪」
「完っ全に忘れてただろ私のことを!!」
「そういえば何か忘れていたような気がしたのはお前だったのか」
あーすっきりした。
「お前らのせいで話についていけなくなるんだからな! ちょっとは進行状況を報告しろ」
「えっとですねぇ、ハイライアさんが宝玉を狙っているのは天下の大泥棒、ドリア・ハルクを味方につけるためだそうです」
「ラーナ、色々と間違っておるぞ」
「宝玉は全部で31031011個あって」
「いやいや多すぎだろ。というよりも誰がそこまで数えたんだ」
「道端の石ころに扮しているそうです」
「へぇ。それじゃあ見つけるのが大変じゃん」
「納得するなよ!」
「ドリアさんを味方につけても還ってくる物は何もありません。まさにハイリスクノーリターンですね。ハイライアさんたちは何の為にそのようなものを求めているのでしょうね」
「変なやつらだな」
「……突っ込む気にもなれん」
間違った情報を教えるな、と言いたいが面倒なので放っておくとする。
「さて、その宝玉の内の一つ、果ての球がある谷へ行ってみましょう」
「あ、そこだけは正しい情報なんだ」
「……何だかよく解らんが、出発するとしよう。今度からは置いて帰るなよ!」
「解ってますよぅ」
「……本当に解ってるんだか」
多分こいつは解ってないぞ。まあ、わたしにも少しは責任があるのだが。ラーナだけに押し付けるのはよくないな。……、おい山賊! お前だよ! ひとりだけ知らん顔しやがって!
「ヴァレィ・オブ・レーゼンハイトはレーゾネー草原を抜けた先にあります」
「自殺の名所っすね」
「……そのようなところに行くのか」
「何だツァプフェンクロイツ、怖いのか?」
「なっ……、別にっ、怖いわけではないのだからなっ!」
「だったら立ち止まってないで早く歩け」
レーゾネー草原は丈の長い草が生い茂る広大な草地だ。辺りに目印となるものがほとんどないが、障害物もないので迷うことはない。……ラーナは知らないけど。
「草原を歩くのは久しぶりだなぁ」
「そうなのか?」
「ああ。いつも森で狩りをしているものでね。この草原を駆ける風が気持ちよくてな、何度か来ていたんだが」
「最近来てないのか?」
「ああ。飽きちゃって」
「おい!」
理由が……。
「レーゼンハイトの谷に訪れたことは?」
「一度だけ。まあ、外から見ただけだが。危険な感じがしてすぐに引き返した」
「そりゃまあ危険でしょうねぇ。地獄に直通しているとも噂されていますし」
「なんでも大昔、死者の魂が塊となって落ちてきて、不自然な形の迷宮になったとか」
「本当ですか?」
「ただの昔話に過ぎんよ。村に伝わる古い伝説だ」
「私は一度も聞いたことがありませんが」
「今では知っているヤツの方が珍しいよ。……おいツァプフェンクロイツ、立ち止まってないで早く歩け」
********
谷に着くまでにはそれほどかからなかった。
レーゼンハイトの谷、というか大きい亀裂にしか見えないが、人の顔のような形状の岩がいくつも飛び出ている。それほど高くもない山の真ん中に構成されたその大穴の上部には、太い触手のような岩で蓋がされた格好になっている。これは確かにヤバイ。
「ここはずっと昔から魔物の居住区域になっている。あいつらの影響で凶暴化しているかも知れん。今まで以上に気をつけて進め」
「待て、この門みたいなところから入るのか?」
「ああ。どうやら城をさかさまにひっくり返したみたいな格好になっているらしい。……ほら、立ち止まってないで行くぞ。てかこのやりとり何回目だよ」
「いやちょっと腹が痛くてな。わたしはここで休んでいるからお前らが行ってこい」
「ははは、冗談を」
「引き摺るな! 落ちたらどうするんだ! ほら、道が狭いじゃないか! 谷だから道があるほうが不思議だけど!」
「よく喋るガキだな。者ども! こやつを谷底まで連れて行け!」
「「了解っ!」」
「何者だよお前ら!」
ふざけていると転落して死ぬぞ。
「ちょっ、だから引き摺るなって!」
自分で歩かせろよ。
結局自らの足で立つことになったのだが、下を見ると足が全く機能しない。
「足元に気をつけろよ。奇妙な形の岩があるからな。まあ、つまずいたら目的地まで直行だが」
「……でも死ぬ、と」
「当たり前だけどな。はっはっは」
「笑い事じゃないぞ」
道のようになっている細いそれは、途中で途切れていたり、極端に出っ張っている所があったりして歩きづらい。傾斜も急であるし、帰ってくるのが困難だろう。
「この調子で最下層まで降りるのか。少々面倒だな。よし、ツァプフェンクロイツ、お前、ここから飛び降りて果ての球とって来い」
「つまり、わたしに死ねと?」
「そこまでは言ってない。ただ、体が粉々になってもいいから果ての球を入手して戻って来いと言ってるだけだ」
「結局死ぬじゃん! お前らは一体何をさせたいのだ?」
「だから、谷底で宝玉……」
「解ったよもう! 行けばいいのだろ逝けば!」
「後半の調子……」
「そして真っ先にお前らを呪殺してやるからな! この台詞も何度目だよ!」
半ば自棄になって自ら大穴に飛び込んだ。この表現も二度目だよ。
ふう、これでわたしの人生も終わりだなどと思っているのかね?(悪役風に)
わたしにはアレが残っておるのだよ! 成功率は低いかも知れぬが、試す価値はなくはない。そう! 十字槍の強風だ! 今更だが名付けてホフンブラスト!
谷底が見えるまで結構な時間がかかって正直怖かったのだが、そこが見え始めてから穂先を外した。そこに叩きつけられる直前まで粘る。強風で高く打ち上げられて足の骨を折るとか冗談じゃないぞ。
残り五十センチかと思ったギリギリのところでホフンブラストを発動! もちろん標的は地面だ。え? 自分自身に当てて吹き飛ばす? ジョークも休み休み言え。
ふわりと浮き上がるかと思ったが、地面がどんどん削れていくので反作用の力が弱い。落下速度が少し弱まっただけで、わたしは見事に地面に叩きつけられた。くそっ! 粘らずに早めに使っておけば良かった。怪我はないようなのでギリギリセーフといったところか。
本当にこんな谷の底に宝玉なんてあるのか? ただの円形の広場じゃないか。それに道がここまで続いていない。帰る手段がないじゃないか。死者の魂が襲い掛かってきたとしても援軍が来ない。何ということでしょう。死者は、宝玉を何処かに隠してしまいました。これで怪しい人間どもがやってくる心配もなくなり、家族みんなで安心して暮らすことができるでしょう。……いやホントどこに隠しやがった?
地面に窪みができているところを見つけた。覗き込んでみると、濁った赤色の球体が台座に乗っかっている。これが果ての球か? 掴み取ってみると、言葉ではとても形容しきれない、とてつもない力が伝わってくる。……背中から翼が生えてくるような、そんな力を感じる。
……不意に、背後で何かが爆発するような音がした。その音は谷間中に反響し、何とも言えぬ不快な響きを生み出す。
後ろを振り返ってみると、大岩が砕けていた。上から降ってきたのだろう。破片にも当たらなくてよかった。多少の恐怖を感じた。
だが真に驚くべきことは、その砕けた岩が動いているということだ。真なる解決方法を見つけたが、それを実行するには勇気が足りない。……はい嘘です。解決法があるのだったら真っ先にそれを実行するわ!
岩は集合してひとつの何かを作り上げた。人の形をしたもの。岩のみで構成されたそれこそ、俗に言うゴーレムの姿であった。
岩の巨人はその太い腕を振り上げたかと思いきや、わたしに向かって振り下ろしてきた。地面が砕け、破片が飛んで来る。それをかわし、十字槍を構えて攻撃態勢に入る。
そいつはこちらめがけて走ってきた。足が地面に触れるたびにドスンドスンと大きな音が響く。揺れがこちらにまで伝わってくる。踏まれないように逃げ回り、ホフンブラストを放つ。足音に負けない高音がわたしの耳を直撃する。そして槍から発せられた疾風の刃は石の肌を削る。だが大した傷にはなっていない。
これは今気付いたことだが、果ての球は槍の空洞部分に丁度入るくらいの大きさで、入れてみると何かお洒落な気分になれる。戦闘中にこんなことしてるんじゃない!
だが果ての球を入れたことで槍を伝って力が感じられる。槍の先っぽから何か発することができそうな感じがする。一度穂先を取り付ける。
岩の巨人がこちらに迫ってきていた。もうよけることは不可能だ。こうなれば一か八かだ。わたしは全神経を槍を持つ手に集中させ、目を閉じる。そして、槍を思い切り上に振り上げる。何の意味があるかは解らないが、自分にそうしろと言われるままに行動してみる。
ゴーレムがわたしの眼前に来ていた。だがそれはすぐに上昇していく。上を見上げると、上空で旋回しているように見えた。それは急に落下してくる。後ろにさがったので無事だったが、ゴーレムの方は、地面に強く叩きつけられて先ほどのように砕け散った。
正直驚いた。危機を逃れることができたのだ。どうやら宝玉のおかげらしい。わたしの周りに小さな竜巻が発生し、巨人を打ち上げたのだ。
「……果ての球を手に入れたか。ご苦労なことだ」
後ろから声をかけられた。
「何だ貴様か。ハイライアは来ないのか」
「そっちこそ、前にあったときの連れはいないのか?」
「……あんまり触れないでくれ」
飛び降りろと言われたとまではさすがに言えないし。
「よく岩の魔物を撃退できたな。お前が死んだら宝玉を奪ってやろうと思っていたのだが」
「貴様の仕業ということか」
「そういうことだ。お前も薄々気付いてただろうが」
「……そんなことはないけどな」
そこまで考える心の余裕がなかった。
「……何故武器を構える? 俺はお前などと戦うためにここに来たのではない。それに、果ての球はもうお前のものだ。好きにするがいい」
「……どういうことだ?」
「お前の力量を測りたかったんだよ。宝玉の力を使えるかどうかな」
「つまり、わたしは試験に合格したというわけか」
「そうだ。お前は実に優秀な子供だ」
「……けなしてるだろ絶対」
「いやそんなことはない」
どいつもこいつも子供扱いしおって。子供だから仕方がないけど!
「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はゼールフェルデ。表向きではハイライアの助手だ」
「表向き?」
「じきに解る。さて、俺はもうそろそろここを去るとするかな。雪山に氷の球でも探しに行くとしよう。貴族、宝玉が欲しいならば俺の先回りをすることだな」
そう言って自身の影に吸い込まれて消えていった。
変なヤツだったな。ハイライアとは違って、わたしを本気で殺そうとはしない。宝玉も譲ってくれた。一体なんだ? あいつは何を考えている?
それより、ここから脱出する方法を考えないと。壁は地面にほぼ垂直で、登れる気がしない。果ての球が使えないか?
わたしは、行きたい場所をイメージしながら祈った。すると、視界が真っ暗になり、重力から解放されたような気がした。
目を開けると、谷の入り口に立っていた。目の前には山賊やチビや狩人が。
「あ、ツァプフェンクロイツ」
「……お前ら、何故ここにいる?」
「途中で道が途切れていたので」
「そういえば生きてたんすねー」
「生きとるわ!」
「どうやって出てきたんですか?」
「いや、果ての球を使って」
「果ての球か」
「逆に聞くが、どのような感じでわたしが現れた?」
「光の粒子が集まって、人の形になったと思ったら」
「わたしになったというわけか。って少しは驚けよ!」
「驚きましたよ。生きてたことに」
「ふざけるな!」
なんなのだこいつらは! 時が経つにつれて外道度が増しているような気がしてならぬ。
「で、何か新しい情報は得られたのか?」
「ゼールとかいうこの前あった男が雪山へ行くと宣言しておったぞ」
「じゃあ次の目的地は雪山ですね」
「……というか、この国に雪山などあったのだな。温暖な気候で今まで雪など降っているのを見たことがなかったが、まさか雪山があるとは驚きだぞ」
「雪山というよりは、霊峰に近い形ですけどね。空高いところまでいくと万年雪に包まれた山が見られます」
「寒い場所か。行くのが嫌になってきたな」
「ダメですよ。アイゼンディーテさんも私たちと一緒に死にかけてもらわないと」
「そーだそーだ!」
「何だお前らわけが解らん。わたしは谷底で二度も地獄へ送られそうになったというのに。危うくわたしもそこの住人になってしまうところであったぞ」
「あ、どうでもいいです」
「ド外道!」
こいつら、わたしが死んだとしても悲しまないだろうな。あ、わたしはまだ死なないぞ。
「さて、雪山へ向かいましょうか」
「いいやその前に腹が減った。谷で禍々しい鹿を狩ってきたから、食べないか?」
「……余計な修飾語がなければ素直に受け取っていたものを」
アルヒェルはどこから取り出したのか、鍋を地面に置き、火をつけ、鍋の水の中に鹿肉を放り込んだ。鹿って美味いのか?
「これ食って腹壊したとしても、私は知らんぞ」
「じゃあお前が先に食え」
「いやここはツァプフェンクロイツが」
「その方がいいと思いますが」
「賛成っ!」
「……お前ら、わたしにばかり頼っていないでたまには自分たちで解決したらどうなんだ?」
「面倒なので嫌です」
「同感っす」
「激しく同意する」
「お前ら一遍死ね」
肉がよく煮えてから口に運ぶ。熱い。当たり前だが。
別にうまくもなくまずくもなく、普通の味わい。食感は……、硬い。
「どうだ? 大丈夫そうか?」
「ああ」
それを聞いて安心したのか、他の三人も食べ始める。いやいや簡単に信用するなよ。
「さて、飯も済んだことだし、次のステージへ、と行きたいところなんだが、私のほうで用事があってな、丁度町での用事なんだ。お前らは武器でも強化していてくれ」
「そうか。それなら仕方がないな。穂先をもう少し丈夫にしてもらうとするか」
「あっしはもっとカッコイイ武器がほしいっす」
「矢を買い占めてやりましょう」
「おい待て。よく考えてみれば、わたしたちには金がないぞ。どうするというのだ」
「それなら大丈夫だ。私が森の獲物を売り飛ばして得た金がある。少し分けてやるから有効に使え」
どこから取り出したのかも解らない袋を貰う。結構重たい。
「受け取っておこう」
「感謝の言葉もなしにか?」
「なっ、うるさいなぁ! お前などに感謝するものか!」
「じゃあこいつは没収だ」
「解ったよもう! ありがたく受け取らせてもらうから。……ありがとうな」
「そういうことだ」
「ち、違うぞ! 別にお前に感謝しているわけではないのだからな! これを使えることに対して言っておるのだからな! 勘違いするなよ!」
「ははは、解ったよ。いいからさっさと行くぞ」
わたしたちは町へ向かう。それほど遠くはないからすぐに着いた。
武器屋を見つけた。後で寄ってみよう。
「私はここでお暇させてもらうよ。当分お前たちには会えないが、元気にやっていてくれよ」
「何だお別れか? すぐに終わる用事かと思っていたが」
「それがそうもいかなさそうでね。寂しくても我慢しててくれや」
「別に寂しくなんてない」
「冷たいヤツだなぁ。まあいいや。そろそろ出発だ。達者でな」
「アルヒェルさん、さようなら。また会いましょう」
「ああ。ラーナも元気でな。雪山で死ぬんじゃないぞ」
「元気でー」
「そこの山賊も、遭難するんじゃないぞ」
「じゃあなアルヒェル。再び対面する日が訪れんことを願う」
「ああ。お前も、ラーナやテールドルトの足手まといにならないようにせいぜい頑張れよ」
「……何かムカつくな。いいから早く行けや!」
皆で手を振って別れる。アルヒェルの姿が見えなくなった後、わたしは両手の平を組み合わせ、静かに目を閉じた。
「…………聖十字の導きのあらんことを…………」