お姉様
『主様!』
『り、リンリン様!?』
求めていた声に、頭の中を黒く塗りつぶしていたモヤが一気に消え去った。
ともかく、事情を説明しようと思ったタイミングで、ユミリンが「凛花ちゃんは可愛いから、ちゃんと自分の身の安全を考えなきゃ駄目よ」と言う。
その表情は、直前の無表情から、色気を感じる深みのある笑みに変わっていた。
なんだか、触れてはいけないものに触れているような危機感と不安感が混じった嫌な気配に、私は声を上擦らせながらも、どうにか「ユミ、リン?」と声を掛ける。
すると、今度はいつも通りの明るい顔で「なに? リンリン?」と瞬きと共に聞き返された。
普段通りのユミリンに安心したものの、何か続ける話が合ったわけでは無いので、そこで詰まってしまう。
対してユミリンは私を指さしながら「皆が心配してるんだから、それだけ自覚が足りないって事じゃない?」と言い切った。
その言葉に、お姉ちゃんや千夏ちゃん、史ちゃんに加代ちゃんからも同意する声が上がる。
私は状況のめまぐるしい変化に混乱気味ではあったものの、どうにか「気をつけます」と声に出して論争に無理矢理決着を付けた。
『また……ということじゃな?』
帰路を皆で歩きながら、頭の中で尋ねて来たリンリン様に『うん』と返した。
『切っ掛けはわからないけど、でも、最初とはちょっと違ったから、後で相談させて』
『うむ。今は他の者達も折る市の、主様はそちらに意識を向けた方が良かろう』
私の考えを理解した上で、そう言ってくれるリンリン様に感謝しつつ、私は未だ体感としては二日目の通学路を歩く。
初日のように、目にしただけで違いに戸惑うことはなかったけど、新たに千夏ちゃんというメンバーが加わったことで、新たな発見というか、情報が齎されることになった。
私の場合は元々この世界にいて、この地域で育ってきたということになっているけど、千夏ちゃんは中学の進学と共に引っ越してきたばかりということで、お姉ちゃんが中心になって周囲のお店の説明などをし始めてくれたのである。
更に今歩いているあたりは自分たちの出身小学校の学区だったということで、地元民の史ちゃんと加代ちゃんも積極的に情報提供に参加してくれた。
話を聞く度に興奮気味に頷く千夏ちゃんを微笑ましく思いながら、お姉ちゃんからの思い出混じりに振られる話にドギマギしながら曖昧に頷く。
焦らさせられる場面はいくつかあったものの、地域に関する情報をかなりアップデートできたのは嬉しかった。
次の日曜日に、話題に出たお店を皆で巡ることにもなったので、更に情報は追加できると思う。
ちなみに、この時代はまだ週休二日制について議論されている段階で、全国でも土曜休みを月一回試すモデル校がいくつか出てきた段階なので、半日とはいえ、生徒であっても、学校は休みではなかった。
「それじゃあ、凛花様、千夏ちゃん、ユミちゃん、あと、部長……先輩……」
別れの挨拶に入ったものの、途中で、史ちゃんはお姉ちゃんの呼び方で詰まってしまった。
お姉ちゃんは苦笑しながらも「急に部長って呼ばなくても大丈夫よ……それこそ凛花様のお姉ちゃんでも良いわ」と冗談めかして言う。
「じゃ、じゃあ、凛花様のお姉様」
目をキラキラさせながら言う史ちゃんに、お姉ちゃんは一瞬固まってから「うーん」と唸りだした。
そして、私を見て「ねえ、凛花」と声を掛けてくる。
「何、お姉ちゃん?」
私が反応を見せると、お姉ちゃんはすぐに「私をお姉様って呼んでみて」と言い出した。
「は!? な、なんで?」
思わず動揺してしまった私に、お姉ちゃんは平然と「史ちゃんに『凛花様のお姉様』と呼ばれて、ふと妹である凛花に『お姉様』って呼ばれるのはどんな気分なのかしらと興味を持ったの」と言う。
流れは理解できたけど、私の中では『何故そうなった!?』という驚きが大きかった。
けど、何故かお姉ちゃんだけでなく、史ちゃん、加代ちゃん、千夏ちゃんと興味津々と言った表情で私を見ている。
逃げの一手が打てそうにないと諦めた私は、一度やってしまえば問題ないだろうと覚悟を決めた。
「……」
無駄に緊張で呼吸がし難くなる。
それでも無理矢理息を吸って吐いてを繰り返してから気持を決めてお姉ちゃんを見た。
「お、お姉様……」
出だしで躓いたものの、どうにか言い終える。
が、呼びかけたお姉ちゃんも、周りの皆も反応を示してくれなかった。
また時間が止まったのかと思ったのだけど、それは即座に『いや、大丈夫じゃ、時間は止まってはおらぬようじゃ』と、すぐにリンリン様が否定してくれる。
出は、何故皆動かないのかと思っていたら、お姉ちゃんが自分の目に手の甲を当てて空を見上げるように顎をグッとあげた。
「お姉……ちゃん?」
謎の行動に思わず呼びかけると、すぐさま手を離し顔をこちらに向けたお姉ちゃんが一瞬で文代って「何を言っているの凛花ちゃん、お姉様でしょう?」と言い出す。
お姉ちゃんの有無を言わせぬ気迫の籠もった顔を前に気圧された私が「お姉様」と言い直すと、鬼気迫る表情が極上の微笑みに変わった。




