お姉ちゃんと
「お姉ちゃん……ゴメンなさい……」
感情に押されたとは言え、身体に精神が引っ張られているとは言え、子供みたいな号泣をしてしまったのが、恥ずかしくて申し訳なくて消え入りたくなっていた。
対してお姉ちゃんはどこまでも優しい。
「流石に、救急車で運ばれたりしたら、私だって不安でいっぱいになると思うわ」
お姉ちゃんは、私の頭を撫で続けてくれていた。
「凛花ちゃん」
名前を呼ばれたので、顔を向けると看護師さんがこちらに手を振っているのが見える。
「CT開いたから……」
「あ、はい」
上半身を起こしていたので、お腹から下にかかっていた毛布を退け、ベッドから降りることにした。
「凛花、これ、履いて」
そう言ってベッドの横に病院名の入ったサンダルが置かれる。
「検査で、下駄履きは脱ぐこともあるみたいだから、サンダルの方が良いって」
「うん。わかった」
お姉ちゃんに返事をしてから、シーツの上でお尻を滑らせて、縁へと身体を移動した。
家ならもっと粗く動くのだけど、病院はいろんな目があるので、スカートが捲れないように普段の二倍は気を遣っているので、足を降ろすところまでは問題なくやり遂げる。
ただ、サンダルを履くまでには、私の足の長さでは距離があった。
つま先を伸ばしつつ、右、左とお尻を動かして少しずつ前進して、ようやくサンダルにたどり着く。
サンダルを履いて無事立ち上がると、そこでようやく看護師さんとお姉ちゃんが、もの凄く優しい目で見ていることに気が付いた。
見守られていただけなのに、もの凄く恥ずかしい。
とりあえず、状況を改めるため、私は看護師さんに「あの……」と声を掛けてみた。
すると、看護師さんは「あ、私は凛花ちゃんの担当をします看護婦の津田志麻子です」と名乗ってくれる。
「林田凛花です。よろしくお願いします」
咄嗟に頭を下げそうになったものの、お姉ちゃんの視線で、頭を余り動かさないように言われていたのを思い出して、踏み止まった。
内心で胸をなど降ろしていると、看護師の……と、そう言えば津田さんが『看護婦』さんを名乗っていたのに気付く。
よく見れば、身に付けているのもズボンではなくて、ワンピースタイプのものだ。
制服のセーラー服はこの時代も元の時代も違いは無かったけど、看護婦さんの衣装はだいぶ違うらしい。
私はそう考えていたのだけど、津田さんは「あら、ナース服気になっちゃう?」と視線の意味を勘違いしてしまったようだ。
着たいと思ってみていたわけじゃないと口にする前に、林田さんは「機会があったら着せてあげるから、今は検査に行きましょう~」と口早に言う。
「え、あ、はい」
思わずそう返してしまった私に、津田さんは「それじゃあ、念のため、車椅子で行きましょう」と言って、車椅子を運んできた。
「ブレーキ掛けるから、待っててね」
そう言いながら、チュ打算は慣れた手つきで左右の大きな車輪に付いたストッパーを掛ける。
軽く車椅子を揺すってブレーキの効きを確認した津田さんは「それじゃあ、凛花ちゃん、座ってくれるかな?」と聞いてきた。
私は「はい」と答えて、お尻に手を回しスカートを押さえながら車椅子に腰を下ろす。
「じゃあ、ステップ出すね」
そう言って津田さんは、足を乗せておくための左右のステップを倒した。
邪魔になら内容に膝を伸ばして空中待機していた足を軽く津田さんが叩く。
「もう大丈夫なので、足を降ろしてください」
「は、はい」
ゆっくりと足をステップの上に載せると、津田さんは笑顔で「ご協力感謝します」と言ってくれた。
感謝されることではないけど、なんだかくすぐったくて、つい「えへへ」と笑ってしまう。
「凛花ちゃん、可愛いわね」
「そ、そんなこと……」
津田さんの不意打ち発言に、私は大いに動揺してしまった。
「お姉さんは一緒に行く? ……と、いっても、CTの部屋には入れないけど」
津田さんの問い掛けに、お姉ちゃんは「場所を見ておきます。そろそろお母さんも付くと思うので、その後で玄関で合流しようかと思います」と答えた。
淀みの無い答えに、津田さんは「わかりました、それじゃあ行きましょう」と言って私の車椅子を押し始める。
私の知る元の世界の病院と違って、照明が弱いからか、なんとなく暗いなと思ってしまった。
ほんの少し雰囲気に呑まれてしまっていた私に、後ろから津田さんが声を掛けてくる。
「凛花ちゃん」
「ひゃ、ひゃい」
予測していなかった声掛けに、口から飛び出た声はかなり裏返ってしまっていた。
完全に病院の不気味な雰囲気に呑まれてしまった自分を自覚させられた私は、恥ずかしくて仕方が無い。
対して、津田さんは変わらない柔らかな口調で「スゴく頼れるお姉さんね」と言った。
病院のことでも、私のことでもなく、お姉ちゃんのことが話題に出たせいか、何故だかもの凄く気持が落ち着く。
「冷静で、ちゃんと考えがまとまってて、ほんとすごいね!」
津田さんの言葉に、気付けば私は「そうなんですよ! お姉ちゃんは学校で部活の部長もしてて、しっかりしてるし、凄く優しいし……」と頭に浮かんだ思いをそのまま言葉にしていた。
それは、お姉ちゃんに「凛花!」と強めに名前を呼ばれるまで続いてしまう。
結果、私は照れているレアなお姉ちゃんの姿に遭遇することになった。




