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白銀のホフンティアψ  作者: 54
暗い雨上がりの章
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第四話 海の掃除屋

 村に来るまでの森を抜け、町へ戻ってきた。


「……なあ、ここから海へはどうやって行くのだ?」

「何だお前、そんなことも知らないのか」


 知るわけないだろう、なんて言ってもまた馬鹿にされて終わるだけだ。こいつはわたしがホフンティアであることを絶対に知らない。そもそもホフンティアという言葉すら知らないかもしれない。わたしと同じで世情に疎いはずだからな。……地理には詳しいんだろうけど。


「ここからずっと東のほうへ歩けば着くんじゃないかな」


 なるほど。森のある方向と反対の方向だな。ということで、歩き出す。


「安心しろ。海までは一本道だから、迷う心配はないよ」

「それはいいとして、この槍の欠けた刃を治したいのだが」

「海岸の近くの小屋に変わりもんのおっさんが住んでるんだけど、そいつなら治してくれんじゃないか?」

「……変な機能付け足されたりしないかな」

「ああ、するよ。弓の弦を六本にされたり、金属製にされたりするなんてよくあることだよ。弓はギターじゃねえんだよって言って作り直してもらったけど」

「私だったら馬の尻尾で作らせますけど」

「それはヴァイオリンを弾く弓だ」


 弓違いだ。


「というかお前は何故ついて来ておるのだ! あれでお前の目的は果たせたのではないのか!」

「面白そうだからついていくことにしました」

「死んでも知らないぞ」


 とんだ命知らずだ。大樹の中での出来事をもう忘れたのか。危うく虫どもの餌になるところだった。……まあ、使えるやつだからついてきても別に構わんのだがな。


「あっしは小屋の人に新しい短剣でも作ってもらおうかなぁ」

「いや、お前は斧を作ってもらったほうがいいぞ」


 お前でかい武器の方が扱いうまいよな。こいつに斧持たせたら多分最強。


 ……ありゃ、もう着いたのか。灰色の岩の向こうに青い空間が広がっているのが見える。小屋っていうのはあれか。海岸から少し離れた所に木造の小屋が建っている。波が来て一番最初に流されるのがこれだな。


「多分こっちに来てるはずなんだが……、ありゃ、今日の海は汚いな」


 本当だ。濁った青色をしている。確かにこれはヤツが来ていてもおかしくはないな。


「とりあえず小屋の中に入ろうか」


 アルヒェルが小屋の扉をノックする。すると中から、頭にバンダナを巻いた男の人が出てきた。外見は思ったより若い。


「おう、久しぶりだなアルヒェル。……なんだ? 友達でも連れて来たのか?」

「まあそんなところかな」

「で、今日は何の用だ?」

「こいつらの武器を作って欲しい。槍の修理と他の武器。それは何でもいい」

「へえ。こんな小さな子供まで武器を扱うのか」

「誰が子供だ!」


 確かにそうだけどなぜか腹が立つ。

 その人はわたしの槍を取り上げ、欠けた刃を見て、ひとつうなずいた。


「これからの予定は?」

「海に潜って探し物といったところか」


 そいつはそれを聞いて奥の部屋に入っていった。


「……何してるのだろうか」

「刃でも作ってるんじゃないか? 一応鍛冶屋だから」

「そうなのか」

「ああ。でもこんな木造の小屋でやってるもんだから、よく火事になったりしたよ。鍛冶だけに」

「……いや別に面白くないがな」


 さっきの「フッ、決まったな」的な顔が果てしなく腹の立つものであった。こいつもよく解らない。


「よう、終わったぞ」

「ずいぶんと早いものだな」


 その出来上がった槍の穂先を見ると、三叉に分かれている。正直に言おう。この装飾にその刃は似合わない。


「……なんだこれ」

「トライデントだ。魚を刺すのに使えるぞ」

「わたしたちは漁に行くのではない! 馬鹿にしておるのか!」

「おいツァプフェンクロイツ、こいつは元々そういうヤツなんだからそんなに突っかかるな」


 なんだか悔しいが仕方がない。終わったことは諦めるしかない。


「ついでに長剣も作っておいたぞ。水中戦に適した形状にしておいた」


 見てみると、それは薄かった。先のほうは刃の幅がせまいが、柄の方へ近付くにつれて徐々に広くなってくる。


「芯を硬くしておいたから、曲がることはそんなにない。斬るというよりは突くことを目的とした武器かも知れんが」


 これはテールドルト用だな。


「あとさっきの槍に新しい機能つけておいたから、暇があれば試してくれ」

「おい勝手につけるな! つけたならせめて使い方だけでも教えろ!」


 やっぱり町で普通の鍛冶屋に頼めばよかった。あ、でもそうしたら金がかかるか。


「じゃあそろそろ私たちは退散するとしよう。ありがとな」

「おう! また来てくれよ」

「ああ。こいつらの心の余裕があればね」

「二度と来るかぁ!」

「ほらツァプフェンクロイツ、行くぞ」



 ********



 海は静かで、岩石に波が当たっても飛沫が起きない。と、それはいいとして、


「なあ、どうやって潜るんだ? こんな汚れた水の中にわざわざ入りたくはないぞ」

「森で貰った宝石とか使えないの?」

「あ、何か光ってますよ」

「そういえば聞いたことがある。地の球は水中でも陸上と同じ様な動きができるとかなんとか」

「呼吸は?」

「エラ呼吸になるんじゃないかな」

「本当か!?」

「冗談だよ。そんなに驚かなくてもいい。もしかしたらそうかもしれないが」


 心配だ。本当に大丈夫なのか?


「よし、そこの山賊、試しにお前が入ってみろ」

「嫌だ。てかどの立場で命令してんの?」

「ホフンティアの立場でだよ! 賊のお前が偉そうなこと言うな! いいから早く入れ!」

「はいはい解りやしたよ」


 テールドルトが水の中に飛び込む。そして上がってきた。


「すごいすごい! 体が軽いっすよ」

「そりゃ浮力があるからな。で、呼吸はできるのか?」

「解らない。でもあっしが飛び込んだんだから次はアイゼンディーテさんっすよね」

「いや、待て、ていうかお前ら! さりげなくスタンバイしてんな!」

「早く飛び込んでくださいよ。じゃないと」

「待て待て! 押すな!!」

「あ、それは振りですね」

「違う、違うから! うわぁっ!!」


 強く押されて頭から飛び込んだ。高く水しぶきが上がった、と思う。くそー、こいつら、覚えてろよ!


「アイゼンディーテさん、水中呼吸の方は?」

「……あ、できる。ああ。普通に」

「おっ、じゃあ潜れるじゃんか。よくやったぞ、ツァプフェンクロイツ」

「なあ、さっきから気になっていたのだが、何故お前は苗字で呼ぶ?」

「いいじゃんかツァプフェンクロイツでも! ツァプフェンクロイツって呼んでもいいじゃんか! なあツァプフェンクロイツ」

「言いたいだけだろ!」


 もういいよそれで。


 わたしたちは濁った青色(近くで見ると濁った透明)の汚い水に潜り、海の底を歩いている。


「ラーナ、お前、弓使いだろう? 水中では弓は使えないぞ」

「地の球管理係です。そういえばアルヒェルさんも弓使いだったはずですが」

「私は地図係だ。空間把握能力の低いあんたらじゃあすぐに道に迷って帰って来れなくなるに決まってるしな」


 こいつも腹立つな。


 それにしても、海中には生き物が多いな。魚魔族に亀魔族、甲殻魔族……魔物ばっかりじゃん! こいつらはおとなしいようだけど、それでも魔物が近くを通り過ぎていくっていうのは気味が悪いな。ただの魚とかウミガメとかエビとかならいいのだけれども。


「あ、見てくださいよ。遺跡がありますよ」

「海底の遺跡か。歴史のロマンを感じるではないか」

「お宝のにおいがプンプンするっすね」

「宝か。これを期にトレジャーハンターに転職するのも悪くないな」

「いいですねぇ。では早速お宝を戴きましょう」

「おいお前ら待て!」


 三人が遺跡に向かって走り出した。仕方ないのでわたしも追いかける。石でできた円形の広場に入った。向かい側にも門がある。

 ……あれ? なんか見たことあるような人影が。


「わあ! 見てくださいアイゼンディーテさん! 本来の目的っ!」


 あの男か! あいつ何しに来ているんだ?


「おやおや、誰かと思えばあなたたちでしたか。まったく、邪魔しないでくださいよ」

「前回聞き損ねた貴様の目的を教えてもらおうか」


 一歩前に出る。今回は前みたいに調子に乗らないようにしないと。前回は死にかけたからな。


「さあね。何だと思います? それよりあなたたちは一体何を?」

「貴様にわざわざ会いに来てやったのだよ。せめて貴様の名だけでも聞いて帰らないとな」

「はっはっは、そうでした。まだ名乗っていませんでしたね。私の名はハイライア・ヒンメルシュラーク・エルンスト。ハイライアと呼んでくだされば結構ですよ」

「それでそのハイライアとかいうやつが何しに来た」

「……解っていませんねぇ。知りませんか? この真下には、大昔に栄えた大都市が眠っているのですよ。そこに何があるのかご存知で?」

「さあな」


 海に沈んでなくなった国なんて数え切れないほどあるのだからな。その中に隠されている財宝をいちいち細かく覚えていられるか!


「水の球ですよ。それから水が湧き出ているという伝説がある宝玉です」

「マジで!?」


 おい山賊! 目がカネになっておるぞ。闇商人に売り払えば一生遊んで暮らせるとか思っているのではあるまいな。


「見たところ、あなたたちは地の球を持っておられるようですね。どのようにして手に入れたのかはわかりませんが」

「フン、そのようなもの、生憎だが持ち合わせておらん」

「はいはーい! 持ってますよ。うらやましいでしょ」

「おいそこの金髪のチビ! ばらしてどうするんだ! 狙われるに決まっておるだろう! バカ!」

「……なんだか状況が飲み込めませんが、とりあえずその宝玉を渡してもらうとしましょう」

「素直に渡すような馬鹿者がどこにいると思っておるのだ!」

「そうだそうだ! これを売り飛ばせば莫大な財産が手に入るーとか、考えてるに決まってるっす!」

「それはお前だろ!」


 やっぱり思ってたじゃんか!


「……まあいいです。水の球を手に入れるのは今でなくてもいいです。それと、あなたがたがどうしても地の球をこちらに渡さないというのであれば……」

「……何だ!?」


 急に暗くなった。少ししてまた明るくなったかと思うと、ハイライアの後ろに巨大な生物の頭部が見えた。


「見えますね。魔鯨です。あなた方は知らないでしょうが、ここは昔、闘技場だったのですよ。人の生きる価値を問う場所です。あなたたちに生きる資格があるかどうか、確かめてみようではありませんか。ハッハッハ!」


 大樹の時と同じで、光の粒子になって散っていく。そして鯨が入ってくる。とてつもなくでかい。

 魔鯨の全身が収まりきったかと思うと、鯨が入って来た側の門と、こちらが入って来た側の門が閉ざされる。またこのパターンか。


 魔鯨族はクジラに似た魔物で、その大きさはシロナガスクジラのそれを超える。しかしクジラとの相違点も多い。まず、鼻がない。あとは知らない。


「あんなでかいヤツ倒せんのか?」

「わたしたちを侮るなよ」

「実はアイゼンディーテさんはクジラ漁に出たことがあるんですよ」

「ねえよ! たとえあったとしても格闘戦じゃ勝てるわけがない!」

「まあ、武器を新調してもらったから心配はいらないんすけどね」

「大有りだよ」


 50メートルは軽く越すような生き物と戦って勝てるか! 闘技場の上は空いてるから危なくなったら上から脱走すればいいのだがな。


「ほら、来ますよ」

「さっきも言ったが、水中戦だぞ。わたしたち二人で戦うのか?」

「二人でも楽勝っすよ」

「楽勝じゃない! 下手したら一瞬で死ぬって!」

「心配しないでください。私も矢の穂先で攻撃してますんで」

「こんなこともあろうかと弦に切断機能がついた弓を持ってきた。使うことは一度もないと思っていたが、まさかこんな所で役に立つとはな」


 皆が一斉に武器を構える。クジラがヒレを動かした。


「来るぞ! 準備を!」


 突進かと思ったが、そいつは上に上がっていった。


「……? 逃げるか?」

「いや、違う! ほら、見ろ!」


 水面近くでターンして、こちらへ降りてきた。闘技場のど真ん中に向かって落ちてくる。わたしたちは外側の壁に向かって走り出す。

 落ちてきた。物凄い轟音が響き、水の勢いで壁に押し付けられる。

 まともに動けるようになってからわたしはクジラへ近寄っていった。そして三叉の槍で腹を突き刺す。が、大した傷にはなっていない。

 テールドルトやラーナ、アルヒェルも攻撃を仕掛けた。


 クジラが体勢を整え、今度は外側を回り始めた。周回を重ねるごとにだんだんとスピードは増していき、わたしたちは広場の中央に閉じ込められる。

 最高速度に達したかと思ったときに、クジラが回転の半径を縮め始め、徐々に上に上がっていく。その勢いで、わたしたちも上のほうに舞い上がる。


 そいつがわたしたちの真上に泳いでいき、その大口を開けて、水を吐き出した。その波を避けることは当然できず、真下に向かって押される。少しずつ、横にずれていき、地面に叩きつけられる前に抜け出す。他の三人も最悪の状況は回避できたようだ。


「おいツァプフェンクロイツ! どうするんだよ! このままじゃ身がもたないぞ!」

「ああそうだな。誰かヤツの体の中に入れ!」

「私は嫌だ」

「あっしもパスで」

「私も行きたくありません。ここは提案したアイゼンディーテさんが入ってくるのが妥当でしょう」

「ああもうっ! 解ったよ! こうなることくらい予想していたけどな!」


 行けばいいのだろ行けば! こうなったらこのわたしが標的ターゲットの重要器官を破壊してやる!


「つーかお前、どのタイミングで飛び込んだらいいとか解ってんの?」

「解るわけないだろう!」

「さっきの水流を吐き出す攻撃あるだろ。あのときに飛び込め」

「水と一緒に吐き出されるわ!」

「歯の陰にでも隠れてな。歯にしがみついていたら多分大丈夫」

「いまいち信用ならんな……」

「騙されたと思ってやってみ」

「くっそぅ、死んだら真っ先にお前を呪い殺してやるからな!」


 あれ? 前々回の戦闘でも似たようなことを言った気が……。


「ほら口開けたぞ。飛び込んで来い」

「おい待て! 今度は違う攻撃だぞ!」


 口を開けながら突進してきた。こいつ、食うつもりか!


「丁度いいじゃないか。食われろ」

「嫌だ! まだ死にたくない!」

「安心しろ。お前が腹の中に入った跡に私たちが外側から攻撃して暴れさせるから」

「お前ら全員死に曝せぇぇぇ!!」


 半ば自棄ヤケになって口の中に飛び込んだ。すぐに口が閉じられる。暗くてよく見えない。気持ち悪い空間の中では逆に助かるけどな。

 覚悟は出来ていたつもりだったが、飛び込む直前になって怖くなった。だが入ってしまった以上、引き返すことは不可能だろう。

 真っ暗で何も見えないので、滅茶苦茶に歩き回って、どこかで下に落ちる。落ちながら槍を繰り出し、喉らしき部分に突き刺す。体全体が大きく揺れ動いているのか、わたしも大きく転がされる。ちょっと酔ってきた。


 広い空間に投げ出された。足に焼けるような刺激を感じる。ここは胃か。早く抜けないとまずいな。ここでも床に穴を開ける。胃潰瘍にしてやる。


 大きく転がったので元来た道と思われるところへ引き返し、壁を触りながら歩く。ぬめぬめしていて気持ちが悪い。分岐点で曲がる。多分この辺が肺だ。そういえばこいつ、長いこと地上に上がっていないみたいだが大丈夫なのか? 呼吸ができなくなって死ぬのでは? そちらの方がわたしたちにとっては好都合だが。


 幾十もの分岐を全て右に曲がり、行き止まりらしき所で壁を滅多刺しにする。戻って違う部屋へ行き、それを何度も繰り返す。すると肺に水が流れ込んできた。クジラの動きもなくなってきた。そろそろ死んだか?


 当然真っ暗で何も見えない。だから滅茶苦茶に歩いていくしかなく、出ることが可能かどうかも解らない。とりあえず広い通路を目指していった。


 奥のほうに明かりが見える。出口か?


 地獄の門を抜け、闘技場へ戻ってきた。


「アイゼンディーテさん!」

「ラーナ……」

「生きてたんですね!」

「こっちが言いたいわ! あんなに暴れてたのによく潰されなかったな」

「まあそれはいいとして、この巨大生物、動かなくなりましたよ」

「知ってるよ! だから戻ってきたんだろうが!」

「これでわたしたちの勝ちのようです。ほら、門も開きましたし」

「ああ、本当だ……」


 何かすごく疲れた。今回は怪我もなく、無事に戦いを終わらせることができたのだが……。


「アイゼンディーテさん!!」


 意識が、遠のく。

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