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† † † †
『…馬鹿だなお前は…』
『何がだよ』
『自分が1人だと思い込んでるところが』
『だって…、本当にもう1人きりだし。…確かに、施設の皆は家族みたいなものだったけど、…俺が言ってる1人って、そういう意味じゃない』
『だから馬鹿だって言ってるんだよ』
『だからなんで馬鹿?!』
夏樹の断定的言葉にムッとして、横目で思いっきり睨んだ。
それでも夏樹は、楽しそうな微笑を絶やさない。
『…なんでそんなに楽しそうなんだよ』
『煌月といるからに決まってるだろ』
『………』
よくもそんな事を恥ずかしげも無く言えるものだ。
確かにここは、奥ゆかしきを美徳とする日本とは違い、意思表現がストレートだ。
だからと言って、夏樹みたいな奴に言われれば誰だって顔も熱くなるだろう。
夏樹の一言によって、自分の顔が完熟トマトのように真っ赤になった事を感じた。
そんな俺を見て尚更笑みを深くした夏樹の手が近づいてきたかと思ったら、さりげなく後頭部にまわされて…。
……
…………
……―――…目を閉じた瞬間、額に優しく唇が触れた。
† † † †
今日もまた夢を見た。
夢の中で俺と夏樹は、まるで恋人同士のような甘いやりとりを交わしていた。
アメリカのダウンタウンのような街並みの一角にある、芝生を敷き詰められた大きな公園での出来事。
晴れ渡る青い空に舞う白い鳥が、とても印象的だった。
鈴原先生に呼び止められたあの日から、スライドショーでも見るように毎晩夏樹と俺の夢を見る。
「…どうして…」
もし本当に鈴原先生が夏樹で、探している煌月が俺だとしたら…、なぜ俺の記憶が無くなってしまったんだろう…。
「どうして、って何が?」
「…っ…万里!」
いつの間に近くに来ていたのか、俺の呟きを拾った万里が不思議そうにキョトンとした眼差しで、目の前に座ってこちらを見つめていた。
「な~に驚いてんだよ!ボーっとしてないで早く飯食っちゃえよ」
「あ…、あぁ…。悪い」
そうだ、今は昼休みで、万里と一緒に食堂に来ていたんだった。
すでに食べ終わっている万里を気にしつつも、マイペースで親子丼を口に運ぶ。
「煌月って、前はどこにいたんだっけ?」
黙々と食べていると、ボーっとした様子で万里が尋ねてきた。
「…前って、…ここに来る前って事?」
「うん。なんかさ、仲良くなっても煌月って自分のプライベートな事あんまり話さないだろ?…だから気になって」
なかば食べ終わっていた親子丼の最後の一口を口に運び、器の上に箸を置いた。
目の前から興味深々の視線が絡んでくるけれど、俺はそれに答えるどころではなくなっていた。
…ここに来る前?
……
……思い出せない…。
何も…、思い出せない…。
半年前だけじゃなくて、その前も…、子供の頃の事も…、
……自分が誰なのかも……。
まったくおもいだせない…。
「…い!……おい、煌月!」
万里の叫ぶ声。
ズキンズキンと痛む頭に、万里の慌てたような声が響く。
そういえばつい最近も、こんな声を聞いた覚えがある。
あれはいつの事だった?
確か、教室にあの人が来て…。
…あの人?って…誰…だ…?
閉じた目蓋の裏に誰かの微笑が浮かんだ。
そして、全てが闇に消えた…。