第一話 小さな善行
なんだかんだで町に到着。ここまで長かった。山を越えてからも結構遠いのだぞ。それなのに山賊(?)はさも余裕であるかのように飛び跳ねてついてきた。何か腹が立つ。
「そういえば聞いていなかったが(というより聞く必要がないと思っていたんだが)、お前、名を何というのだ」
「テールドルト」
「一語文での返答はやめてくれないか。違和感を感じる」
「そういえばあんたホフンティアだったよね」
「まあそうだが」
「ほら見て、街の人が頭を下げてこないよ。世も末だねぇ」
「……いや、わたしでもう四十八代目だし、誰も頭下げてなくて当たり前だと思う。てか忘れられているのでは」
「あり得る」
とりあえず宿をとりたいのだが。どこだったっけかな。昔一度行ったことがあるのだが。
「せっかく町に来たんだし、買い物でもしようよ」
「というからには、金でも持っているんだろうな」
「持ってない」
「……わたしを馬鹿にしておるのか?」
「ああごめん間違えた。買い物をするんじゃない。窃盗するんだった」
「馬鹿者! 早速町を追われるつもりか!」
危ない雰囲気が。これ以上こいつと一緒にいると何か厄介ごとに巻き込まれかねない。
あ、そういえば宿をとるにも金が必要だな。槍だけ持って出てきたのが間違いだったか。計画性のない外出だったな。
「あーあ、どっかに硬貨でも落ちてないかなぁ」
「そんなみっともないことを言うのではないぞ」
「んなこと言ったって」
「拾うものは金塊でないといかんからな」
「……そこかい」
そういえば、この町はレンガ造りの家が多い。家だけでなく、門もレンガ造りだ。昔は「コンクリート」とかいうものが流行っていたらしい。道路なども全てそれでできていたそうだ。が、自然の持つなんとかがなんたらとかで、そういったのを全部取りやめにして、地面は土まる出しにしたらしい。建造物はレンガでいいのかい。
「ねえ」
「何だ」
「入り口の門の方見てみなよ。見晴台みたいなのが立ってる」
「それがどうしたというのだ。別におかしくないだろう」
「それだけならいいんだけど、誰も人がいないっすよ」
「あ、本当だ。どういうことだろうか。門衛に訊いてみよう」
門の入り口に立っている、全身銀色の人に話しかけてみる。
「おい、見晴台の上に何者もおらんぞ。これは一体どういうことだ」
「あ、ああ、これはですね、夜になると別の番兵が上に上るんですよ」
「何故だ?」
「夜になるとですね、西の方にある洞窟から埃魔族がやって来るんですよ。行列作って」
「そんなこと聞いたことがないぞ。何年か前にここに来たことがあるが、そういったシステムは存在していなかったはずだ」
「まあそうでしょうね。先週始まったことですし」
「何故探りに行かんのだ」
「だって怖いじゃないですか」
「おい!!」
「アハハ、冗談ですよ冗談。人が足りないだけですよ」
「……この国も大分廃れたものだな。色んな意味で」
とりあえずこの使えなさそうな番兵から一旦遠ざかる。
「おいテールドルト、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「はぁ? 何を言っておる。洞窟に決まっているだろう」
「……何で? 別にあっしたちが行かんでもいいじゃんか」
「フッフッフ、甘いな! ホフンティアは今となっては架空の英雄なのだよ! こうやって少しずつ善行を積むことで、有名無実なエセ英雄から名前も中身もある本物の勇者になっていくのだ! 今はその第一段階目だ。解ったらついて来い!!」
「あっ、ちょっと! こっちはホフンティアじゃないんスけど! それと、全然解ってないからついて行かなくていい!?」
「早く来ないと置いて行くぞ」
「ああ解った解った! 行かないと多分生活できないからついて行く!」
こんなヤツでもいないよりはマシだ。別に寂しいわけじゃないのだからな。用が済んだらさっさと捨てる。
とりあえず一旦町から出て、西方へ向かう。辺りは見渡す限り草原しかなく、遠くに山がぽつんぽつんとあるだけだ。不快な眺めではないが、愉快でもないな。土がむき出しになっている道があるだけツァプフェンクロイツ家の庭よりはいい。
頭上には金色に輝く太陽が、偉そうに居座っている。そのため、ほとんど影を作っていない。周りに障害物が何もないので、影が出来ているのはわたしたちの足元だけだ。
「こんなとこで戦ったらあっしたち確実に負けるっすよ。隠れる場所がないんで」
「夜になるまでに着けばいいだけのことだ。どれほどの距離かは知らぬが」
それはそうと腹が減った。朝から何も食べていない。もう少し良い条件下で出て来れなかったものかと後悔している。
「腹減ったっす」
「なんだテールドルト、お前もか」
「三日前から何も食べてないもんで」
「……雑草でもいいから食っておけ。もうそろそろ死ぬぞ」
「大丈夫だって。一週間飲まず食わずっていう極限状態を経験してきたから」
「よく生きてこれたな」
「これでも山賊なんで。いい環境で甘やかされて育ったあんたとは違ってね」
「無性に腹が立つが言い返せない」
しばらくすると、草の数も段々と少なくなってきて、茶色い土が多くなってきた。
「……あれだな」
近寄らないと見えなかったが、地面に人一人が通れそうな穴が開いている。洞窟というよりは洞穴だが。魔蟻族の巣かと思った。ここから湧き出てくるのって蟻じゃないだろうな、と思ったが、よく思い返してみれば埃魔族が来るってちゃんと言っておったな。
「……ここに入るのか」
「あっしだけ入って来た方がいい?」
「いや、いい。わたしも入る」
この槍入るかな……。無駄な装飾のせいで幅取るんだよ。どうにかしてくれ。装飾の部分だけ折ればいいだけなのだが、見た目・安全性・わたしの力の問題など、様々な課題の存在により、ちょっと折りにくい。しかもホフンティアの証であるものなのだから尚更だ。
「入り口は狭いけど、中は広そうっすよ」
わたしは槍を斜めに持ち、入り口の狭い部分を通過させながら垂直に直した。それから自分が入る。続いてテールドルトが入る。
「うむ。狭くはないな」
「一本道だから迷う心配なしだね」
なぜか洞窟の壁にランプがかかっている。これで明かりの心配も要らない。
「なんか空気が汚いっすね」
「洞窟だから当たり前だろう。空気の入れ替えが満足に行えない」
「床も汚いし。掃除しろや」
「いや埃の塊がここ通ってるんだから」
掃除してもその掃除してたヤツがゴミ撒き散らすだろうし。
しばらく通路を歩いていくと、広い場所に出た。
「あれが根源っすかね」
「そうっぽいな」
奥のほうでただのネコ……じゃなくて、ただの猫魔族が眠っている。猫魔族は通常の猫と違って巨大で、足から背中までがヒトの成体の身長と同じくらいあるから解る。見た目における判別方法は他にはない。
とりあえず、近寄ってみる。背中に埃のようなものが大量にこびり付いている。
「なるほど。ここで埃魔族を育てていたというわけか」
「育ててたんじゃなくて、勝手に育ったんだと思うけど」
「それにしても、どうやって入り口を抜けたんだろうな」
「さあ。ま、猫だからそういうのは得意なんじゃないすか」
「そうだな。そういうことにしておこう」
で、コイツどうするんだ? 追い出すにしてもでかすぎて運ぶことは出来そうもないし、起こしたら暴れそうだし。
「どうする?」
「とりあえず埃だけとっておいたら?」
「ああそうだな」
背中にこびり付いている埃を全て収穫し、それらを素手でつかんだまま、引き返した。ちょっと汚い。袋持ってくれば良かったな。そしてそのまま洞窟を出る。最初にわたしが出て、それからあの面倒な槍を取り出す。埃落としそうで怖い。
「さて、帰るか」
穴から這い出て来た時はもう日は沈みかけていた。疲れていたのと腹が減っていたので、町に帰り着いたときには空は既に暗くなっていた。早いな。
それはそうと早く何か食べなければ。死にそうだ。だが三日も何も食べていない賊がここにいる以上、弱音など吐けたものではない。
町の門は閉められかけていたが、わたしたちの姿を捉えると、門番は門を少しだけ開いてくれた。通った時に手の部分を見られたようで、
「……それはなんだい?」
と声をかけられた。
「夜にやって来る埃魔族のタネだ。決して冗談で言っているわけではないぞ」
「冗談にしか聞こえないけど」
「な、なんどとっ!? ホフンティアであるこのわたしがわざわざ洞窟まで言ってやったのだぞ!!」
「そうですか、よく頑張りました。はい、これご褒美」
小さな布の袋を手渡された。金でも入っているのだろうか。
「子供扱いするな!」
「だって子供じゃないですか」
「うるさい!」
「おやおや、ホフンティアとやらは、感謝の言葉を口にすることもできないんですか」
「ああもう! 解ったよ。あの、その、ありがとう……」
「声が小さいですよ」
「なっ、なめやがってぇっ! 行くぞテールドルト! こんなヤツの相手をしている暇などない!」
「あ、ちょっと、どこ行くんすかぁ!」