「エトランゼへ」~ルシアのささやき~
いらっしゃいませ。
ようこそ暁の女神亭へ。
珍しい服装ですね。どちらからですか?
ニッポン‥‥ですか?
聞き慣れない名前です‥‥中央大陸ではないですよね?
は?中央大陸とはなにか?
‥‥‥‥。
もしかして、お客さまは異世界からきたのかもしれませんね
この世界はエオスと呼ばれていることをご存じですか?
知りませんか。なるほど‥‥。
私も異世界からの旅人に会ったのは初めてで、うまく説明できるかわかりませんが‥‥。
まず、先ほどいったように、この世界の名前はエオスといいます。
ただ、あまりこの名前を耳にすることはないかもしれません。
わさわざ世界の名前を言うなんてことはめったにありませんから。
普通に、「世界」とか、「この世」とか言うことが多いです。
五つの大陸と無数の島、そして海から成り立っています。
このあたりは変わりませんか?
空には太陽が一つ。月が一つ。そしてたくさんの星々。
星座が違う?
ええ、そうでしょうね。
でも違うのは、星座だけではありませんよ。
おそらく、お客さまが生まれ育った世界とは何もかもが違うと思います。
たとえば‥‥あなたは信じる神を持っていますか?
どのような神を信仰しようと、エオスには異界の神の力は及びません。
もしあなたが異世界の神の神官であったとしても、
その奇跡のほとんどは生まれないでしょう。
もしあなたが異世界の魔法使いだったとしても、
その魔法の多くはごく弱い力しか発揮しません。
たとえあなたの世界で最高の魔法使いや神官であったとしても、です。
さらに、もしあなたが異世界の神だったとしても、
普通の人間と同じ力しか持てないのです。
それが、エオスの神々のご意志なのですから。
普通の人間であることが、一番です‥‥大きな力など、災厄となるだけです。
‥‥と、話が逸れましたね。
科学技術についても同じです。
異世界の技術は、ここでは動きません。
たぶん、法則が異なっているからなのでしょう。
マジックアイテムなども、同様らしいです。
つまり、すべてを一からやり直すことになりますね。
例外は剣術や体術でしょうか。体で覚えたことだけはできるようです。
いずれにしても、今日から異境で暮らすことになるのですから、慣れるしかありませんね。
帰る方法、ですか‥‥。
申し訳ありませんが、私はそれを知りません。
ただ、こんな話を聞いたことがあります。
異世界の扉は、ひとりに対して二度しか開かないのだ、と。
つまり、来る時と帰る時です。
その扉がいつ開くかは、もちろん人の業で知ることなどできようはずもありません。
わかっていることは、ひとたびご自分の世界に帰れば、もう二度とこちらに来ることはできないということです。
気軽に行ったり来たり、というのはできません。
それほど都合良くは、現実はできていないようです。
腰を据えてエオスの住人としての生を全うするか、それとも、あくまでも帰り道を探すか。
どちらかしかないようですね。
あなたはどちらになさいますか?
え?お金ですか?
そうですね。何をするにも先立つものが必要です。
でも、あなたがいま出した紙切れは、ここでは使えませんよ。
ここでは、金貨、銀貨、銅貨の三種類しかありませんから。
ほかに小切手もありますけどね。こちらは信用取引です。
残念ながら、異世界から来たばかりあなたには、何の信用もありませんから。
そうですね‥‥。
金銭を得るためには、働かなくてはいけません。
一番の近道は、冒険者として依頼をこなしていくことでしょう。
各種ギルドから仕事を紹介してもらう、でしょうか?
軍からの仕事ですと、セラさんという人が斡旋してくれますよ。
もっと地道な方法なら、アルバイトをするという手もありますね。
読み書きができれば良い仕事もあるのですが。
そうでないなら、新聞配達や牧場の手伝い、港で荷物の積み下ろし。
そういう単純労働になりますね。
暁の女神亭で働く、ですか‥‥?
従業員に欠員が出たら、募集広告が出るはずですよ。
そのあたりは店長のキースさん次第ですね。
ただし、ここの仕事は大変ですよ。
宿屋兼酒場兼レストランですから。
給仕をし、料理を作り、客室をととのえ、洗濯をし、お客さまの話し相手も務める。
それに、ギルド関係の仕事の斡旋。
ぱっと思いつくだけでも、このくらい仕事があります。
大変な仕事です。
しかも、お給料は安いですよ。
まあ、住み込みで働けるので、その点だけは魅力ですね。
住むところがないのは困りますから。
もしここに泊まるのであれば、個室で銀貨七枚、大部屋なら銀貨四枚が一泊の料金ですね。
精算はチェックアウトの時です。
ですから、ここをねぐらにお金を稼ぐって方法もあります。
博打の要素が強いですけどね。
お金が稼げなかった時は、衛兵に突き出されてしまいますから。
がんばってください。
エオスがあなたの第二の故郷になることを祈っています。