ラスト
尾本先輩に続いて、眼鏡のセミロングの先輩も名乗りを上げた。
「わ、わたしは松本すみれです。そ、その、エチュードに参加できなくてごめんなさい」
もの凄く申し訳なさそうに頭を下げる松本先輩に、ユミリンがすかさず「それを言ったら、私も加代ちんもそうなので」とフォローを入れる。
ただ、見学と言うか、体験入部のユミリンの言葉では微妙にフォローにはなら無かった。
「それは流石に……先輩で正式部員の私たちと、仮入部の根元さん達とは状況が……」
顔を少し青ざめながら言う松本先輩の様子に、流石のユミリンも言葉を失ってしまう。
いや、むしろ、踏み込むと逆に追い詰めるかもしれないと考えて、口を噤んだように見えた。
このままだとよくない。
それは間違いないのだけど、下手なフォローは状況を悪化させてしまうと言うのを目にしたばかりなので、私も、ユミリンも他の皆も発言できなくなってしまった。
ここで、空気の淀みを斬り裂くようにお姉ちゃんが「残りの二人も自己紹介をよろしくね」と明るい声で言い放った。
それだけで、張り詰めていた嫌な空気は瓦解する。
素直に尊敬の目を向けると、お姉ちゃんは私と目が合った瞬間に、パッと顔を逸らしてしまった。
また何か変な誤解を生むような表情をしていただろうかと、ペタペタと自分の顔を触ってみたが、特におかしな事は無さそうに思う。
もう、こうなると行動の理由を聞きたくなるところだけど、残る二人の先輩がお互いに顔を見合わせながら、言うか言うまいか迷っている姿が見えたので、後で聞くことにして、今は状況を見守ることにした。
お姉ちゃんやまどか先輩達も同じ考えだったようで、二人が話し出すまで誰も動く気配を見せない。
まあ、それはそれで二人にはプレッシャーなんだろうなとは思うけど、まずは自己紹介を終えないと先に進まないのも事実なので、頑張って貰うしかないなと見詰めていると、二人は見つめ合ったままお互いの手を取りあった。
見つめ合いながら距離をつめる二人は、それはどれで違うお話しが始まりそうな気配が漂い始める。
そんな妙な心配をしていると、二人の先輩は同じタイミングで頷き合った。
「わ、私から、な、名乗ります」
右手を挙げ、左手を繋いだままで、先輩のうちの一人が名乗る。
誰も何も言わないので、私は出しゃばってるかもと思いながらも「はい。お願いします、先輩」と返した。
たいして、後輩である私からの言葉なのに「はいっ!」と良い返事をしてくる。
まどか先輩やユミリンがそんな私を見てニヤニヤqしていたけど、気付かないふりで先輩の自己紹介を待った。
「わ、わたしは、赤井雅子っていいます、二、二年A組です!」
もの凄く緊張しているのであろう赤井先輩は右手を挙げたまま、名乗る。
しっかりと見えているわけじゃないけれど、左手に力がこもったようで手を繋がれたもう一人の先輩が少し表情を強張らせた。
「ひ、姫ちゃん。お友達の皆、よろしくお願いします!」
そう言って赤井先輩は大きく頭を下げたんだけど、この形は良くないと思う。
明らかに私が先輩達よりも目上みたいになってしまっているし、まどか先輩達のニヤニヤもましていた。
本当に嫌な予感しかないけど、赤井先輩は何故か私から視線を外さない。
もしかしなくても、私の反応を窺っているに違いなかった。
まどか先輩やユミリンはともかく、お姉ちゃんや他の先輩、斎藤さんも私を見ている状態なので、選択肢は一つしか無い。
「赤井先輩、林田凛花です。よろしくお願いします」
そう言って私は赤井先輩に右手を差し出した。
理由は単純に赤井先輩の左手が塞がっているからだけど、どちらの手で握手を求めたか新見が無いことを願うしかない。
どこか落ち着かない気持ちで反応を待っていると赤井先輩はホッとした表情で私の手を掴み握手をしてくれた。
一段落を確信して、私は最後の先輩に視線を向ける。
「先輩のお名前もお聞きして良いですか?」
「はっはい、姫さまっ!」
ここで姫扱いを止めておいた方が良いのは間違いないけど、変に口を出すと余計な発展をしそうなので、苦笑で受け流すことにした。
あとで、まどか先輩やユミリンの反応が面倒くさそうで非常に不本意ながら「では、お願いします」と自己紹介を促す。
「エチュードにも参加できず、姫様から求められるまで自分から名乗りもせず申し訳ありませんでした」
結局未だ名前を名乗らない先輩は、チラリと赤井先輩と視線を交わした。
それだけで、意思が伝わったのであろう赤井先輩は小さく頷いてから繋いでいた手を離す。
離された手を観た後で、ジャージのズボンの太もも辺りを掴みながら先輩は「かなでです」と名乗った。
名字なのか、名前なのか判断の付かない名前だけ名乗られてしまったものの、無視は出来ないので「かなで……先輩ですね」と聞き返してみる。
「はい! 三橋かなでです! 姫様!」
嬉しそうな顔で言う三橋……かなで先輩は、きっとかなで先輩呼びじゃないと許してくれなさそうだと私の直感が訴えていた。




