星座の騎士
「じゃあ、最初は私が行こう。折角だから、皆も好きな星座モチーフのあの人気作品をモチーフに行こうかな」
まどか先輩はそう言ってニヤリと笑った。
直後緊張の表情で身構えていた演劇部の面々に、ざわめきが起こる。
「では……」
まどか先輩はそう言って一歩踏み出すと、私の手を取って皆で作った輪の中心に連れてきた。
完全に動揺してしまっている私の前に、片膝をついて頭を下げるまどか先輩は、まるで西洋の騎士のような振る舞いを見せる。
元々堂々とした立ち振る舞いをする人ではあったけど、今はその自信が実力の裏付けであるかのように気高い雰囲気へと昇華されていた。
「幼き我らが女神よ」
急に低めの格好いい声で話し始めたまどか先輩の発した『女神』という言葉に、脊髄反射で「め、めがみ!?」と声を裏返してしまう。
けど、まどか先輩は既に演技、物語の世界に入り込んでいるからだろうか、柔らかな笑みを浮かべた。
思わず見蕩れてしまいそうな表情に目を奪われていると、まどか先輩は上目遣いで私を見ながら「驚かれるのは無理もありません。貴女は今まで人として生きてこられたのですからね」と言う。
今、まどか先輩の始めた物語の世界では、私は人として生きてきた女神らしいことはわかった。
けど、求められている演技がわからない。
とはいえ、ここは私が返さないといけないと思い、どうにか「そ、そうなの……ですか?」と当たり障りのない返しをしてみた。
ここでまどか先輩の返しが入る前に、新たな人物としてお姉ちゃんが参加してくる。
「待て、まどかよ。我らのことを知ってもらうのが先ではないか?」
まどか先輩と比べても遜色の無い西洋の騎士のような格好いい振る舞いで、お姉ちゃんは私の前に立った。
自分の横に跪くまどか先輩に習い、お姉ちゃんも同じように片膝をついた。
お姉ちゃんはまどか先輩をみながら「女神も何も知らされずに傅かれては、戸惑われてしまうだけだ」と目を細める。
「確かにそれはそうだな。私としたことが焦っていたようだ。礼を言うぞ、良枝」
「なに、我も珍しいものを見られたのだ。気にするな」
フッと笑うお姉ちゃんの格好良さに、私は思わず拍手を贈りたくなったのだけど、今、自分が巻き込まれたとはいえ、二人の騎士を傅かせる女神なのを思い出して踏み止まった。
とはいえ、何かアクションを起こせるわけでもなく、黙っていることしか出来ない。
そんな私に代わって、まどか先輩が動いてくれた。
「我らが女神よ。名乗ることをお許しいただけますか?」
ジッと私を見て問うてくるまどか先輩に「はい、お願いします」とコクコクと繰り返し頷く。
「では」
くるりと回転しながら立ち上がると、まどか先輩は左手を胸に当て、大きく右腕を横に開きながら「私は射手座の騎士、天野まどか。黄道の星座騎士の中で三つ星を与えられております」と名乗った。
まどか先輩の名乗りに、気圧されながらも、私は「射手座の騎士……天野まどか……ですね」とどうにか切り返す。
「その通りです、我らが女神よ。まどかとお呼びください」
「は、はい」
完全にまどか先輩のペースに飲まれてしまいながらも、どうにか頷くことだけはできた。
ここで、お姉ちゃんが動く。
まどか先輩の様な派手な動きは見せず、静かにその場で立ち上がったお姉ちゃんは、縦の動きしか見せないことでその洗練さを際立たせていた。
思わずスゴイと思っている間にもお姉ちゃんの演技は続く。
「我はまどかと同じく三つ星を与えられた双子座の騎士。林田良枝と申します」
まどか先輩とは逆に右手を胸に当て、左手を後ろ手に腰に当てたお姉ちゃんは静かに頭を下げた。
お姉ちゃんの下げられた頭を見ながら、次は私のアクションの版だというのはわかるのだけど、どうすればいいのかが思い浮かばない。
女神と星座に係わる岸が出てくる世界観はなんとなくわかったのだけど、肝心な女神の動きが思い浮かばないのだ。
アクションに困っていると、二年生の先輩の一人が声を上げる。
「先駆けはズルイですぞ、お二方!」
立ってみていたときとは大人しく見えた先輩は、セリフと共に登場した瞬間、まるで別人のような豪快な人物という印象を抱かせる所作でお姉ちゃんとまどか先輩の後ろに立った。
「数百年ぶりの女神の降臨に立ち会えて、この金森はじめ、感無量ですぞ!」
豪快な動きで左手の握りこぶしを右手の平で包む、古代中国の武人のような礼を見せた二年生の先輩は金森はじめというらしい。
更に女神の降臨は数百年ぶりということも付け加えられた……ということだと思う……多分、設定は既に決まってるわけじゃなくて、こうして増やされていくんじゃないかと理解した。
「星座騎士としては未だ二つ星ですが、牡牛座の騎士を拝命しております。はじめとお呼びくだされ!」
まどか先輩達の三つ星に対して、はじめ先輩が二つ星なことから、学年を示しているんだと気付いた私は、心の中でなるほどと手を打つ。
参加するメンバーが他の人のセリフから、設定を読み解きながら、自分の演技を重ね、世界観が定まっていくエチュードに、怖さと面白さを感じながら、私は「はじめですね。よろしくお願いします」と頷いた。




