レモンイエロー
レモンイエロー
「はーい、Tシャツ届いたから自分の取ってってね!」
ドサッと教卓の上に置かれたダンボールに、一瞬教室が静まり返った。が、次の瞬間には歓声が上がりみんな我先にと教卓に殺到する。
それを横目に見ながら、彩葉は騒ぎから離れたところで疲れたような顔をしている実行委員の向坂と佐々木のもとへ近付いた。こういう時に人を労っておくと結構ポイントが高い。些細なことだが、その積み重ねが肝心だ。…とは言え、彩葉の場合そういった明確な考えだとか打算だとか言う前に、長年の経験で体が先に動くのだが。
「大丈夫?」
言いながら肩を揉んでやると、向坂は表情を崩して唸る。体育科の準備室は一階なので、ここまで持ってくるのは相当な重労働だっただろう。
「もうやだ…。体育祭の準備って、楽しいけどすっごい疲れる」
「お疲れ様です」
せっせと手を動かしながらも、自分は学園祭の実行委員なのだが大丈夫だろうか…などと心の中で考える。しかしそれを表情には出さず、心配そうに彩葉は眉を下げた。
「あ、いっちゃん、次あたしー」
「ちょ、スモモあんた大して働いてないでしょうがぁ!」
「いいじゃんさきななのケチー。あたしは君と違って繊細なんですよ。…て訳で、ね?」
ね?と言われても。やりづらいなあと苦笑しつつも、はいはいと頷いて、スモモ――佐々木侑李の後ろに移動する。仕方がないなと大人しく譲ってやるあたりが、姉御肌の向坂らしい。
「それにしても…、無事黄色とれて良かったよ」
ねぇ、と前に座る侑李に話しかけると、微睡みからパッと抜け出してちっがぁう!と地団駄を踏まれた。勢い良く振り返ってくる侑李に思わず口端が引きつるが、見咎められてはいないだろう。
「黄色じゃなくて、…レ・モ・ン・イ・エ・ロー!」
「いや、うん…。そこそんなこだわるとこ?」
呆れたように問うと、こだわるとこだよ!と強く主張される。そのまま侑李が前を向いたから良かったものの、危うく笑顔が僅かに剥がれ落ちそうだった。もちろん彩葉のプライドにかけてそんなことはしないが。
「まぁでも、…うん。それだけこだわりのTシャツだもんね」
勝ちたいねぇ、とのほほんと呟くと、やる気が足りん!と怒られた。
*
そして3日後。体育祭当日である。
「うわぁ…、物の見事に、」
ダサい、という心の声はなんとか呑み込む。開会式のために集まったグラウンドで、周りはざわめいてはいるが誰が聞いているかわからない。こんなくだらないことでミスをする気など彩葉にはさらさらなかった。第一周りに群がっていたクラスメートたちは一時的にいなくなっただけなので、またすぐ戻って来るのだ。この格好すらアウトだと一瞬しかめっ面をして、つまんでいた黄色――侑李曰わくレモンイエローのTシャツの裾を離す。ふわりと元の位置に戻った布は、色だけはキレイだけれど…。このデザインはなぁ、と表情を変えないまま彩葉は呟く。まぁ一年生の発想力など大体こんなものだろう、自分は関わってすら居ないんだし偉そうなことは言えない、と溜め息を吐いて――…クラスメートが並ぶ校庭の中心へと急いだ。
「こーうーめーっ」
「うっせー!小梅じゃねぇぇええ!!」
「叫んでないで走れ!」
開会式の後は、毎年恒例クラス対抗全員リレー。校庭を5、6周と言うとなかなかハードに聞こえるかもしれないが、1クラス約37、8人、一学年8クラスのリレーだ、一人が走る距離はそれ程長くない。走る速さも肝心だが、それよりもどれだけ上手くバトンパスが出来るかが重要なくらいである。それでもまぁやはり足の速い運動部の男子などは死ぬ気で走れと鼓舞――というよりは、
「死ぬ気で走れーっ!」
「小梅こら真剣にやれぇぇぇえ!」
……脅迫混じりになるのは、それだけ本気なのだと解釈しよう。
周りには悟られないよう苦笑して、それから同じ様に真剣な顔で応援する。
「小梅ーっ!」
楽しい、と思っていれば、いつかそれが本当になると期待して。
(レモンイエロー)
(――快活な、フリ)