搬送完了
私が搬送されてきたのは、今もある救急指定のある大きな病院だった。
救急車が停車すると、救急隊員がすぐにお姉ちゃんに指示を出す。
「じゃあ、お姉さんはドアが開いたら先に降りてください」
お姉ちゃんが「わかりました」と頷くとすぐに、後部のドアが大きく開かれた。
ほとんどの荷物はユミリンに預けていたのもあって、お姉ちゃんは軽く周囲を見渡すとすぐに降車していく。
私は救急隊員さんに肩に手を置かれて「ストレッチャーで運ぶので、寝ててくださいね」と声を掛けられた。
言われるままに身体を横たえると、すぐにストレッチャーが動き出す。
そのまま、救急車から降りて、病院の中へと運ばれながら、私の知っている病院と違う事に気が付いた。
『現実世界の記録に寄れば、b10年ほど前に建て替えがあったらしいの。故に、主様の記憶とは違うようじゃ』
リンリン様のお陰で、自分の予測が間違ってないと確証を得た私は、妙に安心してしまう。
違和感というのは、正体がわからないと不安になるけど、解消されたり、解明されてしまうと、全く気にならなくなるようだ。
そんな事を考えていると、入口そばの部屋で、病院の看護師さんに声を掛けられる。
「お名前言えるかな?」
「はい。林田凛花です」
名前を名乗った後で、看護師さんに「こっちのベッドに写れそうですか?」と問われたので、私は「大丈夫です」と答えて、ストレッチャーから降りた。
一応、お姉ちゃんや救急隊員さんにも余り頭を動かさないようにと言われていたので、頭を下げないように気をつけて「ここまでありがとうございました。お世話になりました」と去ろうとする隊員さんに伝える。
すると、救急隊員さんは笑いながら「お大事にしてくださいね」といって去って行った。
一方、私に付いてくれていた看護師さんは「それじゃあ、こっちのベッドに移って貰えますか?」と言われたので「はい」と返してベッドに上がる。
「ちゃんと挨拶も出来るし、意識も大丈夫だと思うから、心配しないでね」
最近はリスクを考えて、医療関係者、特に医師でないと『大丈夫』とはなかなか言わないので、ちょっとビックリした。
でも、その優しさの籠もった言葉で、もの凄く安心した自分に気付く。
「ありがとうございます」
落ち着いた気持でそう返すと、私は無意識に入口に視線を向けた。
その動きを見た看護師さんは「お姉ちゃんが気になる?」と話を振ってくる。
ほぼ無意識で顔を向けたのだけど、看護師さんの問い掛けで、確かに気になるなと思い「はい」と答えた。
「検査をしてる間は、廊下で待ってて貰うことになるけど、終わればすぐに入って貰うから安心してね」
笑顔と共にそう言ってくれる看護師さんの心強さに私は、反射的に頷きそうになる。
どうにか頷くのを堪えて「ありがとうございます。安心しました」と伝えると、看護師さんも頷いてくれて、検温、血圧測定、採血と怒濤の検査の連続が始まった。
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「お母さんに電話してきたよ」
次のCT検査の順番待ちをしているところに、お姉ちゃんがやってきた。
ヒラヒラと振った手にはカードが握られている。
「お姉ちゃん、そのカード」
私がそう声を掛けると、お姉ちゃんは手にしたカードをこちらに見せながら「テレフォンカード。ほら、学校にお金持って行けないでしょ。だから持ってたのよ」と言った。
聞いたことはあるけど、実物は見たことがなかったので、興味でジッと見てしまっていたのだけど、お姉ちゃんは違う解釈をしたらしい。
「穴が空いちゃったのは残念だけど、妹のピンチに使えたんだから、私は納得……というか、ここしかないって思ってるから気にしないで」
お姉ちゃんの言わんとしてることが上手く読み取れなかったのだけど、ここでリンリン様が情報の補足をしてくれた。
テレホンカードは使用する度に、残り度数を示した目にカードに穴が開けられる仕様で、コレクターアイテムとして考えれば当然ながら未使用、穴が開いてないものの方が価値があるらしい。
そして、お姉ちゃんの手にしているカードには、昭和不良学生風の衣装を纏った猫たちの写真がプリントされていて、この時代ではもの凄くレアで価値があるものだと教えてくれた。
つまりは出来れば使わず取っておきたいと思うようなお宝アイテムを、私の為に使ってしまったんだと理解する。
同時に、目から大量の涙が噴き出した。
「ちょ、ちょっと、凛花!?」
動揺するお姉ちゃんを前に、救急搬送を受け入れたのが、私の身体に異常が無いことを証明するための手段というある意味で仮病のような、自分勝手な理由だったこともあって、情けない気持で一杯になってしまう。
私がもっと気をつけていればそもそも心配を掛けていなかったのに、こうして大きな騒動にしてしまった上に、お姉ちゃんに宝物を使わせてしまったことが本当に申し訳なかった。
そして、今更説明するわけにもいかず、私は何も言えなくなってしまう。
「大丈夫、大丈夫だから! ごめん、ごめんね、お姉ちゃん、テレフォンカード見せなきゃ良かったね!」
慌てながら、それでも非が自分にあるように言うお姉ちゃんの言葉に、私の感情は一気に爆発してしまった。




