体験開始
「大丈夫なの凛花?」
もの凄く心配そうな顔で声を掛けてきたお姉ちゃんに、私は「大丈夫だよ。もし、調子が悪くなったら途中で抜けさせて貰うし」と返した。
一応演劇部は文化部に分類されているけど、舞台で演じるにはやはり肺活量やそこそこの身体能力が必要なので、筋トレや走り込みが日常メニューに組み込まれている。
そんなわけで、早速、ランニングに参加することになったのだけど、この後、他の部活の人との打ち合わせがあるので、ジャージからセーラー服に着替え直しているお姉ちゃんはランニングには参加しない予定だったので、心配性を発症してしまったのだ。
コースとしては、学校の外を走るわけではなく、校舎の周りを周回するので、いざとなれば保健室にも駆け込めるし、本当に危ないならまどか先輩が運んでくれるというので不安はない。
とはいえ、それは私が自分の体調が悪いわけではない事を知っているからで、意識を失ったとか、一日で二回も保健室にお世話になったという情報しか知らないお姉ちゃんからしたら、不安要素が大きいのだ。
私だって、お姉ちゃん視線の情報しかなかったら、心配したと思う。
けど、残念ながらこの世界にはリンリン様もオリジンもいないので、データで万全を示すのは難しいし、大丈夫だと主張するしか手がなかった。
「私たちもついて行くので、安心してください、お姉様!」
私と同じくジャージ姿となった史ちゃんが、お姉ちゃんに向かって力強くそう言ってくれる。
同じく着替え終えていた加代ちゃんも「私もちゃんと見てます!」と同調してくれた。
皆の言葉を聞いたお姉ちゃんは、突如、セーラー服からスカーフを引き抜く。
「え?」
そのままセーラー服の上衣を脱ぐと、自分の鞄から取り出した体育用の上衣に袖を通した。
「お姉ちゃん?」
私の疑問の声に、お姉ちゃんは「簡単なことだったわ。私も一緒に走れば良いのよ!」とブルマにジャージのズボンを履くと、さっさとスカートを脱いで着替え終えてしまう。
「それじゃあ、行きましょう、凛花!」
笑顔でそう言ってきたお姉ちゃんに「あの……他の部活との打ち合わせがあるって言ってませんでした?」と聞いてみた。
すると、お姉ちゃんはスッとわかりやすく視線を逸らし「大丈夫、凛花の方が大事だもの」と若干震えた声で言う。
明らかに動揺しているのがわかるお姉ちゃんの様子に掛ける言葉が見つからずにいると、春日先輩は「部長、話は私がしておきますから、代わりに仮入部の子達の監督をお願いします」とサラリと声を掛けてきた。
お姉ちゃんはわかりやすく表情を明るくして「ありがとう、小夜子! お言葉に甘えるわ!」と嬉しそうに声を弾ませる。
春日先輩は満面の笑顔で「はい。仮入部の子達の『仮』が撮れるよう頑張ってきてください」と頷いた。
まどか先輩、お姉ちゃんと私の他に、ランニングに参加するのは、史ちゃんに加代ちゃん、そしてユミリンの三人だ。
茜ちゃん、沙織さん、委員長の方は他の部活との連携だとか、美術や小道具、撮影のノウハウとかの話がしたいということで参加しない。
委員長は文化祭での連携を勝ち取ると、情熱を燃やしていたし、茜ちゃんは合宿の時に完璧にフォローしておもてなしをしたいと行ってくれた。
沙織さんは家に有り余っている撮影機材の使い方を覚えるとともに使いこなしてお父さんの助けになりたいと言っている。
皆が流れで参加しているだけじゃなく、目標を持ってくれているのがなんだか嬉しかった。
ちなみに、私たちはランニングや筋トレをした後で、発声練習などをしてから、簡単な寸劇をしてみる予定になっている。
もちろん最終下校時間が決まっているので、全部をこなせるかはわからないけど、可能な範囲でやってみようということに決まった。
「皆、調子はどうかな?」
まどか先輩が声を掛けたのは、既にランニングを終えた演劇部の面々だった。
本来はこれを率いてまどか先輩と春日先輩も走り終えているところだったんだけど、私たちが参加すると言うことを知っていたので、遅らせてくれたらしい。
「まどか先輩と……部長!?」
声を掛けられた演劇部員の子が一緒にやってきたのが、春日先輩じゃなく、お姉ちゃんだったことに驚いたみたいだ。
お姉ちゃんは「副部長に代わって貰ったの……ほら、妹は身体が強くはないから、身内がいた方が何かあったときに良いかと思って」と説明しながら、私の肩に両手を乗せる。
私はそれが合図だと察して、頭を下げた。
「部長の林田良枝の妹で、一年F組の林田凛花です。皆さんよろしくお願いします」
頭を上げながら、私は横にいた史ちゃんたちに視線を向ける。
すると、史ちゃん、加代ちゃん、ユミリンの順番で、自己紹介をして皆が頭を下げたところで拍手が起きた。
どうやら歓迎してくれてるみたいでホッとしたところで、部員の人たちから自己紹介をされる前に、パンパンと手を叩きながら、まどか先輩が「自己紹介は後でね」とストップを掛けられてしまう。
「えー」
不満の声が上がったけど、まどか先輩は気にした様子も見せずに「軽くメニューを熟して、寸劇までやって貰う予定だから、その時にまとめて挨拶してよ」と手を合わせた。
まどか先輩のキャラクター故か、いつもこんな感じなのか、他の部員さん達からは仕方が無いなーという空気が流れる。
その様子を目にしたまどか先輩は「今日は体験だからかなりメニューを減らすから、少し待ってて! んじゃあ、軽く走ろう」と言って、先陣を切った。




