第4話:夏海と大地
えっ、と夏海は声を漏らした。
俺は一歩前に進み、更に彼女との距離を詰める。
さあ、ここからが勝負だ。
「な、なによ、改まって……いまさら、告白?」
「ああ。改まっていまさら、告白だ」
「いやだからもう、知ってるってば……。あんたが私を好きだっていうのはーー」
「そうじゃねえよ」
俺が夏海との距離を詰めようとするたび、彼女は逆に後ずさりをして、どんどん教室の奥に下がっていく。
「ちょ、なに、なにっ!? 寄ってこないでよ!」
「いいから早く、一思いに振ってくれ」
「はあ……!? な、なに言ってーーひっ!?」
「分かるだろうが……っ! なあ、夏海っ!」
とうとう窓際まで夏海を追い詰める形になり、俺は彼女越しに、窓に手をついた。小さく悲鳴を上げる夏海。
そしてーー
「俺はお前に、ちゃんと振られたいんだよ! 噂とか又聞きじゃなくて、面と向かってお前の気持ちを聞きたいんだ!」
「は、えっ……?」
夏海は顔を真赤にして、泣きそうな顔をして俺を見つめていた。
「それならようやく、諦められそうだから……。だから頼む。俺の『初恋』に、お前の手で終止符を打ってくれ、夏海……っ!」
多分いま、顔が赤いのは、彼女だけではないだろう。
熱い。自分でもなにを言っているのか、分からなくなっている。
でも俺だって、勇気を振り絞って言ってるんだ。ドキドキしながら言葉を紡いでいるんだ。
本当に面倒くさい性格のお前だけどーーそれでも俺たちは幼稚園からの付き合いで、幼馴染だろう?
だから、頼む。どうか俺の気持ち、伝わってくれ……っ!
「うっ……あ、あの、その……」
「……夏海」
「ご、ごめん、なさい……」
夏海は消え入りそうな声で、そうこぼした。
瞬間、俺は胸のあたりがフッと軽くなっていくのを自覚する。
「夏海……。分かったよ。ありがとうーー」
「ち、違う! その『ごめんなさい』じゃなくて……っ」
夏海はブンブンと勢いよく首を横に振った。
俺が疑問符を浮かべていると、彼女は緊張した面持ちで口を開いた。
「き、き、きき」
「……機器?」
「きき、きらいじゃない……嫌いじゃない、よ……」
「……えっ? 俺のこと?」
「う、うん。別に、嫌いとかじゃない……。あれ、みんなに言ったやつ、全部ウソだから……ウソついて、ごめんなさい」
「……なるほど、そういう意味か。それは……よかった」
俺はふうと息を吐き、ゆっくりと、窓から手を離す。
きっと夏海から見たら今の俺の顔は、心底安心しきったように見えているだろう。
「ほ、ほんと、ごめん……まさかあんたが、そんなに思い詰めてたなんて――」
「だったら!!」
「ひぇっ!?」
俺は、すかさずもう一度窓に手をついて、夏海にグッと顔を近づけた。
「なおさら俺と付き合ってくれ、夏海。絶対に俺のことを好きにさせてみせるから」
「だ、だからぁ、それやめ……っ」
顔を背ける夏海。近くで見ると白い肌は少し汗ばんでいて、耳はやはり真っ赤だった。
「な、なによぉ、急に……どうしちゃったの、大地……?」
「夏海……俺にチャンスをくれ。必ず俺が、お前を……」
「ま、まって、まってよぉ……ちかいってば……」
「……ごめん。ちょっと興奮しすぎたな」
俺はまた窓から手を離すと、今度こそ後ろに下がり、少し彼女と距離を空けた。
「はぁ、はぁ……」
「夏海……?」
夏海は崩れ落ちそうな体を支えるかのように膝に手をついて、息を切らす。
そしてゆっくり顔を上げると、その目にはじんわりと、涙が浮かんでいた。
しまった、泣かせるつもりはなかった。流石にやりすぎた……。
「夏海、悪かった……。でもマジで俺、お前に好きになってもらえるように頑張るから――」
「ち、違う……違うってばぁ」
「……『違う』?」
ーーと、急に彼女は俺の顔を見ながら、口先をすぼめた。えっ、なぜこのタイミングでアヒル口を?
「すっ、すす、すす」
「……煤?」
「すす、好き……好き……だよ」
「はい?」
「だからぁ……っ」
両手で自分の胸を抑えながら、夏海はすうっと息を吸って、
「とっくにもう、好きだってばぁ!!」
今にも破裂しそうな真っ赤な顔で、そう叫んだ。
「……えっ?」
「あ、あんたのことなんて、とっくの昔から好きなのぉ!! わ、私だってはちゅ、はつこいはあんただし、い、いいいつからか覚えてないくらい昔からもう、ずっとずっとずぅっと好きなの!」
早口かつ、めちゃくちゃ噛みながら、夏海は必死に訴えてくる。
彼女のそんな姿を見るのは初めてで、流石に俺も戸惑う。
っていうか……『ずっと好きだった』、だって? 俺のことが?
「……そうなの?」
「そ、そうよ……そう……う、ぅ」
彼女の目から涙がとうとう溢れ、頬を伝うのが見えた。
「ごめん……ごめんね、大地。ずっと、ごめん……っ」
「は……? な、なに謝ってんだよ」
「私が……私がこんな性格だから、いけないの。あんたのこと、みんなから聞かれたら『嫌い』って咄嗟に答えちゃうし、嫉妬してくれることを期待して恋愛相談しちゃったり、好きなのにきつく当たったり、からかったりする、面倒な女なのよ……私はっ」
鼻をすすりながら、涙声で、夏海は続ける。
「それに、大地が『私のこと好き』だって知ってたから、その気になればいつでも付き合えると思って、余裕ぶってた……。でも本当は、自分からじゃ行動を起こせない臆病者なだけで、ずっと先延ばしにして……そしたら、そしたらあんたがっ!」
両手をグーにして、俺の胸を叩いてくる夏海。なんの衝撃も感じない、あまりにも弱々しい力で。
「新山先輩に告白されたとか言うからぁ……っ!」
「ああ……だからそれは、冗談だって」
「やめてよそういうの……っ! 大地のくせに、生意気なのよっ! あんたごときが私をからかうな、ばかぁ……っ!」
「いやそれは、今までのお返しみたいなとこもあったし……ごめん」
「冗談でよかった……っ! 嫌だよ……。私、誰にも大地をとられたくない……!」
「夏海……」
「『付き合っちゃえ』なんて、言わないでよ……。本当は『先輩と付き合うな』って、言ってほしかった。私を『とられたくない』って、言ってほしかったのぉ……うっ、うっ……」
気づけば夏海は叩くことをやめ、俺の胸に顔を埋めていた。
こもった彼女の声が、胸の中から聞こえてくる。
「ごめんね、面倒くさいよね、私……。でもね、大地のことが好きなの。本当は、大好きなの……。ごめんなさい、今度からもっと、素直になるからぁ……だからーー」
「大丈夫だよ、夏海。全部分かってるから」
「えっーー」
そんな夏海をぎゅっと、俺は両腕で抱きしめる。
「だ、大地……っ!?」
「何年の付き合いだと思ってる。そんな性格、お見通しなんだよ。俺は」
「えっ……」
「まったく面倒なやつだよお前は……。でも、そんなお前が大好きだ」
「なんで……? なんでよぉ……こんな私でも、本当にいいの……?」
「そんなお前がいいんだ。俺が絶対にお前を幸せにする。約束するよ」
「……うんっ、うん……ありがとぉ……うれしい、うれしいよぉ……うわあああん……」
肩を震わしてわんわんと泣く夏海を、俺は力強く抱きしめる。
顔が、体が、熱い。
夏海と密着しているからーーだけではないだろう。本当に、顔から火が出るような、恥ずかしい台詞を言い過ぎた。
だけど、言えてよかった。心からそう思う。
こうして俺と夏海は、大きく遠回りをしながらも、晴れて恋人同士になったのだった。
***
日は沈む。
暗くなっていく教室をあとにして、俺たちは二人で廊下を歩く。
夏海はもう、泣き止んでいた。
「ごめん、大地。泣いたりして……。恥ずかしいとこ見せちゃったわね」
「そんなの気にすんな。幼馴染だし……恋人同士なんだから」
「あはは、そうね。ねえ、大地……」
「なんだよ」
「私のこと、好き?」
「ああ、大好きだよ」
「知ってるー。顔に書いてあるもん。デレデレしちゃってさぁ、ウケるー。どんだけ私のこと好きなのぉ?」
「……うるせえな。お前はどうなんだよ」
「えー? もちろん、私も大地のこと大好きだよっ」
「……」
「うわ、顔あかっ」
「お前もな!」
まったく、急に素直になりやがって。どうやら彼女の中で、何かが吹っ切れたようだ。
「好き……好き、だいすきっ、大地。えへへっ」
「な、何回も言うなよ」
「あー。正直に気持ちを伝えられたら、こんなにスッキリするんだあ」
ほんと、もっと早く言えばよかったーー夏海はそう言って、頬を赤く染めながら、嬉しそうに笑った。
俺もそんな彼女の笑顔に、自然と頬が緩む。
この幸せそうな笑顔を、いつまでも守り続ける。この日、俺はそう誓ったのだった。




