「アイリーン名所案内」~案内:花 木蘭~
いらっしゃい。
そなたは旅の者だな?
服装を見れば判るさ。ちょっと散歩、という恰好ではなかろう。
なになに?
街のことを知りたい?
まあ、どうせ暇を持てあましていたところだ。
案内してやろう、ついてくるがよい。
え?わたし?
わたしは花木蘭。この店のバーテンダーだ。
まずは予備知識だな。
ここの街の名は、アイリーン。ルアフィル・デ・アイリン王国の王都だ。
ざっと一〇〇万以上の人間が暮らす大都市でな。
中央大陸広しといえども、ここまで大きくて栄えている街はちょっとないだろう。
もちろん王都と名が付くからには王城があるわけだが、これが街の中心だ。
ここからでも見えるであろう?
その周辺に役所だの軍の大本営だのが集まっているな。
ま、一般人にはあまり縁がないがな。
さらにその外側には、高級住宅街がある。
ここも、たいして縁のある場所ではなかろう。
ただ、ここには中央公園っていう大きな公園があるからな。
市民だけでなく旅人の憩いの場にもなっているぞ。
露店なんか出ているから、買い食いをするのも悪くない。
中央公園を抜けると、一般的な住宅街だ。
ここが最も広いな。
ところで、「アイリーン酔い」という言葉を知っているか?
別にそんな名前の酒があるわけではない。
要するに、この街を訪れた旅人たちが、華やかさや賑やかさに惹かれ、この地に住み着いてしまうことだ。
旅の目的が自分の居場所を探すというものなら、それもまた一つの結論なのだろうけどな。そういう「アイリーン酔い」が年に千人くらいいるそうだ。
こうしてこの街は膨張を続けているわけだな。
さて、ここまでは王城を中心としてリング状に街が広がっていたが、ここから先は少し違う。大きく四つのブロックに分かれるのだ。
東西南北?
まあ、地理的にはそういうことになるの。では東からまわろうか。
街の東は、海だ。
東海っていう安易なネーミングがされているが、要するにアイリーンは海に面した街なのだ。
当然、港もあるぞ。
軍港、民間港、漁港。
各国から交易船や漁船などが次々入港して、賑やかだろう。
そして、船員たち相手の飲み屋や娼館なんかも軒を連ねているな。
治安はあまり良くないから、うろつくときは注意しろよ。
あ、貿易商たちの商館も、このブロックにある。珍しいアイテムとかが欲しいなら、行ってみるのも手だな。
この東側のブロックは、「港通り」と呼ばれることが多い。別に一本の通りのことを示しているわけではないから気を付けろよ。
次は南に行ってみようか。
ここ南ブロックには、学校、魔法学園や病院、図書館や教会なんかが集中している。
通称は「学園通り」。
もちろんこれも、一つの通りのことではない。
至高神アイリーンの教会があるのも、このブロックだ。ほら。そこのでかい建物がそうだな。附属の孤児院もすぐ側にあるはずだぞ。
冒険で呪いを受けたりした時は、この教会で解呪してもらえる。
怪我なら病院に行けば魔法医がいるぞ。
当然、代価は必要になるがな。
地獄の沙汰も金次第、というのは偽悪的すぎるな。病院にも教会にも財源は必要なのだから。
至高神アイリーンの神父や神官戦士を仲間にしたい場合も、教会にくれば良かろう。
ん?
どうして街の名と神の名が同じかって?
それは簡単だ。神の名前をもらった街だからな。
国名だってそうなんだぞ。
ルアフィル・デ・アイリンてのは、「アイリーンの栄光を讃えよ」って意味だ。
建国王が熱心なアイリーン信者だったらしくてな。
国の名前をもらい、街の名前をもらい、その軍列には必ずアイリーンの御旗が翻っていたそうだ。
そのあたりはアイリン建国史でも読むがよい。
ところで、至高神アイリーンは女神でな。アイルという兄がいる。
ああ。混沌の神アイルだ。
優しく几帳面で良くできた妹と、乱暴で自堕落でだらしない兄。
ま、人間の世界においても、べつに珍しくもない構図だな。
さて、次は西に行くか。
西ブロックは、いわゆる商業の街だ。
商店街あり、歓楽街あり、宿屋街あり、大小の商会もこのあたりに居を構えているな。
というのも、王都アイリーンの正門は、この西ブロックにあるから。
ここから、西のドイル王国、南のセムリナ公国、北のバール帝国、北西のルーン王国に街道が伸びているんだ。
まあ、南門も北門もあるんだが、一番大きなのは西の正門だからな。
自然、ここが商業活動の中心となるわけだ。
冒険の装備を調えたいなら、このあたりでだいたいは揃うぞ。
ギルドの類も、ほとんど西ブロックにあるから、依頼も受けられる。
ちなみに、わたしの店「暁の女神亭」も、この西ブロックにある。
もっと詳しく言うと、水晶街一番地だ。
あははは。そこまで訊いてないって?
いずれにしても、冒険者にとっては拠点となる街区だな。
うん?
あだ名か。西ブロックにはあだ名はない。
そうだな。この国にはすごい固有名詞をもったものって少ないな。
街道をこのまま西に二〇キロほど進めば、風光明媚な湖があるのだが。
その湖の名前も「西湖」というのだ。
王都の西にあるから西湖。なかなか安直なネーミングだろう。
判りやすいというか、散文的というか。
突き詰めていけば、機能的なのかもしれないがな。
さて、最後は北ブロックだ。
ここ北ブロックは、あまり特筆するものがないんだ。
というのも、もっとも開発が遅れている場所でな。
ん?
どうした?変な顔をして。
ああ、この臭いか‥‥。
くさいだろ。当然だ。北ブロックの面積の一割をゴミ処理場が占めているからな。
それで地価も上がらず、開発も進まないというわけだ。
そして、だからこそ‥‥ほら、見てみるが良い。
貧相な建物の群れが見えるだろう。貧民街だよ。
低所得者とか宿無しが寄り集まって住んでいる。
治安も最悪だ。
近づくのは、あまりおすすめできないな。とくに女性は。
北門が寂れている理由は、このスラムにもあるんだ。
商品を満載した荷馬車がこんな場所を通ったらどうなるか。
推して知るべし、だ。
一応、国が何度も再開発をしようとしているのだが、なかなか効果はあがっていない。
とはいえ、ここの連中はそれなりに情報網とか持っているからな。
冒険者としては、ある程度誼を通じておくのも悪くないかもな。
さて、だいたいはこんなところだ。そろそろ戻るとするか。
どこへって?
暁の女神亭に決まってるだろう。
泊まるのであろう?
まさか、このわたしにここまで案内させておいて、泊まらないなどと言うつもりではなかろうな?
もちろん泊まるよな?
うむうむ。良い返事だ。きっと良いことがあるだろう。
一泊で四銀貨だ。三食付きなら七銀貨。
けっこう安いであろう?
コックの腕は、わたしが保証してやるぞ。
では、改めて。
暁の女神亭にようこそ。
ゆっくりしていくが良い。