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「暁の女神亭」の世界  作者: 水上雪乃
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新アイリーンの歩き方4 各国の政策と国民の生活

 まず第一に、ルアフィル・デ・アイリン王国である。


 大陸暦一九九一年から続く名君マーツ二世の御代はますます安定をみせ、王都アイリーンの人口増加もとどまるところをしらない。


 二〇〇七年にはマーツと王妃優蘭の間に待望の王子が生まれ、アルムと名付けられた。


 国民は輝かしい未来の予兆に歓喜したものである。


 現在、アイリンの国力は、ルーン王国とドイル王国のそれを合したものを大きく凌いでおり、世界各地から集まる富の蓄積は、他国の追随を許さない。


 このため国民の生活はおおむね豊かで、花の都と讃えられる王都アイリーンは世界で最も治安の良い街といわれている。


 理由のひとつには、二〇〇四年に悪名高い盗賊ギルドが壊滅したことも挙げられる。これは「常勝将軍」花木蘭の主導によっておこなわれたもので、名君マーツの三大改革のひとつにも数えられる。


 急激な改革は非難も受けたが、賞賛の声は遙かに大きかった。


 現実問題として盗賊ギルドを構成するヤクザやならず者たちに民衆が怯えていたのは事実だったし、彼らが社会の生産にまったく寄与しない寄生虫だったのは事実であったからだ。


 他人の労働の成果を暴力で奪う存在。そこに徹底的な弾圧が加えられたが、盗賊ギルドの構成員に死者は少なかった。多くの者が国軍の一部(黒の軍等)に雇用されたり、闇の掟とやらから解放されて更正し、陽の当たる世界へと立ち戻ったからである。


 こうして力を増した国軍によって街の治安は維持され、犯罪発生率は劇的に低下し、検挙率は飛躍的に上昇した。


 商人たちも盗賊ギルドに支払っていた莫大な「みかじめ料」などから解放され、良質な商品やサービスを安価で提供できるようになった。


 結局のところ、必要悪などという存在はなかったのである。


 すべてが上手くいっているかに見えたが、烈風に闇が吹き払われたことによって不満を持つものがあった。


 悪徳商人やヤクザたちに甘い汁を吸わせてもらっていた高級文官や貴族たちである。倫理を軽視しモラルを嘲笑する彼らにとっては、国民の生活などより自分たちの利益の方がよほど大切で、「こつこつと真面目に、懸命に日々を送る者たちこそが最も報われる。それがアイリン流だ」などというマーツの言葉などは笑止でしかなかった。


 これらの感情が根底となって、不平貴族たちは内乱を起こす。二〇〇七年夏のことである。ただ、セムリナの動きと連動した反木蘭同盟は、ほとんどなんの成果も残すことなく壊滅し、かえってマーツの御代を盤石のものにしただけであった。


 名君マーツを中心とした、清新で見識に富んだ人材集団が健在である限り、アイリンに日は陰らない。


 太陽の没せざる世界の中心は、相変わらずの隆盛を誇っている。




 第二にセムリナ公国である。


 人材という一点において、この国はアイリンに勝るとも劣らない。


 二〇〇八年に初の女王として即位したシャリア一世。SSSと異名を取るサミュエル・スミス。もう一人のSSS、大セラともいわれるセラフィル・サージ。大神官マデル・ロックフォード。海賊騎士セラフィン・アルマリック。


 綺羅星のような人材。


 二〇〇五年の対アイリン大同盟のときも、力を温存し最終的に勝利者の側に付いたシャープな政治感覚を備えており、着実に国力を増している。


 ただ、温暖で暮らしやすい気候が人心にも影響するのか、国民の気風としてはのんびりとして平和と融和を愛している。むろん領土欲がないわけではない。中央大陸内での地図ではアイリンやバールに次いで三位にとどまるが、それ以外にもつ植民地や属国ではアイリンに匹敵する。


 二〇〇七年に結ばれたアイリンとの平和条約によって、両国間の緊張は解けた。




 第三にバール帝国である。


 イェール帝国の滅亡以来、中央大陸の歴史はアイリンとバールの対立という構造を成してきたが、二〇〇七年にネヴィーラ三世が即位すると状況は一変した。


「私たちが健在なうちにバールは穏やかに縮小しよう。世界に覇を唱える実力など必要ない。ありふれた一名門の大国として、なるべく他者と争わず、この大陸の文明に寄与したいものだ」


 ネヴィーラ王の腹心中の腹心、同年の従兄弟であり帝国宰相たるアシュル・トリューニの言葉である。


 これまで危険な国といわれてきたバールは、その体質を変えた。


 覇道より協調を。


 争乱より平和を。


 ただし、バールが尚武の国なのは間違いない。


 五つに数を減じた選帝皇家、それぞれが抱える牙と呼ばれる騎士団があり、帝国軍そのものの強健も大陸に轟いている。


 寒冷な地方ゆえ人々も強い心で鎧わなくてはならなかった、とは一般論の域を出ない考えだが、アイリンとの和平成立後、人心はたしかに融和へと大きく傾いた。


 両国が幾度も激戦を繰り広げたジャスモード平原は、まさに協調路線の象徴として共同開発が推し進められ、幾千人もの血を飲み干したデスバレー要塞も駐留兵力の大幅な削減が決定された。


 もう彼の地に英雄は必要ない。




 第四にドイル王国である。


 五〇年の長きに渡って国政を執っていたファイルート王が死去し、若き国王エクシード三世が玉座についたのは二〇〇七年のことだ。


 彼は幼少のころ、稀代の大魔法使いオリフィック・フウザーに師事していた経験があり、当時から非凡な才を見せていたと伝えられる。


 王者として必要な知識、識見、度量、すべてを高水準で満たしたエクシード王の誕生を国民は喜んだ。


 また彼は開明政策者としても知られ、議会制民主政治の普及に着手している。


 これはむろん大国としては初めてのことであり、身分や差別のない理想国家が誕生するかどうか、周辺の国々は固唾を呑んで見守っている状況である。




 最後にルーン王国。


 女王エカチェリーナ二世が結婚したのは二〇〇七年のことだ。


 国婿となったのはオリフィック・フウザー。稀代の大魔法使いの称号で呼ばれる魔法使いギルド世界本部(世界塔)の総長である。


 もともと魔法使いたちとの繋がりが強いルーンは、さらに強固な基盤を築くこととなった。


 ただ、この婚姻は政略ではなく、心優しき女王の数年来の想いが成就したものである。それだけに国民の歓喜は爆発的なものであった。優しく聡明なエカチェリーナが、じつはまだ二十歳にもならぬ女性だということ、にもかかわらず双肩にはルーン一国を背負っているということは、誰でも知っていることだったからだ。


 彼女の個人的な幸福を、誰もが願わずにいられなかった。


 エカチェリーナの初恋の相手であるフウザー。前王の死後、暗殺者に追われて下町に逃げ込んだ彼女を保護し、陰となり日向となって守り抜いた魔法使い。巨悪を許さぬ正義感と高い識見、世界最高ともいえる豊富な知識量、公明正大な態度。


 彼ならば、と、国民の多くは納得したものである。


 もともとルーンはイェールの遺臣たちによって建てられた国であり、良きにつけ悪しきにつけ伝統と格式を重んじてきたが、エカチェリーナの登極以後、気風はリベラルなものに変化しつつある。




 こうして二〇〇五年以降を振り返ってみると、世界はより良い方向へと歩みを進めている、かのように見える。


 もちろん幾多の戦乱があり、幾千もの人間が死んでいった。


 しかし、彼らの犠牲は無駄ではなかった。


 世界は今、黎明の時を迎えようとしているのだ。



~二〇〇八年三月に発行されたアイリーンのタブロイド紙「ノースサイドガゼット」に記載された署名記事より抜粋~

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