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でもこの和泉万里が、我がクラスの学級委員長だというのも拭えない事実だ。
…みんな勢いで選んじゃったんだろうな…。
俺がこの高校の二年生として転校してきた半年前の5月には、当たり前だけどもう既に学級委員長がコイツに決まっていて、このノリの軽さに驚いた事がまるで昨日の事のように思い出される。
「なになに?な~んか暗くない?煌月ちゃん。…どしたの?朝から電車で痴漢にあったとか?」
「俺は徒歩通だ!」
いい加減に鬱陶しくなって、万里の脇腹に肘鉄をくらわせてやった。
ワザとらしく「オウッ」と声を上げた万里は俺から腕を外し、脇腹を押さえてヨロヨロするという細かい演技をしている。
その隙に1人でさっさと教室に向かった。
「お~、七瀬おはよう」
「はよー」
「さっきまで和泉と仲良く歩いてなかった?」
「万里なら、その辺で演技の勉強してる」
「…なんだそりゃ」
教室に入った途端、廊下で俺達のやりとりを見ていたらしいクラスメイトの仲原に挨拶をされ、無表情のまま片手をヒラヒラと振って言葉を返した。
演技の勉強をしている和泉万里…というのが想像つかないらしく、仲原は「う~ん」と唸りながら首を傾げている。
そんな相手をそのまま放置して、窓際の最後尾にある自分の席につくと、誰に話しかけるでもなくそのまま頬杖を着いて窓の外を眺めた。
そうしていると、周囲にいるクラスメイト達の噂話が耳に入ってくる。
噂話は女子の特権と思われがちだが、この学校、男子校だけれど噂話に花が咲いているという事は、噂話好きに男女の差は無いという事だろう。
「そういえばさ、今日から英語の担当が変わるってよ」
「は?なんだよ、田中ちゃんどこ行ったよ?」
「奥さんと離婚調停でもめて胃潰瘍で入院。そのまま退職するってさ」
「ぶわははは!マジで?情けねぇ~」
周囲の笑い声を聞きながら、数日前までこの教室で授業をしていた英語教師を思い出す。
新しい英語教師か…。
教師が1人変わったくらいで、日常の何かが変わるわけじゃない。
時折見る顔ぶれが変わるだけ。
周りが噂する程には興味の持てない話題だったせいか、すぐにその事から意識が逸れた。
「あれ、万里今頃来てやがんの」
不意に聞こえた誰かのそんな声に顔を上げて振り向くと、万里が教室に入ってくるところだった。
まさか今まで廊下でパフォーマンスをしていたわけじゃないだろうな…。
廊下でのあのワザとらしい演技を思い出しながら見つめていると、その視線に気が付いたらしい万里がニヤリと笑い、ピシっと手を額に当てた軍隊式敬礼をしてから席に向かっていった。
……アイツには悩みというものは無いのか。
なかば羨ましさも込めてそんな後ろ姿を見ていると、教室前方の開いた扉から担任が入ってきた。
ここまではいつもの光景。
でも今日はそこに、非、日常が付け足された。
担任である大原の後に続いて、見知らぬ男性が入ってきたのだ。
年恰好は20代の半ばくらい。少しだけ長めの茶色い髪。
常に微笑を湛えているように見える甘い端正な顔立ち。
男子校とはいえ、明らかに目の保養となるであろう人物の登場に、教室内が一気にザワついた。