異世界ギャンブルクズ
俺は和真。みんなからは「カス」って呼ばれてる。見ての通り、ギャンブル漬けのクズ——そう、正真正銘のパチンカスだ。
キキィィィィィィ!!!
ドンッ!!!
「う……うう……」
あーあ。俺の人生って、なんだったんだろうな。ほんと、どこで狂っちまったんだろう。高校まではちゃんとしてたんだけどなぁ。
バスケ部のキャプテンで、県内の御三家って言われる進学校に入って。イケメンだなんだってチヤホヤされて……
だけど、病気になって人前に出るのがしんどくなっちまった。まあ、ああいうのは仕方ない。思春期にはよくある話だ。ほんの些細なことなんだよな。中高生ってのは。
頭だけは良かったから、得意の将棋を生かして池袋の公園で小銭を稼げた。……それが悪かった。そこから、悪い連中に誘われて。
競馬で大勝ちしたのも、運が良すぎたせいだ。もう働く気なんか失せた。ましてや、学校なんて行く必要ねえと思った。こんな楽に金が稼げるなら、人生チョロいじゃねえかって、勘違いしちまった。
——そこからが、転落だった。
「最後に……タバコ……」
なんとか咥えたタバコは、ミツコの部屋の匂いがした。
……ああ、ミツコに会いてえなあ……
俺は、そんな風に思いながら、回転する走馬灯のような短い人生を思い出しつつ、最後の一本をゆっくり吸っていた。
ーーーーー
「カス……クズ……いやクズ村……だったか? カスオ……?」
「和真って名前なんだがな」
——ここはどこだ?何もねえ。しかも、真っ白で、透明なオッサンと二人きりだ。
「お前は和真……21歳だな?」
「ああ、そうだよ。……オッサン、あんた誰だよ?」
「私は神だ」
「神?んなもんいるわけねえだろ」
「まったく……とにかくお前は現世で、まったく何ひとつ爪痕を残せずに生涯を終えたな」
「……え?ああ。いや、そこまで言わなくてもよくね?」
「いや、そうだな。すまん。しかし『クズ』だったことは否定できん。——そこでお前に提案がある。地球で何も残せなかったお前に、せめて異世界で無双できるよう、特別な場所へ転生させてやろう」
「はぁ??何言ってんだ。アニメじゃあるまいしよ」
「お前には、健康な身体と——『特許』を与えてやろう。頑張るのだぞ」
シュウウウウウウ……
なんだよあいつ……神様? んなもん……うわあああああああああ!!!
…………
「いってててて……ここはどこだ……」
もしかして……本当に異世界か……? あ、あそこに街があるな。看板も出てる。なんて書いてある……?
『城下町カネーアル』?
王都の街ってことか? まったく、夢にしちゃ悪質すぎるだろ。いてて、……ほんとに異世界なのか!?
まあとりあえず、街に入ってみるか。変な目で見られなきゃいいけど。まあ、服はちゃんとそれなりに現地風っぽいし、大丈夫か。
「うわ……なんだここ……」
すごいとこだ。街には活気があって、みんな元気にいい顔してる。……俺なんかが、こんなとこにいて大丈夫か……?
ポケットを探ってみたら、少しだけ金が入ってた。銀色……ってことは、日本で言えば百円玉くらいか? ……ちょうど、死ぬ前に持ってた額と同じじゃねえか。
顔は……まあ、そんなに変わってなさそうだ。
まずは、何か食いもんを買うか。
「いらっしゃい!」
「この金で、なにかくれ」
「ほらよ」
——パン一個。
やべえ、金稼がねえと宿にも泊まれねえ。どっかで仕事探すか……いや、ギャンブルで稼ぐって手もあるな。こんな異世界にも、博打なんてあるのか?
とりあえず、噴水のそばでパンを食おう。
「は〜〜……」
どうしようかな。いきなりこんな異世界に放り込まれて、持ち金で買えた食い物がパン一個。なんだよこれ。
いろんな人種がいて、しかもここは王都の城下町。金持ちそうな貴族が、行ったり来たりしてるのも見える。ここは、裕福な連中が集まる街らしい。
……なにか、商売で当たれば、一儲けは簡単かもしれねえ。
「タバコすいてえなあ……」
——俺は、今までのことを思い返していた。
ミツコに部屋を追い出されて、車に轢かれて死んで、神様になにか言われて、気がつきゃ異世界に来ていた。
そういや、あの時神様のヤロウ、こう言ってたな。
【お前には健康な身体と、『特許』を与えてやろう】
特許? なんだよ、それ。異世界で何かの権利を独占できるってことか? クソッ、そんなもんで何ができるってんだよ。
俺はうなだれた。あの神様、「いい場所に転生してやる」とか言ってたけど……ここがその『いい場所』ってのかよ。
「へへへ、にいちゃん。見ねえ顔だな」
ホームレスか? 臭ぇジジイだ。
「あ?俺は日本から来たんだ」
「ニホン?なんだそれは。どこの国だ。まあこのカネーアルで物乞いしてりゃ、金持ちが小銭くれるぞ。い〜ひっひっひ!」
小汚ねえホームレスがよ……まあ、今の俺も似たようなもんだ。とりあえず、この国のことでも聞いてみるか。
「おい、この国には博打はあるのか?」
「ばくち? なんだそれは? 美味いのか?」
なに? 博打がねえだと?
ポケットの中に、なぜか入っていたサイコロを二つ取り出して、それを地面に転がしてみせた。
「こうやって……二つのサイコロの合計を予想して、金を賭けるんだ。こういうの、見たことねえか?」
「おお……なんだこれは。面白そうだな! やらせてくれ!」
「まあ待て。俺が後でサイコロを振るから、お前はその目の『奇数』か『偶数』かを予想しろ。賭け金を置いて、当たったら倍にして返す。外れたら、俺がその賭け金をもらう」
「なるほど、それは面白い。では、『奇数』だ!」
ホームレスは、100Gを置いた——。
カラン。俺はゴミ捨て場に転がってたお茶碗にサイコロを放り込む。
「偶数だな。もらうぜ」
「ああっ!なんと!むむむ……もう一回だ!偶数!」
チャリン、とジジイがまた100Gを置いた。
「はい、奇数な」
「あああっ!?おかしい!また外れた!お主、なにか細工しておるだろう!」
まさかこの異世界で、開幕イカサマ疑惑をかけられるとは思わなかった。まあ……実際『それっぽいテク』は使ってるけどよ。こういうのは経験がモノを言うんだ。
「なにもやってねぇって、ほら」
俺は両手を広げて、手ぶらであることをアピール。念入りに無実を主張してみせる。
「むむむ……では次はこれじゃ!偶数!」
ジジイが急に1000Gを置いてきた。
やばっ。これは外したら本気でマズいやつだ。返せるアテなんてない。
全集中。俺は慎重にサイコロを、お茶碗に——入れる。
『カッラーン』
サイコロはクルクルと茶碗の中で転がり——
「なんと!なぜじゃ!なぜじゃあああ!!」
ジジイが大声で悔しがる。ふう、危ねぇ。……ま、こういうスリルが博打の面白ぇところよ。
とか思ってたら、ジジイの周りに黒服の男が3人現れ、ヒソヒソと何やら話し込んだあと、ジジイは連れられてどこかへと消えていった。
「覚えておれ!」
ジジイが捨て台詞を残して去っていく。
俺はその一連の流れに、口をポカンと開けて見とれていた。
「……なんだアイツ」
そう呟いて空を見上げる。日が暮れかけてる。
とりあえず今日は1200G稼げた。まずは宿を探すか。
見つけた安宿は500G。残りは700G。持って3日ってとこだな。
さて、どうするか。ベッドに寝転がりながら、考える。
この世界、多分『博打』って概念がない。金を賭ける遊びが、存在してないんだろう。
真面目に働くにしても、俺には手に職がない。頭が悪いわけじゃねえが、それを活かせる職に就けるとも限らない。てか、そもそも真面目に働く気なんてねえ。
手っ取り早く稼ぐなら、やっぱ博打。
けど、運要素の強いチンチロは安定しねぇ。じゃあ、なにか別の方法を……。
前は賭け将棋でそこそこ稼げたが、この世界に将棋はない。ルールを教えるのも面倒だ。
だったら——もっと簡単なルールで勝負が決まるゲームは……
「そうだ、リバーシだ!」
リバーシなら簡単。『覚えるのに1分、極めるのに一生』なんて言われてるくらいだ。誰でも理解できるし、勝負も早い。
翌朝、俺は余った金で木材と工具を買い、リバーシっぽい何かを作り出した。
その瞬間——
『シュワワワワ〜〜〜』
謎の音と共に、リバーシが眩しく光を放つ。
なんだこれ。何が起きた?……まあいいや。
とにかく、俺は昨日の噴水広場に向かった。
そこには、昨日のジジイがまたいた。
「おぬし、『カス』と言ったな!」
いや言ってねえし。俺の名前は『カズマ』だ。
「細かいことはよい。カス、昨日のリベンジに来た。早速サイコロ勝負じゃ!」
「あー、昨日のアレはやめた。その代わり、これで勝負しようぜ」
「なんじゃこれは?」
俺はジジイにリバーシのルールを教えた。ジジイは意外と飲み込みが早く、すぐに覚えた。
「よし、では早速やってみよう。ワシが勝ったら1000G、そなたが勝ったら100Gでよいじゃろ?」
「おう、それでいいぜ。ジジイのハンデってことでな」
「ふむ、吠え面かくなよ?ワシの頭脳、見せてやるわい!」
結果、あっという間に俺の勝ち。まあ、当然だな。経験が違う。
「こ、これは難しい!だが面白いぃ!しかも、これは完全に実力勝負じゃな。コツはあるんかの?」
「そういうのは自分で見つけるもんだぜ、爺さん」
「むむむ……確かに……ではもう一回!」
周囲にはギャラリーが集まりはじめ、ルールを理解した者も現れた。
「がああああ!また負けた!」
ジジイが悔しがる。俺はそれで200G稼いだ。
「次は俺だ!」と挑戦者が続々と現れる。賭け金は同じ、勝てば100G。
俺は着実に稼いでいく。
ジジイはまたもや黒服に連れていかれ——そしてまた、噴水広場に夕暮れが訪れる。
その日も俺は宿に泊まり、ちょっと良い飯にありつけた。
翌朝、俺はもうひとつリバーシを作った。
すると——
『シュワワワワ〜〜〜』
また光と音が鳴る。……なんだよこれ、やっぱ普通じゃねえ。
「今日は負けんぞ!少し研究してきたからの!」
ジジイが再び現れる。相当悔しかったらしいな。しかしこのジジイ、どこから金持ってきてんだ。まさか盗んでないよな?
この日はリバーシ2台体制。広場は大勢の人で賑わった。
チャリンチャリンと、俺の財布は膨らんでいく。
「男、そのリバーシとやら、ひとつ売って欲しいのです」
一人の女が声をかけてきた。
「いや、こんなの作れば……(ピキーン)」
何かに脳がガツンと殴られたような衝撃を受けて、言葉が止まった。
「あ、ああ……じゃあ、3000Gでどうだ」
「そんなに安く売ってくれるのですか!?では、はい!3000Gなのです!」
しまった。もっとふっかけりゃよかった。
まあいい。原価は300Gくらいだし、簡単に作れる。これでまた増やせばいい。
翌朝からは3台体制。挑戦者が途切れず、俺はどんどん稼いでいく。
けど、やっぱり実力差がありすぎて、1勝負100Gが限界。そろそろ物足りねえ。
「男」
また昨日の女が現れた。
「俺は『カズマ』だ」
「おお、それは失礼したのです。ではカス」
この世界の人間、どうしても俺を『カス』って呼びたいらしい。……まあ、いいけど。
「それで、今日はなんの用だ?えーっと……」
「レイニーと申しますのです。カス、リバーシをまた売って欲しいのです」
「ああ、5台作ったから2台売ってやるよ。2つで1万Gな」
「昨日より高いのです」
「昨日より出来がいいからな。質の問題だ」
「わかりましたのです。では、はい」
俺は1万Gを手に入れた。いいのか、こんなに簡単に?
「ところでレイニー、そんなに買ってどうすんだ?」
「おうき……おうちのみんなと遊ぶのです。そして、カスに挑んでやるのです」
「なるほどな。んじゃ、俺も鍛えておかないとな」
レイニーはふっと笑って去っていった。
宿に戻った俺は、ベッドの上で考える。
リバーシを売って広めれば、挑戦者の実力も上がって、俺の稼ぎも増える。一勝負で1000G稼げるようになれば、毎日1万Gも夢じゃねぇ。
よし、リバーシをもっと作って、広めてやる。
そうして、カネーアルの街ではリバーシが広まり、カズマの稼ぎもぐんぐん増えていった。
そして『カス』はこの街で有名人となり、様々な騒動に巻き込まれていくことになるのだった。