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次に目が覚めると、太陽は天辺から幾分か反れて斜めに傾きだし、その色も白光から橙光へと色を変えていた。
朝から午後まで、よくもまぁこんなに眠れたものだ。
我ながら呆れ気味に上半身を起こし、もうすっかり気分が良くなって目眩も完全に消えている事を確かめてから、ゆっくりと床に足を下ろした。
近くの壁にハンガーで吊るされていたブレザーを手に取り、開けた仕切りカーテンの隙間から保健室内を見渡す。
静かなはずだ、誰もいない。
なんとなくホッとして思いっきりカーテンを全開し、ベッドの領域から出て保健室の広い空間に足を踏み入れる。
そこでフと迷いが生じた。
このまま何も言わずに出て行っていいものだろうか。
保健の先生が戻ってきた時、いつの間にか俺がいなくなっていたら困るのではないだろうか。
そんな事を考えてしまえば、もう何も言わずに帰ってしまうことが出来ず、困惑したままその場に立ち尽くした。
「あら?七瀬君、もう調子は良いの?」
ちょうどその時、運がいい事に、扉が開いたかと思えば件の保健の先生が姿を現した。
年齢は40代半ば、優しそうでふくよかな体格の女性養護教諭、安西先生。
扉が開いた時に一瞬だけ、もしかしたら鈴原先生?なんて緊張がみなぎったけれど、違った事にホッとした自分がいる。
「はい、もう大丈夫です。こんなに長く休んでしまってスミマセンでした」
心配そうに見ている安西先生に申し訳なくなって会釈し挨拶をすると、満面の笑みで首を横に振られた。
「具合悪い子が寝ていて何が悪いの、こんな時くらい気にしないで休めばいいのよ。…高3の一学期なんて大変な時期に転入してきてしまったんだもの、この数か月で自分でも気付かないうちに疲れが溜まってしまったのよ。家に帰ったらゆっくり休みなさいね」
そんな暖かな言葉に自然と表情が緩む。
両親がいないまま孤児院で育った俺には、こんな風に扱われると少しだけくすぐったい。
「それじゃ、失礼します」
「今度は倒れる前にしっかり自己管理するのよ」
その言葉に思わず苦笑いを返して、保健室を後にした。
保健室を出て廊下を歩いていると、あまりの静けさに少しだけ戸惑った。
けれど、その静けさは当たり前の事、今は授業中だ。
5時間目か6時間目かわからないけれど、今日一日はほぼ終わってしまったとみていいだろう。
何しに学校に来たんだって話だよな…。
倒れるなんて事は滅多にないのに…と自分に呆れながらも教室に向かって足を進める途中、図書室の前を通りかかった時、偶然にも扉が開いて誰かが出てきた。
出てくる人物にぶつからないように壁側に寄ると、
「…煌…、いや、七瀬。…もう具合はいいのか?」
昨日今日とで脳裏に焼きついた声が掛けられた。
…鈴原先生…。
一瞬ビクリと肩を揺らし、歩く足を止めて相手を見ると、照れくさくなる程の優しげな微笑がこちらに向けられる。