移籍
まどか先輩が演劇部所属なのは、もの凄く納得出来てしまった。
いろいろ芝居がかっていたのもそうだし、すぐにキャラに入り込めるのにも才能を感じる。
私も一応潜入作戦のための経験は積んでいるけど、素の性格のせいか、まどか先輩の様に状況に応じてコロコロとキャラを切り替えられる自信は全くなかった。
そんな事を考えている私を見て、まどか先輩は何を考えたのか、不意に「なんだい? 姫も演劇部に入部するかい?」と首を傾げる。
「えっ……」
思いもしなかった勧誘に、正直、ちょっとだけ気持ちが惹かれた。
元の世界に戻ってからも活かせるかも知れないとか、お世話になるまどか先輩に何か恩返しをしたいとか、一瞬でいろんな言葉が頭を巡ったけど、それらはただの言い訳で、私の真ん中にあるのは、まどか先輩と同じ部活は面白そうだという純然たる好奇心でしかない。
ただ、お百合の話で私は元の世界と同じく『剣道部』に所属していたはずだ。
この世界の私の意思をねじ曲げるわけにもいかないというのもある。
私が考えているのを見たお姉ちゃんは「まどかがいるから、あんまり賛成したくはないんだけど……正直、剣道部より演劇部には言って欲しいわ」と言った。
これにまどか先輩がいち早く反応する。
「私も、ここは良枝の意見に賛成だ! 姫が自分の身を守れる護身術を会得しようとしているのかもしれないけど、姫を守る栄誉はこの私に与えて欲しい限りだ!」
良い笑顔で言うまどか先輩に、私の気持ちは大きく揺らいだ。
そもそも私が何の迷いもなく『剣道部』を選んだのは、東雲先輩が所属していたからで、この世界に先輩はいない。
この世界の私に申し訳ない気持ちもあるけど、まどか先輩やお姉ちゃんの後押しもあるし、何より元の世界とは違う部活に入ってみたいと思ってしまった。
自分の部活動に関する状況の把握がちゃんと出来てないので、単純に思ったことを、いつの間にか私は声に出していた。
「どうしたら、いいのかな?」
その呟きに、まどか先輩が「おや、もしかして、演劇部に入ってくれるのかな?」とワクワクした表情で聞いてくる。
私は軽く頷きながら「でも、剣道部の先生にも話をしないと……」と口にすると、ユミリンが「じゃあ、綾ちゃん先生に聞いてみよう。担任だし良い方法を教えてくれるって!」と軽い口調で言ってくれた。
更に委員長が「放課後に話を聞きに行ったときに一緒に聞いてみましょう」と提案してくれる。
ここに史ちゃんが手を挙げながら「はい。凛花さまが入部されるなら、私も演劇部に入ってみたいです!」と口にした。
「剣道部は私には無理そうだけど、演劇部なら入れそうだし……」
史ちゃんは言いながら私を見る。
「うん。一緒にやれたら良いね」
私が史ちゃんにそう言って頷くと、今度は加代ちゃんが遠慮がちに「私も……」と手を挙げた。
「はっはっはっはっは。いいぞ、いいぞ、ねぇ、良枝部長?」
「まあ、一年生は未だ仮入部少なかったしね」
参加者の増加に上機嫌になるまどか先輩とお姉ちゃんの会話で、今更ながらお姉ちゃんの所属を知る。
お姉ちゃんが演劇部の方が良いと言った裏側に、自分が所属しているというのがあったからかもしれないし、もしかすると、この世界の私が剣道部を選んだのは、お姉ちゃんと同じ部活というのに抵抗があったかもしれないと思った。
そうなると、演劇部に入るのはこの世界の私の意思にそぐわないかもしれない。
ただ、それらはあくまで想像でしかないし、確認する術もないので、もしも私の予測が当たってしまっていたらその時は申し訳ないと思うしかないなと、勝手に結論付けた。
「それじゃあ、その……綾川先生と相談してから、問題ないようなら、お世話になります」
私はそう言ってまどか先輩とお姉ちゃんを見た。
それから「よろしくお願いします、まどか先輩」と頭を下げてから、お姉ちゃんへ視線を向ける。
少し息を吸ってから笑顔を浮かべて「お願いします、良枝部長」と言ってみた。
これまでの私も、多分この世界の私も言ったことが無いであろう呼び方に、お姉ちゃんはピタッと動きを止める。
「あれ、お姉ちゃん?」
反応のなくなったお姉ちゃんの顔の前で手を振ってみたけど、動きは見られなかった。
「大丈夫、お姉ちゃん、保健室行く?」
顔をのぞき込むように、下からお姉ちゃんを見上げたところで、私の身体はそのお姉ちゃんの腕に抱きしめられる。
「え!?」
驚きで声が漏れた私を抱き寄せながら、お姉ちゃんは「まどか、大変、私の妹がもの凄く可愛いわ!」と言い出した。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?」
史ちゃんやまどか先輩に言われるのとは違うお姉ちゃんの『可愛い』の響きに身体がもの凄く熱くなる。
「大丈夫、この良枝部長に任せておいて! 移籍を邪魔するヤツは先生でも滅ぼすわ!」
過激なことを言い出したお姉ちゃんにビックリした私は「落ち着いて、お姉ちゃん! なんかとんでもないこと口走ってるよ!?」と訴えるが、頬ずりをするだけで止まる気配は無かった。
ここで、まどか先輩が「お姉ちゃんじゃ、反応しないかもね」と苦笑する。
その言葉にヒントを貰った私は「落ち着いてください、良枝部長!」と声を張った。




