ミヤちゃん先生
ミヤちゃん先生はかなり小柄な若い女性の先生だった。
私とおな……クラスの背の低い子と変わらないくらいなので、教材を運ぶのも大変そうに見える。
分厚い国語辞典に漢和辞典、私たちの持っているよりも大判の恐らく指導要領が書かれている教員向けの教科書、それに紐で括られた黒い表紙の紙の束を持っていた。
トコトコと可愛らしい足取りで教卓まで移動すると、ヨイショという声が聞こえてきそうなこれまた可愛らしい所作で、教壇の天板の上に荷物を置く。
ユミリンがミヤちゃん先生をお気に入りなのがよくわかる動きだった。
教材を置いたミヤちゃん先生は、教壇の横に少しスライドすると「国語の授業を始めます」と身体に合った可愛らしい声で宣言する。
教壇から横にずれたことでしっかりと全身を確認できたミヤちゃん先生は、スカートタイプのスーツ姿だった。
クリーム色のフレアスカートに、同色の襟付きの女性用のスーツ、ブラウスは角襟で硬そうに見えるけど、ふわふわの白いリボンが付いていて、素直に可愛いと思う。
先生というよりは、制服系衣装のアイドルのようで、ユミリンの絶賛も頷けた。
「それじゃあ、出席を取ります~」
ミヤちゃん先生は教材の山の中から、紐で括られた黒い表紙の紙束を取り出した。
どうやら、出席簿らしく、名前を呼んでは何か書き込んでいる。
次々と名前が呼ばれ、呼ばれた子が「はい」と答えていく中で、今の席順が出席番号順になっていることに気が付いた。
全員席に座ってるから『欠席無しね!』とはせずに、ちゃんと名前を呼んでいくのは、ミヤちゃん先生が真面目なのか、この時代のルールなのか考えていると、私の隣の席の男子、渡辺君が返事をする番になる。
ここまでずっと男子の名前が呼ばれ続けていて、その渡辺君の次に呼ばれたのは、窓側から二列目の一番前の席に座っている女子の阿川さんだった。
席もそうだけど、出席簿も男女別なんだなと思いながら、クラスの座席表と名前を頭に叩き込む。
順調に出席は進み、ユミリンの番となった。
「根元由美子さん」
「はい!」
元気の良いユミリンの返事を聞きながら、ようやくフルネームを知る。
そして、すぐに私の番になった。
「林田凛花さん」
私が「はい」と返事をすると、ミヤちゃん先生は出席簿から顔を上げて、こっちに視線を向けてくる。
内心で、どうしたんだろうと思いながらも、動揺が態度に出ないように意識して表情を保っていると、ミヤちゃん先生から「林田さん。午前中に保健室に行っていたみたいですが、体調は大丈夫ですか?」という心配の声を掛けて貰った。
「はい。今は大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
クラスの何人かの目が私の方に向いているのもあって、ボロを出さないように気をつけながら頭を下げて感謝を伝える。
顔を上げると、ホッとした表情を浮かべたミヤちゃん先生が「それは良かったです』と言ってくれた。
その上で「もしも、調子が悪くなったら、ちゃんと言ってくださいね」と言ってもくれたので、私は「はい」と返す。
頷いたミヤちゃん先生は、教材の山の中から四角い箱を取りだして、パカッと開いた。
そこには根元に紙らしきものが巻かれたチョークが入っていて、取り出した白の一本を取り出すと「授業を始めます」と宣言してから、題材となる物語のタイトルを黒板に書き始める。
私も遅れないように開いたノートに、ミヤちゃん先生と同じように物語のタイトルを書き込んだ。
ミヤちゃん先生が授業の終わりを宣言したことで、教室の空気が一気に緩んだ。
授業中は静かだった教室のあちこちから談笑の声が上がる。
列が男女別なので、前後の子達が話し出して、そこに仲の良い子が参加するという感じで話の輪がそこかしこに出来ていた。
私は、そんな中で教材をまとめているミヤちゃん先生に歩み寄る。
話しかけようとして、ミヤちゃんというあだ名しか知らないことに思い至った私は、咄嗟に人見知りな子をイメージして「先生」と小さめな声で声を掛けた。
「どうしました、林田さん?」
首を傾げる仕草も可愛いミヤちゃん先生に、私は「あの、教材運ぶの大変そうなので、手伝います!」と伝える。
すると、ミヤちゃん先生は苦笑を浮かべて「ありがとう……でも、これでも先生、力持ちなんだけどなぁ」と返してきた。
更に「それに、林田さんは、体調崩したばかりでしょ? 先生よりも、自分の心配をしなきゃダメですよ」と優しい口調で言い加える。
すると、私の横からひょっこりと顔を出したユミリンが「じゃあ、私、私が運ぶよ!」と名乗り出てきた。
「根元さん!?」
いきなりの元気な声だったので、ミヤちゃん先生は驚いたのか、目を大きく瞬かせる。
「私も、リンリンもミヤちゃん先生のお手伝いがしたいんです。ダメですか?」
由美ちゃんの問い掛けに、ミヤちゃん先生は私に視線を向けながら「リンリン?」と小首を傾げた。
私が自分のことだと言い淀んでいる間に、ユミリンが「ほら、林田の林って、リンって読むじゃ無いですか、で、名前の凛とくっ付けて、リンリンなんです!」となんだか自慢げに言う。
謎が解けたからか、ミヤちゃん先生は「なるほどぉ」と頷いてから、ハッとした表情を浮かべた。
どうしたんだろうと思っていると、ユミリンに視線を向けてから「先生は友達ではないので、ちゃんと大野先生と呼んでください」と言う。
どうやら、ミヤちゃん先生の名字は大野で、ミヤちゃんは名前の方からだったらしい……と思ったのだけど、ユミリンの場合そうとも言い切れない可能性があることに気付いた。
ともかく様子を見守るしかないと考えたところで、ユミリンが「でも、大野先生って、お爺ちゃん先生もいるし」と口を尖らせる。
対して、ミヤちゃん先生は苦笑を浮かべて「それじゃあ、せめて美弥子先生って呼んでください」と諭すように言った。