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千石大名のアンビバレント!!な生活  作者: いばらぎとちぎ
第一章 物語は始まった
4/7

幕間1

 夜も十時を回った頃、奏は街外れの入り口に立っていた。寂れたスナックやぎゅうぎゅうにひしめき合う飲み屋、ラーメン屋のネオンがチカチカと輝いている。誘蛾灯のつもりなのだろうが、むしろその間に佇む闇の方が人を惹き付けているのではないかと、ここに来るたびに奏は思うのであった。

 規則正しい足音をお伴に光が向かい合う狭い道を通り抜け、とある建物の入り口で立ち止まった。コンクリートで造った棺のような出で立ちで、たった一つだけ設置された窓からはオレンジの淡い光が漏れていた。

 短い階段を降り、まるで店自体が地面に埋まっているかのように凹んだ場所にあるドアの扉を開けた。

 オレンジのライトを浴びながら再び現れた短い階段を登る。

「あら、ハニーじゃない。いらっしゃい」

「だれがハニーだ。それよりこの店はなんで入口に階段が二つもあんのよ。無駄に昇り降りさせんじゃないわよ」

 奏が仏頂面でカウンターに座る。ここはノン・アルコール・バー“アケボノ”、看板も出していない一部の人だけが知る店、ということになっている。

「ずいぶん盛況みたいじゃない。珍しい」

 辺りを見渡した。外から見たよりもずっと広く落ちついた店内は、一階にカウンターと四つのテーブル、二階にはダーツとビリヤードの台が置いてある。

 普段、奏が来た時は静まりかえっているそれらの備品も、今は人々に共鳴するかのように楽しそうな音を鳴らしていた。

「まぁ、失礼ねぇ。いつも開店前に来るくせにそういうこと言うんだから」

 髪をオールバックにしてバーテン服に身を包んだテンチョーが微笑む。手元ではグラスに入れた液体をバースプーンでかき混ぜていた。

「はい、いつものよ」

 コースターを敷きグラスを置く。乳白色の液体のなかで氷がカランと音を立てた。奏は横目でグラスを確認すると、小さくお礼を呟いた。

「ふふっ、それで今日はどうしたの? なんだか靄がかかったような顔してるわよ」

「別にぃ、盲目な瞳にいつ日が指すのか少し心配なだけよ」

「嫌だわ、奏さんが恋の話をするなんて……どこの馬の骨に惑わされたの!? あなたのロミオはここにいるじゃない!」

「オカマのロミオよりかは悪党の方が百倍マシよ。家ちのばぁやでも褒めたりしないわ!」

 奏は素早くコップから氷を抜き取り投げつける。氷がテンチョーの頭を軽くこづいた。

「それに、私のことじゃない」

 唇を尖らせ肘をつく。

「お嫁ちゃんのことね」

「中々ね……難しそうな子なのよ。純粋で素直なんだけどそれが仇になってる感じ」

「ついでに思い込みも激しい?」

「その通り」

 テンチョーがおどけて付け加えた言葉を奏も肩をすかして肯定する。傾けたグラスのなかで残った氷がカラカラと音を鳴らす。二人はしばし静かに笑い合った。

「まぁ、でも泣き言も言ってられないわ。あの子の母親の本心も分かってきたし、何より私の家族になったんだもの。最低でも幸せにならないと納得できないわ」

 その言葉にテンチョーが嬉しそうに頷く。

「それでこそあなただわ。お嫁ちゃんはきっと大丈夫ね。あなただけでなく大ちゃんまでいるんだもの」

「あの根性無しほど心配の種もないんだけどね……」

 奏の眉間にしわが寄った。本気で心配そうな表情を見てテンチョーが思わず噴き出す。

「大丈夫よ。あなたが思っている以上に、あなたの弟は頼りになるんだから。もっと信用してちょうだい」

「そうかしら?」

「太鼓判を押すわ」

 ふむ。奏が何とも言い表せない表情で頷いた。一応は納得したらしい。

「そうそう話しは変わるけど、最近ここら辺りでかつあげが流行ってるの知ってる?」

「かつあげ?」

 突然の話題転換に首をかしげたものの聞き覚えがないわけではなかった。たしか道場生たちがそんなことを言っていたような気がするのだ。知り合いがお金を取られたーとかなんとか。それに、昨日変な奴らに絡まれたと大名も言っていたが、

「流行ってるって、そんなに? 犯人は分かってるの? 昨日大名が変な奴らに絡まれたって言ってたけど」

 テンチョーが肩をすくめる。

「大ちゃんの話しは私も聞いたわ。でも、私の知ってるやつじゃないみたい」

「てことは、ここら辺のやつらじゃないってことか。まぁ、ここら辺の奴で目立つほど人に迷惑かけるバカはもういないでしょうけど……それでかつあげをしてるやつらの特徴とは合致しなかったの?」

「それが今回のやっかいなとこなのよ」

 その質問にテンチョーが身を乗り出す。どういう意味かと奏は眉を顰めた。

「それがねぇ、不自然なほど情報が入ってこないのよ。まだ表には出てないみたいだけど、実は結構起こってるのよね。しかも毎回目撃情報による人相がバラバラ。一人として被った奴がいないの」

 奏は摘んでいたチョコレートスティックを皿に戻す。それはたしかにきな臭い。かつあげなんかする奴はだいたい遊ぶ金に困っている奴で、金銭感覚自体が狂っており、金を巻き上げても湯水のごとく使ってしまい絶対また同じことをする。それなのに毎回かつあげするメンバーが違うということは組織立って行っているとしか思えない。

「他所のチームが乗り込んできた……って、ことはないか」

 奏が自分の考えを即座に否定する。テンチョーも黙って首を左右に振った。

「そりゃそうよね。あなたがいるわけだし」

「私はね、何だか嫌な予感がするの。あの時に状況が似てると思わない?」

「まさか、あいつが帰って来たっての? まだ三年しか経っていないのに?」

 顔が歪む。その表情は思い出すのも嫌だというように嫌悪感を露わにしていた。

「わからない。それにうちの生徒で被害にあった子はいないから、あの事件と違うと言われればそうかもしれない。でも、私にとっては逆にそれがあて付けのようにしか思えないのよ」

 ――あの事件。三年前、奏が春秋学園の三年生に上がった頃に起こった、通称ブラッディ・セメスター事件。春秋学園の生徒のみを標的にした暴行、恐喝事件で、犯人たちが捕まるのに春から夏までの期間かかったことからそのように呼ばれている。

「今までに被害にあったのは高校生のみ。なのに、ここら辺で圧倒的に多いはずの春秋学園の生徒には一人の被害者もいない。こんなの不自然よ」

 テンチョーの言葉が切れる。陽気なジャズと笑い声が流れる店内で、二人の周りだけ空気が重たくなってしまった。

「まだ、確証はないのよね?」

 奏がゆっくりと口を開いた。テンチョーが頷く。

「ごちそうさま。美味しかったわよ、カルピスの牛乳割り。ほら、そんなにしょぼくれた顔しないの。他の客が心配するわよ」

「だって、もしあいつなら狙われるのはあなたなのよ! この事件だってあなたをおびき出すための罠かもしれないわ!」

「だったらなんだっていうのよ。むしろすぐにでも叩き潰してやる……だから、新しい情報が入ったらよろしくね」

 心配そうな声を出すテンチョーに奏は笑みを見せると身を翻して出口へと向かう。後ろでテンチョーの呼び止める声が聞こえたが、軽く手を振ってそのまま店を出た。

 来た時とは違ってネオンと電気が消えかかっている。雑踏の中、奏はどんよりとした夜空を見上げ息を吸い込む。もし今回の犯人があの男なら家族にも危害が及ぶかもしれない。そう考えると小町が居候してくれたのは非常にいいタイミングだったように思えた。彼女の力なら自分の身だけでなく周りを守ることも可能だろう。大名だって逃げることぐらいは可能なはずだ。それにテンチョーや武蔵もいる。

 大丈夫だ。油断は禁物ではあるが、被害を最小限に抑えられるだけの戦力は揃っている。

 いざという時には後顧の憂いなく全力で暴れられる。

「正義の味方を気取るわけじゃないけど、私の大事なものに手を出そうって時は容赦しないわ」

 奏は虚空をにらみつけると歩き始める。人違いだったというオチが一番なのだが、多分それはないだろう。奏の勘もそう告げていた。

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