握手
「本当ですか、部長!」
嬉しそうに斎藤さんがお姉ちゃんに小首を傾げて微笑みかけた。
所作の一つ一つが、完璧に可愛い。
「他の人の演じるキャラと完全に線引きも出来ていたし、一瞬でどういう子かわかるのも上手いし、何より深雪ちゃんとのやりとりが、とても自然だったわ」
お姉ちゃんの評価を聞いた斎藤さんは、話に出た寺山先輩に向かって「みゆみゆ、私たちのやりとり自然だったってー」とニカッと笑いかけた。
対する寺山先輩は少し渋い顔をして「ちー。部活では先輩後輩なんだから、けじめ付けないとだよ?」と返してから、私たちの方に視線を向ける。
「特に今日はお客さんもいるしね」
私はたった一言『お客さん』だけに響きの固さを感じて、寺山先輩には歓迎されて無いんじゃ無いかと感じてしまった。
確かに、筋トレでも特別扱いだったし、面白く思われて無くても仕方が無い。
そう思っていると「ちぇいっ!」と珍妙な声の後、寺山先輩の後頭部が菅原先輩によって叩かれた。
「いたっ!!」
頭を押さえながら数歩前によろけたところからして、寺山先輩に放たれた一撃はかなり強かったらしい。
「なにするの、かずちゃん!」
唇を尖らせて、不満を口にする寺山先輩は、直前に斎藤さんになんと言っていたのか忘れていおるかのようだ砕けた口ぶりで、菅原先輩に抗議した。
「みゆは築いてないようだから、教えてあげるけど、アチラにおわす姫が、アンタの『お客さん』手発言に身体を強張らせてたのよ。完全に歓迎していないと思われたわね、あれは」
姫呼ばわりよりも、ズバリと見抜かれていたことに、驚かされてしまった私は、口を紡いで目を瞬かせる。
そんな私よりも先に、抗議のために菅原先輩を見ていた寺山先輩が、もの凄い勢いで私の方に振り返った。
「ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち」
目の前で同じ音だけを繰り返す寺山先輩の奇妙な動きに、思わず「え? ち?」と思ったままを声にしてしまう。
そのせいか、より強い混乱状態に陥ったらしい寺山先輩は、両手をあわわと四方八方に不規則に動かすという奇行を見せ始めた。
斎藤さんの「おちつけ、みゆみゆ」の言葉と供に容赦の無い一撃を脇腹に放たれた寺山先輩が頭と足をその場に残して、胴が奥にズレ『く』の字を描く。
明らかにおかしな状態になっているのに、動きを止めた寺山先輩の顔には、逆に我に返ったような表情が浮かんだ。
「ありがとう、ちー。私は冷静になった」
くの字のままで言う姿はかなりシュールだったけど、本人的にはまともになったと思っているらしい。
スッと真っ直ぐに姿勢を戻してから「違いますよ。姫。お客さんと言ったのは、今日、来てくれた人たちに楽しんで貰うために、おもてなしを心掛けなきゃと思っていたから出た言葉で、姫達と壁を作りたいからではありません」と真っ直ぐな目で訴えられた。
まるで心の底まで覗かれそうな曇りのない真っ直ぐとした視線に、私は大きく動揺しながらも「だ、大丈夫です。理解しました」と、どうにか答えることに成功する。
そんな私に寺山先輩は「そうですか、ホッとしました」と柔らかい表情を見せた。
「ごめんね、姫、みゆみゆはスイッチが入ってないと、かなりポンコツなんだよ」
急に斎藤さんにそう話しかけられて、私は慌てて首を左右に振る。
「え、あ、そんなこと無いと思います!」
私の答えに「ならよかった」と笑みを浮かべた斎藤さんは「あ、改めてC組の斎藤千夏です。同じ学年だし、来年は同じクラスかもしれないから、仲良くしてね、姫」と笑顔を見せてくれた。
私がどうにかぶっきらぼうになりながらも「あ、はい」と返すと、斎藤さんの目線は私の腕に絡みついている史ちゃんに向かう。
「史ちゃん……で、いいかな?」
「い、いいです……けど?」
「じゃあ、史ちゃんもよろしくね」
斎藤さんはそう言うと、史ちゃんには手を差し出した。
史ちゃんはいぶかしげな表情で斎藤さんを見ながらも、差し出された手を握って二人は握手を交わす。
そんな手を繋ぎ合ったところで、史ちゃんが低めの声で「なんで私にだけ握手を求めたんですか?」と尋ねた。
私もそこは気になるところなので、澄まし顔をしながら聞き逃すまいと耳をそばだたせる。
すると、斎藤さんは笑顔のまま「メイドの史ちゃん」と史ちゃんに声を掛ける。
変わらずいぶかしげな目を向けながら、史ちゃんは「なんですか?」と返した。
「私、多少は西洋のマナーに詳しいの。同等の相手になら問題なくても、目上の方に、目下の者が握手を求めるのは失礼なこと位承知しているのよ」
悪戯っぽく言う斎藤さんに、史ちゃんは目を瞬かせてから「斎藤さん」と熱の籠もった気尾で呼びかける。
斎藤さんは笑みを浮かべたまま「あら、私は史ちゃんって呼んでいるのだから、千夏で良いわよ」と切り返した。
「で、では、千夏ちゃん」
「はい」
「こちらは、私の崇拝する女神、凛花さまです」
急に私の紹介を始めた史ちゃんに戸惑っていると、斎藤さんが「お目にかかれて光栄でスリンかさま。私は斎藤千夏。千夏とお呼びください」と頭を下げる。
また、エチュードが始まってしまったのかと心の中では恐れおののきながら、私から握手をして貰えるように手を差し出しながら「林田凛花です。よろしくお願いします」と名乗った。




