1:妹から逃げる!
――僕があの声を聞く30分前の話――
「だから、食べてないって!!」
僕、神代 荻はたった今人生最大の危機に瀕している。
「じゃあアタシのカッパ巻きはどこへ行ったってのよ荻兄ィ!さっさと出さないとぶっ殺すぞ!!」
今の言葉からも分かるように、どういうわけか命の危機に晒されている。
………実の妹によって。
くそっ!まさか日曜日の午前に家に居るだなんて!!いつもは遊びに行ってるから油断した!!ってか、女の子がぶっ殺すって!夢が壊れたわ!!
「アタシは昨日確かに3つあったカッパ巻きを2つ食べて明日用に1つを楽しみに残しといたの!それを食べるだなんて…アタシの大好物だって知ってるでしょ!?そんなだから彼女が出来ないのよ!!」
「今その話関係ねーし!!てか、カッパ巻きて!!何でそんな微妙なネタなんだよ!!誰がそんな微妙な物盗み食いするかバーカバーカ!!」
普段妹とは言い争わない僕だが、無実の罪を着せられ黙ってはいられなかった。
……いや、彼女出来ないって言葉にムキになった訳じゃないよ?
ホントダヨ!?
「………カッパ巻きを馬鹿にする奴は許さん!!」
妹はそう叫ぶや否や、僕の右手を掴み、
「いだだだっ!!折れる!骨折れるから!!」
……思いっ切り僕の間接を決めた。
「折られたくないなら、早く出せ!!」
さすが我が妹、まったく勝てる気がしない!
神代 瑠璃。
長く艶やかな髪の毛。大きくパッチリとした目。形の良い鼻と口。
僕と血が繋がってないんじゃね?、って位の美少女だ。
性格も明るく、ファンクラブが出来る程。
前に妹の忘れ物を届けに中学校に行った時、
『『お義兄さん、超あざっす!!!!』』
と何十人もの男子中学生が1列に並び、一斉に挨拶に来た。
………正直引いた。
ただ、それは表の顔だ。本当のこいつは、かなり厄介だ。
何を考えているのか分からないが、小学校の時に柔道を習いだし、今では有段者。平気で人の傷を抉り、僕のハートはボロボロだ。そして、やたらとカッパ巻きに執着している。所謂、残念な美少女という奴だろう。
「どうせ荻兄ィの事だから、もう食べちゃったんでしょ?買ってくるから金だして。」
呆れ顔で手をつきだしてくる瑠璃。抵抗するにも、何も武道をしていない僕の力じゃ、瑠璃に勝てそうにもない。
あぁ…これから僕は一生 妹に奴隷のようにパシられるのか…。
『小僧…力が欲しいか…?』
痛む右腕に涙目になっていると、不意に声が頭に響いた。これはあれか!漫画でありがちなパワーUPイベントか!!
「……欲しい。」
『ふむ……では、どのような力を望む?』
え?こういうのって無条件にすごい力が貰える仕様じゃないの?
「それは…まあ、誰でもフルボッコに出来る俺TUEEE!な力が…いや、何でもないです。」
僕が一人言を言っているように見えたのだろう、瑠璃の僕を見る目が氷のように冷たい。
「……何でもないです。」
『ならば…我の力を貸してやろう。貴様の望む力を行動で示せ…。』
声がそう言うと、右腕の痛みは嘘のように消え、ガクガクだった足(怖くて震えたんじゃないからな!……多分)には力がみなぎってきた。
これなら瑠璃も敵じゃない!
意気揚々に瑠璃を見ると、半分呆れたような目を僕にむける。
「……具合悪いの?頭が悪いの?」
相変わらず僕の心を抉る一言だ。いまから黙らせて……。
待てよ?僕は何がしたいんだろう?
力が湧く事で高揚する心身を鎮めながら、自分に問いかける。
確かに瑠璃は憎らしい妹だ。しかし、妹には変わりは無い。
例え口が悪くても、僕への信頼感が皆無でも、僕より喧嘩が強くても、カッパ巻きでマジギレするような変な奴でも僕の妹だ。兄が暴力を振るって良い理由にはならない。
だったら―――
「瑠璃。少し冷静に…」
「あ?」
少し冷静になって考えてくれ、と僕が言おうとした矢先、ギロッ、と擬音が聞こえんばかりに僕を睨む。
……こわッ!!
何あれ!?実の兄に、てか人に向けるような目じゃないよ!?あれはもうライオンが獲物を見る目だよ!?何でカッパ巻き1個にそこまで必死なのさ!?
『これで貴様は我と契約した…さぁ、その力を存分に扱うとよい!!』
声がまた響き渡る。
くそぅ!!だったらお望み通りに使ってやらぁ!!
僕は思いっ切り後ろを振り返り、
「うおぉぉお!!」
――人間離れした脚力で家を飛び出し、妹から逃げた。
『…………は?』
フフン、どうだ!僕がお前の望み通りに動くと思うなよ!!瑠璃が怖かったからじゃない!!
本当だからな!!
ところで、カッパ巻きは瑠璃が食べてたのを忘れてたみたいです。
皆も誤解には気をつけようね!!