やくそく
「皆、心配してきてくれました」
ユミリンと千夏ちゃんを友達として紹介するのは少し照れくさくて、なんだかとても誇らしくて嬉しかった。
「お隣で幼なじみの根元由美子、リンリン……凛花ちゃんからはユミリンって呼ばれてます」
チラチラと千夏ちゃんを見ながら、何故か胸を張るユミリンの行動に理解が追いつかない。
一方、千夏ちゃんは笑顔を浮かべたまま、眉根をピクピクと震わせていた。
「ユミリンちゃんね」
津田さんがそう言って頷いたタイミングで、今度は千夏ちゃんが前に出る。
「斎藤千夏です。お母様、看護婦の津田さん。いつも、凛花ちゃんのお姉さん、良枝先輩にお世話になっています。直接話をしたのは、今日が初めてですが、凛花ちゃんにお友達になって貰いました。これからは凛花ちゃんに勉強を教えて貰い、私が演技を教える。そんな些細合える間柄にナリタと思っています」
発言のスピードは速いのに、ハキハキとした言い方と所作がゆったりだからか、もの凄く聞き取りやすくて優雅で気品を感じる。
ユミリンがいなかったら大きな拍手を贈っていたと確信するほど、見事だと思った。
ちなみに遠慮したのは、千夏ちゃんとユミリンがバチバチと火花が散ってそうなほど激しく視線を交わしていたからだったりする。
確実に私が拍手をしたら火に油を注ぐことになりそうだなという確信があったので自粛した形だ。
視線を交わし合う二人の空気に、津田さんは困り顔を見せていたのだけど、さすがお母さんと言うべきか、スルリと割って入る。
「由美ちゃん、千夏ちゃん、凛花とも顔合わせできたし、遅くなってしまうから今日は帰った方が良いんじゃないかしら」
お母さんの発言で、視線をぶつけ合っていた二人が、一瞬で表情を曇らせた。
その変化は予想していなかったらしく、お母さんが少し驚いた様子で瞬きをする。
お姉ちゃんが不在の中、事情を知っていて、お母さんに話が出来るのは私しかいないと思い、簡単に説明することにした。
「お母さん、実は千夏ちゃんも、家族が今夜いないみたいで、本当はうちに泊まりに来て貰う予定だったんです」
私の言葉に、お母さんは「あら、そうだったのね」と頷く。
「じゃあ、帰りなさいって硫黄のも酷な話ね」
お母さんの呟きを受けて、千夏ちゃんに私は「ごめんね。千夏ちゃん、楽しみにしてくれてったのに」と謝罪した。
「何言ってんの!? 凛花ちゃんの体の方が大事だし、病気だって早くに見つかったら治る確率は高いんだから、ちゃんと自分のことを一番に考えなきゃ駄目だよ!」
強い気持ちの籠もった千夏ちゃんの言葉から、私は彼女が引っ越しをしてきた裏側に、身近な火との不幸があったんじゃ無いかという考えがよぎる。
それほど、気持の籠もった言葉だった。
千夏ちゃんの言葉に込められた思いはとても強く、皆がそれを感じ取ったからか、誰もアクションを起こせなくなって、微妙な空気が広がる。
そんな空気を破ったのは、またもお母さんだった。
「そうね。凛花はちゃんと元気になって、ちゃんと千夏ちゃんをお迎えしてあげなきゃ駄目ね」
「うん。そうする」
私はお母さんにそう答えてから『それで、今日だけど、お母さん、千夏ちゃん泊めてあげて」とお願いしてみる。
「え?」
千夏ちゃんが驚いた顔を見せたので「私は泊まりだから帰れないけど、お姉ちゃんがいるし、千夏ちゃんも夜一人なのは心配だから」と理由を口にして見た。
「いや、それは、え?」
千夏ちゃんは発言をするものの混乱してしまっているのか、普段と違って上手く考えがまとまらないらしい。
ここで、お母さんが何か言い出しそうになっていたので、先行して津田さんに話しかけた。
「今日は検査入院だから、別に家族が付き添わなくても大丈夫ですよね?」
急に話を振ったせいで、津田さんは「え?」と驚きの声を上げたものの、すぐに「あ、それは大丈夫だけど……」と答えてくれる。
「お母さん、そんなわけで、千夏ちゃんをお願い」
両手を合わせてお母さんにお願いしてみた結果、もの凄く困り顔に変わった。
言葉を選びかねているお母さんに変わって、ユミリンが「リンリン、それで良いの?」と聞いてくる。
「ん?」
私がそう返すと、ユミリンは言い難そうに「病院に……その、不安じゃない?」と津田さんを気にしながら口にした。
「私、疲れてるから、このまま寝ちゃうし、お母さんと一緒じゃないと寝られないわけでもないし、むしろ約束を破っちゃう法が申し訳なくて気になるかな」
素直に思ったままを口にすると、お母さんは大きな溜め息を吐き出す。
それから私を見て「凛花。元気になったら、ちゃんと自分で千夏ちゃんをもてなすって約束しなさい」とお母さんは右手の小指を出して、こちらに差し出した。
私は自分の小指をお母さんの小指に絡ませて「うん。約束」と誓う。
「一応、言っておきますけど、私は念のために検査で入院するだけで、体調は悪くない……というか元気ですからね、言っとくけど!」
しんみりとした顔で私を囲む面々にそう宣言して、私は車椅子の上でふんぞり返った。




