18
† † † †
「あ~…、久しぶりだなここに来るのも」
広い公園の真ん中。
芝生の上に立ち、空に向かって両手を伸ばした。
蒼い蒼い空。
初夏に近づいている今の季節、そよ風がとても心地良い。
病院で目覚めてからすぐに検査をし、何も問題がなかったおかげで一週間後には退院する事ができた。
目覚めなかったこの一ヶ月の間、周りの人達にかなりの心配をかけていた事を知った俺は、一週間かけて挨拶回りに行って皆に顔を見せてきた。
そして、今日。
退院してから20日経ち、ようやく今まで通りの日々を送れるようになってから初めて一人で外出をした。
昨日まではどこに行くにもリチャードがついていたから…。
彼はまるで俺の父親みたいに世話をやいてくれた。
夏樹より一歳年下だと言っていたから、まだ25歳のはずなんだけど…。
今日までの日々を思い出してクスリと笑いが零れる。
この公園は、前にも夏樹と来た事がある。
あの時夏樹は『煌月は一人じゃない』って言ってくれて、凄く嬉しかった。
…でも、そう言ってくれた夏樹はもういない…。
初めて出会った時。
セイバーの仕事を教えてくれた時。
孤児院が襲われた時。
想いが伝わって、恋人になった時。
二人だけの色々な日々。
…そして、別れの時の、夏樹の笑顔…。
色んな夏樹が、頭に思い描かれては消えていく。
「…もう…二度と会えないって…、こういう事か…」
改めて実感した。
会いたいなと思っても、この世のどこにもいない相手。
どれだけ想っても、どれだけ頑張って祈っても願っても、
……もう、二度と…会えない…。
思い出すたびに、哀しみに頭がおかしくなってしまいそうだ。
考えていると、涙が滲んでくる。
「あー…、情けない」
顔を仰向かせて、目尻に浮かんだ涙を拭い取った。
そのまま目を開いて空を見たら、太陽の眩しさが目に染みて、そっと瞼を閉じた。
…生きてるって…こういう事…。
太陽の温かさを感じて、光の眩しさを感じて、風の心地良さを感じて…。
生きている80%が辛い事だとしても、残りの20%がある。
多くの辛い事も、たった一握りの幸せがそれを上回る。
それが、生きてるって事だって…やっとわかった。
「…リチャードも心配しているだろうし、…そろそろ戻るか」
仰向けていた顔を戻し、歩き出そうと足を踏み出したその時。
「煌月」
どこか懐かしい声に名前を呼ばれた。
…この…声…、まさか…。
心に甘く染み渡る、この世で一番愛しい人の声。
でも、この世にいるはずのない相手の声。
気のせいだと…、振り向きもせずに足を踏み出した。
「煌月、…俺の事、忘れちゃった?」
再度聞こえたその声が気のせいではないと確信し、ゆっくりと後ろを振り返った。
視線の先には、逆光でハッキリとした姿は見えないけれど、スーツ姿の背の高い男の人が立っている。
…この感じ…、前にどこかで…。
誰かわからない相手を見つめたまま、過去の記憶を探り出す。
その内に、相手が一歩一歩近づいてきた。
それによって逆光から解き放たれ、相手の姿が徐々に露になって…、その顔が、その穏やかな微笑がハッキリと見えた時、
「…嘘…だろ…」
目頭が熱くなって、雫がポトリと地面に落ちた。
「…なんで?…もう会えないって…」
「今まで俺が約束を破った事があったか?…言っただろ?必ず追いつくって」
もう、手を伸ばせば届くほど目の前に来た相手を、ただひたすら見つめる。
ここで目を逸らしてしまったら、消えてしまう気がして…。
目に映るその姿に、切なさとか哀しさじゃない、喜びの涙が次から次へと溢れだし、目の前にたたずむ相手の腕の中に思いっきり飛び込んだ。
「おかえり!」
「ただいま」
背に回った腕にギュッと抱きしめられた時、相手の肩越しに見えた蒼い空と、そこに舞う白い鳥。
この幸せな景色は、きっと一生忘れないだろう…。
…そう、思った。
―end―
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