「侍女」→「王太子妃」に?いえ、なりません。
「マリア・メープル! 俺と結婚してくれ!」
私 マリア・メープル。
伯爵家の三女であり、公爵令嬢アイリス・スカー
レットの侍女である。
ちなみに今求婚してきたのは、エレナス王太子
殿下。アイリス様が婚約者候補なのもあって、たま
に会う。
「お気持ちはありがたいのですが、お断りいたし
ます」
王太子からの求婚。夢のような話。
でも私は侍女の生活の中で、現実をまず見ないと
いけないことを知っている。
「な、なんでだ! 今よりずっといい暮らしができ
るんだぞ!」
「それが本当に私にとって『いい暮らし』だという
証拠はありませんよね?」
今よりいい暮らしが馴染むのかもわかりません。
それに慣れた仕事をやるのと、慣れないドレスを
着て、話したこともない上位貴族と話して……
さらに嫌がらせを受けたり面倒事が起きるのは
確定ですよね?
そんなことになるのなら、たまにお下がりも貰え
るし給料も高額、3年間もやってきた仕事をやる
ほうがずっといいように私は思えます。
「それにエレナス殿下も、私よりアイリス様と
ご結婚されたほうが都合がよろしいのではないで
しょうか?」
「ぐっ……」
スカーレット家の領地では、高純品な鉱石が取れ
る。これは王家が使う物にもよく使われている。
「では、私はまだ本日の仕事が残っているので
これで」
「ちょっと待て!」
「まだなにかあるのですか? 業務妨害で公爵閣下
に報告いたしますよ」
私はさっと踵を返す。
夢ばかり見ていられないのが現実。私はそれを、
公爵家で教えてもらったのだ。
ほんと、公爵家には色んな意味でお世話になって
おります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ということが、今日ありました」
「くっ……あっははは! ほんと貴方、最高!」
「アイリス様。口を開けて笑うなんて、淑女らしく
ないですよ」
……これでもアイリス様、いつもは高嶺の花と
言われるほど大人しくて、淑女の見本みたいなもの
なんですよ?
私とお茶してる時だけ、こうなんです。
「私はただ、本当のことを言っただけですよ」
「ふっ……ふふ……貴方らしいわね」
アイリス様は、気を取り直して私の入れた紅茶に
手を伸ばす。
「マリア」
アイリス様が私を手招きする。
「なんでしょう」
「はい、これあげる」
そう言って私に……ブローチを手渡す。
「これ、私がデザインして職人に作らせたのよ」
「アイリス様がデザインされたのですか!?
えー……本当に、素敵ですね……」
それは、アイリス様の目の色のような赤色をした
ルビーがはまっている、とてもとても綺麗な
ブローチだった。
「ふふ、ありがとう。でも殿下には、派手でセンス
がないと言われてしまって」
「はぁ!? ありえない、あのクソエレナス!」
「マリア、はしたないわよ」
「わかってますよ〜」
改めてあのクソ王太子の求婚を断ってよかったと
思う。
「アイリス様……いつか、あいつと結婚するかも
なんですか?」
「……しないわ。もしするとなったら……」
「そうなった時は、殿下の悪い噂を流してやります
よ。アイリス様には勿体ないって思わせるくらいの
とっておきの噂」
私は、今までコツコツ書き溜めてきた『悪い噂を
流すための殿下の弱みノート』に今日のことを書き
加えることを決意する。
そんな感じで意気込んでいる私に、アイリス様は
また笑う。
「……マリアは、王太子妃になってみたい?」
「侍女から王太子妃に? ……いえ、なりません」
「それでこそ、貴方らしいわ」
その、またしても淑女らしくない楽しげな笑い声
を、私は心の中で「淑女らしくないですよ」と指摘
した。




