勉強合宿終了
皆で通して神楽を舞うのは学校で既に何回かやってきた練習だったけど、場所と観客が変わると、印象というか、感じるものが違っていた。
身に纏うのはそれぞれ私服なのも、普段のセーラー服や体操服での練習と違っていて、どこか新鮮に感じる。
真剣に様子を見学してくれている茜ちゃん家族の眼差しの齎す影響も大きかった。
茜ちゃんの両親はとてもやっしい目を向けてくれているし、お爺さんはそれに加えてどこか昔を懐かしむような目をしている。
自分たちの神楽舞いが、なんだか、茜ちゃんの家族の心に届いたようで、純粋に嬉しかった。
「すごいじゃない。もう完璧なんじゃ無いの?」
茜ちゃんのお母さんが拍手をしながら、そう感想を言ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、そのタイミングでも拍手をしてくれる。
ただ、実は未だ完成にはステップがあるので、私はその事を伝えることにした。
「今は私の舞いを皆が踊ってくれているのですが、三つのアレンジを入れるんです。なので、未だ完成にはいくつかステップがあるんです」
私の話を聞いて「茜ちゃん」とお母さんに名前を呼ばれた茜ちゃんは「なぁに?」と首を傾げる。
「凛花ちゃんって、真面目さんなのね」
「うん~一番~真面目だとぉ思う~~」
「あら、美保ちゃんよりも?」
「よりもだねぇ」
さすが親子と言うべきか、ポンポンと小気味よく二人の会話は進んで行った。
「それじゃあ、相当ね」
「そりゃあ、相当だよぉ~」
茜ちゃん親子の視線が私に向かう。
内容があるようでなさそうな言葉に、どう対処しようかと困惑していると、委員長が「はいはい、二人とも、凛花ちゃんを追い詰めないで、二人が言ってる通りとっても真面目で、千歳なんだから」と言って間に入ってくれた。
更に文ちゃんは無言で私の前で両手を広げて通せんぼでもするかのように庇ってくれている。
それを見て、即座に茜ちゃんのお母さんは「やだ、ごめんなさい。困らせるつもりはなかったのよ。確かにまじめな子じゃ、答えに困っちゃうかもしれないわね。この通りよ」といって頭を下げた。
「だ、大丈夫です、私は、その、言葉に詰まってしまっただけで、不快に思ったりはいsていません!」
そう伝えると、茜ちゃんのお母さんはゆっくりと頭を上げる。
空気が少し不穏になりそうな気配を孕んだところで、茜ちゃんのお爺さんが「いや――よかった、すごくきれいだった」と拍手をし始め流れを断ってくれた。
その上で「昔、子供のころ見た神楽舞いを思い出したわい」と丸めた頭を撫でながら笑う。
「お爺さんも、昔の神楽毎をご存じなんですか?」
私達を代表してまどか先輩がそうな尋ねると、お爺さんは頷きながら「もちろんじゃよ。何しろお隣じゃからな」と言った。
「わしの代でキッチリ分かれてしまったが、寺と神社は共存しておったからの」
そう言ってどこか懐かしそうな顔を見せる。
お爺さんのその表情だけで、何か思いがあるんだろうなと言うのが伝わってきた。
なんだか空気が少ししんみりしたところで、茜ちゃんのお爺さんが立ち上がり「いいものを見せてくれた、ありがとう」と言って頭を下げた。
「わしは昔を知っているだけじゃが、もし、三様の舞いを考えるのに躓いたら相談に来ると良い。何か言えることがあるかもしれぬからの」
そう言い残すと、茜ちゃんのお爺さんはそのまま広間を出ていく。
茜ちゃんの両親も、改めて神楽毎を褒めてくれた後で、勉強を頑張ってと残して退室していった。
体を動かしたお陰か、勉強にはかなり集中できた。
特に、予想問題を解いていく段階に突入したのもあって、教えあう声はなく、皆がテストに集中している。
時々聞こえる鳥の声と鉛筆は知らす音が目立つほど静かな勉強時間は過ぎていった。
「「「お世話になりました」」」
みんなで声を揃えて頭を下げる私達に、茜ちゃんのお母さんは「対してお構いもしませんで」と返した。
「いつでも、遊びに来ておくれ」
見送りに来てくれたお爺さんがそう言うと、お父さんは「これからも、茜をよろしくお願いします」と頭を下げる。
「「「こちらこそ」」」
私たちがほぼ同時に声を揃えて答えたことに、お父さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべてくれた。
一方、茜ちゃんはかなりヒドイ状態になっている。
顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃのぐしょぐしょだった。
何か事件があったわけでも無いし、彼女の身に何か重大な出来事が起きたわけでは無い。
ただ、私たちが帰宅の時間になり、それぞれお変えることになったところで、その涙腺が急遽決壊したのだ。
多分、楽しかったの原因ねと言う委員長は、どうやら過去にも経験があるらしい。
小学校入学当初など、お寺特有の怖さに友達が逃げ出し、遠巻きになってしまったトラウマがあるだけに、こうして泊まったり勉強会に来るというのは、茜ちゃんにとっては奇跡のようなものだった。
少し大げ差かもしれないとは思うけど、トラウマなんて本人にしか、わからないし、そもそも他人であるが嫌の人間が軽々しく判断して良い物でも無い。
私たちは「また明日も学校で会うから」と皆で言葉を掛けて、熱い握手を交わし、茜ちゃんと別れた。




