なかやまきんに君「Tウイルス?」
地下研究所B4。
薄暗い研究所の廊下に、非常灯の赤い光が点滅している。
壁には無数の引っかき傷。
床には、何かを引きずった跡。
その中心に、異様なほど健康的な男が立っていた。
「なるほど……ここが感染源ですね」
白タンクトップ、短パン、裸足。
防護服ゼロ。
しかし、姿勢は完璧。腹圧も入っている。
なかやまきんに君である。
「Tウイルス?」
その単語を口にした瞬間、彼はわずかに息を止めた。
理屈ではない。経験でもない。
筋肉が、危険を察知していた。
空気は重く、消毒液と鉄錆の匂いが混じっていた。
「なるほど……これは、相当追い込まれてますね」
彼はそう呟き、自然なフォームで一歩踏み出した。
すると施設内放送が、聞こえて来た。
『Tウイルスは細胞を強制的に活性化させ、
宿主の理性を破壊します。
感染者は強い攻撃衝動を示し――』
きんに君は腕を組み、静かに頷いた。
「強制的な活性化……
回復期間無しのトレーニングですね」
直後。
廊下の奥から音がした。
引きずる足音。
不規則な呼吸。
現れたのは、かつて人だったもの。
歪んだ関節、濁った眼、垂れ下がる皮膚。
ゾンビだ。
「おお……」
きんに君は、観察するように一歩近づいた。
「筋肉量は増えている。
でも、神経伝達がめちゃくちゃです」
次の瞬間、ゾンビが襲いかかる。
きんに君は逃げない。
構えもしない。
ただ、正しい姿勢を取った。
踏み込み、体重移動、肩甲骨の寄せ。
無駄のない動きで、ゾンビの体を受け流す。
そして、
「ヤー!!」
ゾンビは壁に叩きつけられ、動かなくなった。
声は明るい。
だが目は、真剣だった。
「力は、使い方です。
無理に出すと、壊れます」
きんに君は再び歩み始めた。
そして、制御室に入った瞬間、
ガラスが割れた。
床に広がる緑色の液体。
空気が揺らぐ。
『警告。Tウイルス、空気感染率上昇』
吸い込んだ。
避けられなかった。
胸が熱い。
血流が加速する。
筋肉が、内側から膨張する感覚。
視界が一瞬、赤く染まった。
「……来ましたね」
きんに君は、その場に座り込む。
呼吸を整え、心拍を下げる。
「これは……パンプ。異常なパンプです」
頭の中に、声が響く。
《壊せ》
《奪え》
《解放しろ》
《かゆ…うま。》
きんに君は、
僅かに残った理性で体内の何かに語りかけた。
「すみません」
「この体は、計画的にしか成長しません」
日々のトレーニング。
栄養管理。
休養。
それらは単なる習慣ではなかった。
理性そのものだった。
ウイルスは暴れる。
だが、暴れきれない。
「オーバーワークは、必ず怪我につながります」
熱が、ゆっくりと引いていく。
きんに君は理性を取り戻した。
乱れた呼吸を整え、
遂に最深部へと向かう。
扉を開けると、
巨大な影が蠢いていた。
Tウイルス完成体。
圧倒的な筋量。
だが、異様なバランス。
「……やっぱり」
きんに君は静かに言った。
「脚、やってませんね」
怪物が咆哮する。
天井が崩れ、瓦礫が落ちる。
「おい、おい、おいタイラント君!
やるのかい!やらないのかい!
どっちなんだい!!」
彼は、深く息を吸った。
「殺~ります!!」
怪物の拳が振り下ろされる。
受け止める。
踏ん張る。
床が割れる。
きんに君の脚が、耐える。
「下半身が強いと、世界は安定する!」
反撃。
一撃ではない。
連続した、正確な動作。
怪物の動きが、徐々に鈍る。
最後の一撃。
きんに君は、全身を使った。
「パワーーー!!!」
衝撃。
怪物は崩れ落ち、動かなくなる。
静寂。
からの、
「ハッ!」
さわやかな笑顔
【エピローグ】
地上。
朝日。
研究員たちは、言葉を失っていた。
「ウイルスは……?」
きんに君は、タオルで汗を拭く。
「ウイルスも怖いですが……」
笑顔で一言。
「一番怖いのは、
継続しないことですね」
彼は去っていった。
筋肉という、
最強のワクチンを残して。




