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† † † †
暖かくてやわらかなものに包まれて、フワフワととても幸せな気分。
いつまでもこのままいたくなるような…。
徐々に浮上してきた意識と共に感じる幸福感。
そして、目を開けたと同時に感じた違和感。
「……ここ…は?」
見たことのない天井。
視線を巡らせると更に見たことがない部屋。
誰かのベッドで横になっているという事はわかったけれど、…ここはいったい…。
自分が寝ているダブルベッドとサイドテーブル、結構な冊数の洋書らしきものが収められている大きめの書棚が1つ。
深い緑、淡い緑、くすんだ緑…。緑を基調としたベッドルーム。
いくらベッドルームだからといって、見知らぬ部屋でのんきにくつろげるほど肝が座っていない俺は、僅かな緊張感を伴って上半身を起こした。
確か、万里と一緒に学校の食堂にいたはずなのに、それが何故こんな場所に?
疑問だらけのまま、音を立てないようにそっとベッドから下り立つ。
自分の姿を確認し、ブレザーとネクタイとベルトは外されているものの、いつもの見慣れた制服姿だった事にホッとした。
最近、記憶が混乱しているせいで、「いつもと違う」という事に、とても敏感になっている自分がいる。
制服を着ているという事は、食堂で万里といた俺と今の俺が同じだという事。
安心感に少しだけ体の力が抜けたところで、その場から足を踏み出した。
この部屋にある唯一の扉。
そこを開ければ、きっと何かがわかるだろう。
そんな思いで、静かに扉を開けた。
「気が付いたのか。気分は?」
「…あ…。…大丈夫…」
ベッドルームを出た先の部屋は、とても明るいリビングだった。
そして、そこにあるソファに座って何かの書類を見ていた相手が俺に気が付いて振り返る。
…鈴原先生…。
手に持っていた書類をガラスのローテーブルに置き、少しだけ心配そうな表情で近づいてきた。
その手がそっと額に触れる。
「…熱は…ないな。…腹は?」
「痛くない」
額に触れている鈴原先生の手の感触に、何故かドキドキする心臓を意識しながらも、普通に言葉を返した。
その途端に噴き出す相手。
「違うよ。腹、減ってないか?」
グ~…キュルル…
「…あ…」
素晴らしいタイミングで鳴った俺の腹。
言葉よりも雄弁に語ったその音が、鈴原先生の笑いのツボを直撃したらしい。今まで見たことがない程爆笑している。
あまりの情けなさに顔が熱くなった。
欠食児童か俺は…。
「よ~くわかった。待ってろ、すぐに何か作るから」
笑いながらオープンキッチンに向かう姿に頷いて、さっきまで鈴原先生が座っていたソファに向かう。
ガラスのローテーブルを中心に、L字型に置かれたオフホワイトのローソファ。
座ってみると、体を優しく包み込む柔らかさが気持ち良い。
なぜかよくわからないけれど、ここは落ち着く。
「丸一日も寝てれば、腹も減るだろうな」
大きい窓から見える青空をボーっと眺めている最中、不意に聞こえたその内容に耳を疑った。
丸一日寝てた?
…そうだ、よく考えれば、万里と食堂にいたのは昼。
それなのに、眠ってから起きてまだ空がこんなに高いはずがない。
「調子がいいなら、シャワーでも浴びてスッキリしてくればいい。何か着るものを用意しておくよ」
「…うん、ありがとう」
シャワーを浴びれば、このボーっとした頭もスッキリするかもしれない。
ソファから立ち上がり、キッチンで何かを作っている鈴原先生に指で示された先のバスルームへ向かった。