第十話 漆黒の大空
目を覚ませば、牢屋の岩の壁や鉄格子が見えたので、昨日の自分が何をやらかしたのかを思い出そうとしていた。
「アイゼンディーテさん、無事ですね」
「あ? ああ、ラーナ、そういえば、溶岩洞窟で石化の魔法かけてもらって……、あ、治っておるな」
ようやく思い出した。わたしに罪はなかった。
「あの爆発の勢いで石になったまま砂漠まで飛ばされたみたいで、そのままここにつれてきてもらったみたいです」
「何故よりによってここなのだ……」
「ここが一番安全なんだそうです。先ほどの噴火がおさまり、見回りを出したところに丁度飛ばされたみたいです。タイミングがよかったんですね」
「なにやら大事になってきたな」
「ええ。さっきから揺れも何度かありますし。……ほら、また揺れました」
大きい地震が牢屋を揺るがした。
牢屋の中には例の二人の門番もいれば、全く知らない人も多数いる。集落の住民全員がここに避難して来ているのだろうか。
「あれ? 誰か来てるよ」
「……足音か? お前、よく聞こえるよな。さすがは山賊といったところか」
足音が近くなってくる。走っている様子だ。
「たっ、大変だ! 空が、空が紫色の雲に包まれてるぞ!」
「何だって!?」
ざわざわし始めた。
「どうやら外は大変なようですね」
「ああ」
またハイライアが何か引き起こしているのか?
「町のほうから吹き出ているんだ! あの雲の下にいると頭がおかしくなりそうで……」
「……町か。ラーナ、テールドルト、武器は?」
「はい?」
「外に出る準備をしろと言っておるのだ!」
「なっ、何言ってるんですか! 今外に出たら何が起こるか解らないんですからね! 噴火だって、まだ完全に止まったとは言い切れませんし」
「じゃあ城はどうするというのだ!」
「城?」
「そうだ! 国の中枢! きっとハイライアのことだから、人を操って何かやらせているに違いない!」
テールドルトがハルバードを握った。
「……あなたはいつも無茶しすぎなんです。でも仕方がありませんね。そこまで言うなら、行きましょう」
「ほら、ここを出るぞ。おいそこの門番だったヤツ! 扉を開けろ」
「何言ってるんだ、死ぬ気かお前ら」
「何だ? このわたしに文句でも?」
「さっきの見回りのヤツの話を聞いていなかったのか? 今外はおぞましいことになっ……がはっ」
槍の柄で鳩尾を突いて動きを止める。鍵を奪って、扉を開ける。扉に再び鍵をかけた後、もう二度と戻ることのないように、鍵を格子の間から部屋の中に投げ込んだ。
「走るぞ。一秒でも無駄にするな」
建物を出る。真っ暗だ。空を見上げると、ラヴェンダー色の霧が宙に舞っている。禍々しいイメージを与える霧だ。
東門を出て、真っ直ぐ走る。霧が速く流れているように見える。
「アイゼンディーテさん、何かいます」
「そりゃあいるだろうな」
この異変の影響からか、魔物らしき生物が増えた。
太陽の光が届いていないせいか、とても寒い。
「見たことのない生き物が歩いてますよ」
「危険そうだな。近付くなよ」
「近付きませんよぉ」
「……往路でサボテンにちょっかい出して追い掛け回されたの誰だよ」
「テールドルトさんです」
「責任転嫁すな」
「砂とかけてるんですか?」
「いいから黙れ」
さすがに疲れてきた。連戦だったからな。そのあと牢屋からスタートして、それからまた走行移動だからな。町に着いてからが大事だというのに。
「ありゃ、人が立ってる」
「門番ですね」
「門も閉まっておるようだし、通してくれるか心配だな」
門番は二人もいる。わたしたちは番兵の前で立ち止まった。
「お前ら、この門を開けろ」
「今町は危険な状態だ。空を見れば解るだろう。諦めろ」
「諦めろと言われたって……、なあ、この異変を解決しようとしている者はおるのか?」
「いいや、皆頭がおかしくなっている。今は町を封鎖して、これ以上被害者を増やさないようにする方がいい」
「……甘ったるい野郎どもだ。ここで見張っているほどの時間があるなら、お前らが行けばいいではないか!」
「なっ、口うるさいガキどもだな! あっち行け! しっしっ」
一旦引き下がる。まさか最初の壁が門番だったとは。
「アイゼンディーテさん、殺すのはさすがにまずいですよ」
「ああ解っておる。だが、他にいい方法は……」
「私がいることを忘れてはなりませんよ。こんなこともあろうかと、十分間だけ眠らせる魔法を会得しているんです」
「……便利なヤツだな。てか都合良すぎだろう」
ラーナが何か呟く。詠唱が終わると、衛兵たちがその場に倒れた。
「完了です」
「よくやった。よし、突入するぞ。……ええと、鍵はこれか。おっ、電池か。いい物持っているではないか」
「盗人みたいですね」
「……確かに今のはわたしの言い方が悪かったが、だからってこいつと同じような扱いをするのはやめてくれないか」
「うわっ、何すかそれ、ちょっと傷付いたっす」
「知らない! それはわたしのせいではないぞ」
門は重くてわたしの力では全く開かなかったが、見た目と筋力が全然つりあっていない山賊のおかげで、町の中に入ることが出来るようになった。一人で開けやがった。
町の中はふらふら歩いている人間ばかりで、まともな者はいそうもない。これが紫の霧の力なのか。
「気違いだらけで不気味ですよぉ。早く抜けましょう」
「元は普通だったのだぞ。失礼な言い方するな」
「あぁっ、ここにも気違いが!」
「誰が気違いだ!」
置いていくぞ!
「さて、城はどこだったかな」
「城はなぜか動いてますからね。まるで魔法でもかけられたみたいに」
「お前の仕業みたいに聞こえる」
「いえいえ私はそれほどの者ではありませんよ」
「まあ確かにそうなのだけれど」
常に動いているって、迷惑な城だな。昔、空に浮かんでいたのを見たことがある。神秘の領域だな。
「まずは城を探さないと」
「ああ。しかし、地中にもぐるときもあるそうだ。地上ばかり探したところで見つからないかも知れぬぞ」
「いえいえそんなことはありませんよ。ほら。横ばかり向いてないで、正面を見たらどうです?」
「あ……」
丁度目の前に建っていた。全く気がつかなかった。城は白レンガ造りで、なかなか丈夫そうである。中はひとつひとつの層が狭いのだが、空高く伸びているため、空間は充分に使える。
「……階段を上るのが面倒だな」
「いいえ、その必要はありませんよ。ついこの前、魔力をエネルギーとしたエレベーターが取り付けられたそうですから」
「嘘つけ。確かにそんなことしそうな王様だけど」
何のためらいもなく城へ侵攻。紫色の空気は城の中まで満ちていて、ちょっと気持ち悪い。毒ガスとかではないことを祈る。
「右向いてください。エレベーターあるでしょ」
「うわ、ホントだ。まさかマジ話だとは思わなかったよ」
「……まさにお気楽国家だな。だがこれは金の無駄遣いと言えるのか言えないのか……」
階段を上る手間が省けたので許してやるとしよう。
もちろん最上層へ。なかなか上へ上がらない。魔力が弱いのではないか?
「…………やっと着きましたね。この機械、メンテナンスがなってないです」
無事に七階に着いた。さて、ここから長い廊下を歩かねばならぬのだ。面倒だな。
「この廊下は安全ですね。昔は罠とかが仕掛けられていたらしいですが」
「……どんな城だよ」
「こんな城です」
「どう反応してよいのか解らん」
奥のほうに行くと、豪華な扉が目の前に立ちはだかった。ここは王様の部屋か? 少々入りづらいが、まあ仕方がないだろう。……せっかく入ったのにこの部屋には何もなかったとかいう残念話だったら泣くよ。
扉を開けると、無駄に広い部屋が出迎えた。さらにそこで待っていたものは――
「皆さん、よく生きていられましたね。この通り、パーティーはまだ続いていますよ」
真っ黒なオーラをまとって、ハイライアが浮かんでいた。
「こんな所で何をしている」
「海底都市の開放です。この城のどこかに、海底都市を開放するための“鍵”があると聞きましたのでね」
「……“鍵”だと?」
そんなものは聞いたことがない。まったく、こやつらは一体どこでそのような情報を得ているというのだろうか。
「ええ。何だか気になりますか?」
「もちろん気になるとも」
「さて、教えようかどうか迷いますね」
「……どうせそれも時間稼ぎだろう。見え見えなのだよ」
「ばれてしまいましたか。ならば仕方がありません。教えてやるとしましょう。
……海に眠る古代遺跡を開放するための“鍵”……、それは、王家の血筋を引いたものです」
「……だから王様の部屋にいるのか?」
「いえいえ、大変残念なことにそうではありません。真実を言ってしまいますと、王の親衛隊員Fが、今はなき古代王国の王の末裔です」
「Fかよ。Aではいけないのか? それに、意外と地味な人間だな」
「意外なところに貴族は潜んでいるものですよ、あなたのようにね。親衛隊員Fと言いましたのは、その方の名前の一番最後の文字がFだからです」
「普通頭文字とるだろう」
こいつラーナと同属性だな。
「Fは無事に、海底の祭祀場に転送されました。使命を終えれば、彼は自然と消え果てることでしょう」
「貴様は、人の命をなんとも思っていないのか?」
「人の命? そんなもの、この惑星に何十億もあるんですよ。その一つや二つが失われたところで、何の損失があるというのです?」
「…………何て野郎だ」
「はい? 何か言いましたか?」
「……よいだろう。そこまで苦痛を味わいたいのなら、わたしが直々に、地獄のどん底に叩き落してくれる!!」
「……いいでしょう。開放までにはまだ時間がありますし、少し遊んであげます」
ハイライアの周りに黒っぽい紫の気が流れる。それは徐々にハイライアから離れていき、二つの塊になった。気が集まってひとつの形を創り上げる。
「アイゼンディーテさん、用心してください。古代の魔術書に記された魔獣です」
「……ああ。おい、テールドルト、戦闘準備は?」
「ばっちりっす」
「……三対三ですが、こちらの方が圧倒的に不利です。ゼールさんやルッヒェルさんのときとは違って、優しさの欠片もないような相手ですから」
今までのものとは比べ物にならない禍々しさを感じる。ルッヒェルのときとは違う、緊張が生まれる。
……突然、五本の矢が飛んでくる。窓からのご登場だ。
「おい、誰か忘れてないか?」
「お、お前は……」
「えーと、誰でしたっけ?」
「誰だったっけ?」
「すまん、覚えておらぬ」
「なっ、このヘボ記憶能力の所有者! そんな頭でよくここまで来れたな!」
「人の名前を覚えるのは苦手なのだよ」
「このアルヒェル・アルカルドの名を覚えていないのか!?」
「アルまでは覚えておったが」
「……だめだこいつら」
随分と滅茶苦茶な登場シーンだ。それだけは今までの雰囲気と同じだな。
黒い空気の塊が完全な形となった。狼の姿だ。
「仕方ない。せっかく来てやったことだし、戦ってやるとしよう。最近暴れ足りなくてな」
「そんな理由だとは思った」
そういえば、町での用事は済んだのか?
「これで形勢逆転、と言ったところかな」
「甘いぞアルヒェル。そのような考えでは、この世界で生きていけない」
「おっと、いつまでもお喋りタイムでは痛い目に遭いますよ」
狼が襲い掛かってきた。アルヒェルが矢を放って応戦する。わたしは風の刃を飛ばす。テールドルトは一体を止めるべく、ハルバードを振るいながら突進していく。ラーナも遠くから矢を放つ。
「なあツァプフェンクロイツ、この弓に見覚えがあるだろ?」
「ああ、ゼールフェルデの五弦弓だな」
「私の仕事、何だか気になるだろ?」
「ああ。今まで何をしていたのだ?」
「この際だから教えてやろう。戦死者の武具を回収する、それが私の使命だ」
「滅茶苦茶な内容だな。そんなこと、誰に言われた?」
「お前らがよく知る人物だ。私は、お前らがゼールフェルデの命を奪って、どうしようかと悩むだろうと思ってな、あの門番に寝る場所と食事を提供するよう、言っておいた」
「……」
「ほら、ぼーっとしていると食い殺されるぞ」
「……すまんな、迷惑かけて」
「今は戦いに集中しろ」
一体はわたしとアルヒェルが担当し、もう一体をラーナとテールドルトが相手している。だが二人ずつでは人手が足りない。ハイライアはフリー状態だ。
ハイライアが黒い球体をこちらに向かって放ってくる。追尾弾のようだ。アルヒェルはうまく立ち回りながら標的から離れ、遠くから攻撃している。
向こうではテールドルトと狼が互いの攻撃を避けあっている状態が続いているようだ。ラーナが後方支援するが、矢は全く効いていない様子。
自分の動きは、……残念だが解らない。動くだけで精一杯だ。
ハイライアの黒い球は激しくなっていく。放出される数量が増え、空中を進む速度も増してきている。風で破壊できることが解ったので、刃をぶつけて対処する。
……何かが砕けるような音が耳に飛び込んできた。テールドルトの振りが直撃したようだ。そこから怒涛の連撃をかまし、魔獣の息の根を止めた。
「よそ見をするな!」
目の前に黒球が迫っていた。身をかがめ、上を通り過ぎた瞬間に前へ移動する。立ち上がり、風の球の力を借りて黒球を破壊する。
片方を仕留めた二人組が、ハイライアに向かって行く。だが球体の発生は抑えられなさそうだ。
アルヒェルの矢が狼の首に刺さる。動きが止まった。その隙を見逃さず、わたしが刃を飛ばし続ける。やがて脚が機能しなくなり、獣は地に伏した。
「……やれやれ、あなたちも所詮はこの程度ですか。これでは張り合いがありませんねぇ」
「余裕をかましているとどうなったものか知れたものではないぞ」
「そちらこそそのような口をたたいて、今に動けなくなっても知りませんよ」
ハイライアの前後左右に巨大な黒い球が発生した。球体はハイライアの周りを惑星のように回る。やがて、球体から真っ黒なレーザーが発射される。回りながらなのでこちらも動かなければならない。
「ありゃりゃ、あっしの出番は終わりですかい?」
「そのようだな。お前は遠くでちょこちょこ動いていればいいだろう。その方が安全だろうし」
「私たちは前衛射撃部隊ですね」
「射撃なのに前衛……。まあよい。せめて怪我をしないように頑張るのだな」
「おっと、私をなめてるのか? この鍛え抜かれた跳躍力、天の竜どもを遥かに凌駕する反応力、そして超人的な動体視力!」
「解ったからお前は黙れ」
ゼールの弓はアルヒェルの手によく馴染んでいる。扱いが難しそうに見えるのだが。やはり弓手は訓練さえすればどのような弓でも扱えるのだな。
ハイライアが杖を振り上げた。すると頭上に灰色の雲が現れる。なにやら怪しげな音をたてて浮かんでいる。
「……これは、闇魔術の類ですかね。大昔に封印されたはずですが」
「こいつのことだ。何処かの遺跡からでも掘り出してきたのであろう」
部屋中を稲妻が走る。頭上に注意しながら走り回る。周りを見ると、全員無事のようだ。灰色の雲から出る真っ黒ないかづちは、もうおさまった。
「ああ、退屈ですね。こんなものでは面白くありません。みなさん、この続きは海底の遺跡でどうでしょうか? あなた方が今よりも成長しておられることを、願っておりますよ」
急に黒い光線と黒球が止まり、ハイライアが地面にこれまた黒い穴を作る。その中に落ちて行き、姿が完全に消え去った。
「あっ、また逃げやがった!」
「おいツァプフェンクロイツ、急ぐぞ。ハルグドリオンの復活だけは絶対に止めないといけない!」
「そんなこと解っておるわ! いちいちわたしに指図するな!」
「バカ! 反発してる場合か! 苛立ちがおさまらないのは解らんでもないが、それだからこそ急がなきゃならないんだろ!?」
王の部屋から出ようとすると、いきなり強い揺れが訪れた。揺れは長く続いたが、城の中の物が壊れると言った被害は全くなかった。
「海底遺跡って、クジラに襲われた闘技場の所だっけ?」
「そうだ。あの真下に大昔の都市が存在してるらしい」
今は時間が惜しい。エレベーターが一階につくと、わたしたちは走り出した。城を出て、海の方角に向かって駆ける。
すぐに小屋が見えてきた。わたしは三人に少し待っているよう言って、小屋の中に入って電池をいくつか頂戴してきた。置いて行かれるというお約束が効果をなさなかったので少し安心感が生まれた。
「またしても地の球の世話になるとはな」
四人で海に潜る。まだ未熟だった数日前を思い出す。もっとも、今でも未熟なのだが。
海を泳いでいる生き物も変わってきた。見つからないように岩の陰を歩く。
岩がひとつもない広場を見つけた。もうすぐで闘技場だ。
五分程度で例の闘技場に到達した。門は開けっ放しだ。
「……何だこの穴は」
「既に解放されてしまったようですね」
「手遅れということか」
「いいや、ここから追いつくことができればこちらのものだ」
「だがしかし、その見込みはほとんどないんじゃないか?」
「可能性がある限り、道を切り拓いてゆくしかないのであろう?」
「……フフッ、面白いな、ツァプフェンクロイツ」
「こんな時にお前が一番言いそうな言葉を選んだのだがな」
「私もどうかしてたみたいだ。ネガティブに考えていても始まらないな。よし、気楽に行こう!」
闘技場の真ん中に大胆に開けられた大穴には、ご親切に階段が取り付けられている。一段、一段と、次の段を踏むたびに、全身の血の巡りを感じる。
「おい、お前ら、いいか? ここからが始まりだ。終点が近いとか、そう言った思想は持つな。聖十字の下に生まれし者なら、そのような甘い考えは持たぬはずだ。ただし、死んでしまえばそこで終わりだ。終点だ。終点とはそういうものなのだ。が、それも運命であり、宿命だ。…………聖十字の下に誕生せし者らよ、
…………せいぜい運命に、抗い続けるがよい」