待機
一端、家に戻るという千夏ちゃんを見送って、私とお姉ちゃん、ユミリンは、マンションの入口で待機することにした。
「千夏ちゃんって、ユミちゃんに似ているところが多そうね」
お姉ちゃんが溜め息交じりに言うと、すぐにユミリンが反応を示す。
「え!? どこが? 全然似てないでしょ?」
本心から驚いているようで、ユミリンはそう言いながら目を瞬かせていた。
「ほら、ユミちゃんも家族があんまり家にいないでしょ?」
お姉ちゃんの指摘に、ユミリンは「それは……」と視線を彷徨わせる。
この世界二日目の私には足りない情報も多いけど、お姉ちゃんの言うとおりの様だ。
昨日の感じからしても、ユミリンが泊まっていくのはいつものことのようだし、その理由も家族が不在がちと言うことなので、確かにお姉ちゃんの指摘通りなんだろう。
けど、ユミリンの方は全く納得出来ていないようだ。
急に私の後ろに回り込んで肩を掴むと「どっちかって言うと、リンリンの方が似てるでしょ?」と言い出す。
「へ?」
急に引っ張り出されたことも驚きだけど、千夏ちゃんと似てると言われても、どの辺りがだろうという疑問しかなかった。
私が間の抜けた声を出した後、瞬きを繰り返すだけになったので、ユミリンには自分の指摘が全くピンときていないのが伝わったのだろう。
「見た目が近いって言ってるのよ!」
何故かジト目で言われてしまった私はようやく納得出来た。
「ああ、身長」
確かに背の高さは、おチビッ子クラブの新メンバーに招かれる程度には千夏ちゃんも低いので、そういう意味では私に似ているかもしれない。
私がなるほどと頷いていると、ユミリンは呆れたような口ぶりで「それで良いわ」と言い出して、なんだかもやっとすることになった。
お姉ちゃんから演劇部について、活動時間や内容などを教えて貰っていると、遠くから私たちに呼びかける声が聞こえてきた。
視線を向ければ、声の主は、予想通り家に一端戻っていた千夏ちゃんである。
千夏ちゃんに「おかえりなさーい」と、軽く手を振ってみた。
すると、真っ直ぐに私の目の前までやってきた千夏ちゃんは私の手を取って「ただいま!」と嬉しそうに微笑む。
素直に可愛いと思ってしまう反応に、見蕩れてしまいそうになった私は、慌てて意識を別のところに向けようと視線を巡らせて気が付いた。
「あ、あの、千夏ちゃん、荷物、スゴくない?」
近づいてくるまでははっきりとはわからなかったけど、千夏ちゃんが背負うリュックサックはとても大きいものだったのである。
それこそ、私や千夏ちゃんなら入り込めそうなくらいのサイズがあった。
「あー、これねー折角勉強を教えて貰えるならと思って、一通り持ってきたし、あと、部長先輩が泊まっても良いみたいに言ってくれたから、一応お泊まりセットも入っているんだ」
もの凄く弾んだ声で言う千夏ちゃんに、何故かユミリンが食ってかかる。
「あら、チー坊、家に初めて誘って貰ったその日に泊まろうなんて厚かましいんじゃないの?」
「え、ちょ……ユミリン?」
何故そんな喧嘩になりそうな言い方をするのかと思って止めようと思ったのだけど、千夏ちゃんは言われて旬としてしまうタイプではなかった。
「もちろん、厚かましいとは思うけど、好意を無下にするのも良いことではないわ。凛花ちゃん飛ぶ蝶先輩のお母様に、帰れって言われれば帰る覚悟だし」
そこで一拍置いてから「ただ、ユミリンさんに、とやかく言われることじゃないと思うのだけど?」と上目遣いでユミリンを見上げながら、千夏ちゃんははっきりと言い切る。
そのまま千夏ちゃんとユミリンは、バチバチと火花が飛び散りそうな視線をぶつけ合った。
「はいはい、なかよしなのは良いけど、凛花がビックリしてるからそこまでよー」
私が二人がどうなるのか先行きが読めずにドキドキしていると、お姉ちゃんがそう言って割って入ってきてくれた。
思わず「お姉ちゃん」と声を上げると、こちらに振り返ったお姉ちゃんは笑顔で「大丈夫、心配しないで」と言う。
改めて二人に向き直ると、お姉ちゃんは「ユミリン、千夏ちゃん、仲良くしてくれるわね?」と声を掛けた。
後ろで見ているだけの私も思わずゾクッとするような気配がした後、千夏ちゃんが「もちろんです、部長先輩!」と明るく返す。
一方、ユミリンはどうだろうとその表情を窺おうとしたところで、また、あの世界の全てが停止する現象が起こった。
とくに千夏ちゃんはツインテールなのもあって、髪が跳ねた状態で不自然に動きを止めているので、まず間違いない。
私は落ち着く為に深呼吸をしようとしたのだけど、私の身体自体は制止した時間の中にあるようで、動かすことが出来なかった。
意識があるのに動けないという状況は、とにかく恐ろしく、その事実を認識しただけで、焦りがものスゴい勢いで量を増していき、自由に体を動かせていたら過呼吸になっていただろう危険無っ精神状態に追い込まれる。
思わず、悲鳴を上げそうになったところで、リンリン様の『主様!』と私を呼ぶ声が聞こえたことで、踏み止まることが出来た。




