緊急
『リンリン様!』
聞こえてきたリンリン様の声に、一気に精神的な負荷が消え去った。
同時に身体の硬直が消えて、世界の時間も動き出す。
ただ、緊張状態からの急激な解放に、私は上手く体制を保てずよろめいてしまった。
どうにか両手をついて、倒れ込むことだけは回避できたものの、足に上手く力を入れられず地面に座り込んでしまう。
「凛花!」
「リンリン!
「凛花ちゃん!?」
地面に座り込んだ私に三人が同時に声を掛けて過去寄ってくれる。
「どうした、リンリン、調子が悪いのか?」
ユミリンの声掛けに対して、私は「大丈夫、よろけただけ」と返すのが精一杯だった。
そんな私の前にしゃがみ込んだお姉ちゃんは、何の前振りもなく私のスカートをめくりあげる。
「お、お姉ちゃん!?」
思わず声が裏返った私に反応せず、お姉ちゃんは右、左と順番に足を持ち上げてから「怪我はないみたいね」と溜め息を吐き出した。
直後、お姉ちゃんは私の顔を見て、スカートを急にめくれれた戸惑いが消えてしまいそうなほど深刻な顔で「立ちくらみ?」と聞いてくる。
「え、えっと……」
どう答えれば良いかわからず言葉に窮してしまった。
けど、お姉ちゃんは急かすことなく、私の言葉を待ってくれている。
世界の時間が止まって感じられたことを言うべきなのかと、選択肢が過ったけど、ここでリンリン様が『主様、姉君もこの世界を生み出した可能性のある人物故、今明かすのは危険やも知れぬ』と囁いてきた。
この世界の崩壊が何を引き起こすかわからないし、この世界の『種』が現実に及ぼす影響の推測も立っていない状況で、危険を冒すのは得策じゃないと判断した私は「足に、力が入らなくて」とウソではない義理入りの言い訳を口にする。
そんな私の発言に対して、最初に反応したのは千夏ちゃんだった。
「ユミリンさん、部長先輩、私救急車呼んできます」
千夏ちゃんの発言に、驚きで「えっ!?」と声が出たが、すぐにお姉ちゃんに「凛花、貴女はもう昨日から何回も倒れたりしているの! 緊急事態なの!」と強く言われてしまう。
確かに、私がお姉ちゃんの立場で、明かしている情報だけで判断すれば、かなり危機感を覚えるのは頷けた。
それに加えて、今更、何を言っても救急車を嫌がる言い訳にしか聞こえないだろうと思う。
いろんな方に迷惑を掛けることにはなると思うけど、ここで抵抗する方がよりカオスになるのは間違いないと考え、私は「そうだね」とだけ口にした。
直後、背負っていたリュックを放り出した千夏ちゃんは、スカートから鍵を取り出しつつ、自宅のあるマンションへと掛け出す。
更にユミリンは「じゃあ、私はおばさまに伝えてくるから、良枝お姉ちゃんはリンリンに付いててあげて」と、私とお姉ちゃん、そして自分の鞄を拾い上げた。
「ありがとう、ユミちゃん、頼むね!」
お姉ちゃんの言葉に、ユミリンは「ここから家まですぐだから、おばさまには家に待機して貰って、私だけ戻ってくる。連絡役に、チー坊を残しておいて」と段取りを一瞬で決めて言い放つ。
「助かるわ、了解よ」
お姉ちゃんの返事を背に、ユミリンは私たちの家に向かって駆け出した。
「凛花ちゃん、もうすぐ来るからね」
マンションから戻ってくるなり、千夏ちゃんは私の両手を包むように掴んで層声を掛けてくれた。
「ありがとう千夏ちゃん。救急車呼ぶなんて、緊張したでしょ?」
お姉ちゃんの問い掛けに、千夏ちゃんは「友達が緊急事態だったお陰か、妙に冷静で入れました」と首を左右に振る。
土壇場で冷静を保てるのは本当にスゴイ事だと思い「千夏ちゃんはスゴイね。ありがとう」とお礼と共に告げた。
「今日話したばっかりだし、頼りないかもしれないけど、私は凛花ちゃんを友達だと思ってる」
千夏ちゃんはそこで一端話を区切ってから「どうも、私って、友達が危ないって思ったら、思った以上に身体が動くみたい」と苦笑する。
どこか自虐的な言い回しに、私は「千夏ちゃん、お友達になってくれてありがとう」と浮かんだままを伝えた。
「ちょっと、なんか不穏な感じのするセリフを口走らないで!」
何故か、真剣な顔で怒られてしまって、私はすぐさま「ごめんなさい」と謝る。
お姉ちゃんはそんな私と千夏ちゃんの頭に手を置いて「大丈夫、ただの念のためだから」とフォローしてくれた。
ほんの少し声に震えを感じたのは、不安を感じてくれているのだろう。
病気ではないのを確信しているのは私だけなので、お姉ちゃんも不安なんだと思った。
だから、ちゃんと病院で精密検査をして貰って、無事だということを、証明しておこうと思う。
それが一番良いんじゃないかと考えたところで、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
「凛花ちゃん、部長先輩、誘導してきます」
千夏ちゃんはそう口にすると、すくっと立ち上がり、素か-とがまくれ上がりそうなほどの全力疾走で、サイレンのした方へと駆け出す。
その背中を見ながら、各所に迷惑を掛けてしまっている事実に、胸がチクチクと痛んだが、病院で検査を決めた今、流れに身を任せる決心を強めた。




