お勤めと修行
朝のお勤めはまず掃除から始まった。
委員長とお姉ちゃん、まどか先輩と私の四人で手分けしながら掃き掃除をしていく。
朝の空気は澄んでいて、少し肌寒かったけど、身が引き締まる気がして、修行をしている実感が強まった。
お爺さんの指示で、お墓へと繋がる石畳の通路を掃いて綺麗にしていく。
初夏のお寺は落ち葉が落ちているわけでも無く、雪が積もっているわけでもないので、ざらついて市を滑らせる砂を払ったら終わりという場所が多かった。
そうして、本堂回りを中心に通路を掃除し終えた私たちは、手を洗ってから本堂へ向かう。
途中、茜ちゃんのお爺さんに呼び止められた。
「あー、お嬢さん、凛花さんだったかな?」
「は、はい」
大きく頷くと、私のスカートを指さした。
「読経の後座禅もするから、そのスカートは履き替えた方が良いかもしれんな」
読経は星座で行うらしいが、座禅はあぐらをかくので、スカートの中が見えてしまう。
お爺さんは女の子だけだから、お嬢さんが構わなければそれで良いのだがと言うと、では先に本堂に行っていると言って言ってしまった。
流石にズボン系の着替えは持ってきていない。
敢えて言えばパジャマのズボンくらいだが、どうしようと思っていると、委員長が「凛花ちゃんには大きいかもしれないけど」といって、学校のジャージのズボンを出してくれた。
「借りていいの?」
「もちろん」
「それじゃあ、借りようかな」
スカートからジャージに着替えた私に、委員長は「実は昨日から言い出せずにいたんだよね」と言って苦笑した。
「言えなかったの?」
聞き返した私に頷いて「ほら、急に修行体験の話が決まったでしょ? もっと前にその可能性に気付いてたら、ズボンを持って来てって家田の二って思って」と実に委員長らしい視点で言う。
「流石に、委員長のせいじゃないよ」
私がそう言うと委員長は「ソレはそうだけど、やっぱり、準備不足だなって、反省しちゃうのよね」と溜め息を吐き出した。
そんな委員長に「でも、私は委員長のお陰で助かったけど?」と、これ以上苦ちゃんでも仕方の無いことから、今現実に助かったということに話題をスライドさせる。
委員長はそこで「ふふふ」と小さく笑ってから「皆が予定通りに起きなくて助かったわ」と言って下をちょろりと出して見せた。
いつになく、茶目っ気を見せた委員長に、私も「ふふふ」と笑い返す。
それから委員長の手を引いて「行こう、委員長」と声を掛けて走り出した。
本堂は既に灯りが付いていて、至る所に設置された台上の蝋燭に灯が灯っていた。
黒檀の黒と装飾の金細工が彩られた本堂は、圧倒されるほどの存在感を放っている。
沢山の畳が敷かれた本堂の中心に先に来ていたお姉ちゃんとまどか先輩が正座して待ち受けていた。
本堂に入る前に頭を下げてからお姉ちゃん達の横に並ぶ。
その後に付いてきた委員長が横に座りながら、こそっと私の耳に顔を近づけて「ちゃんとお辞儀して本堂に入るなんて、流石、凛花ちゃんね」と言ってくれた。
私は「道場とかでも、礼をするので、お寺もそうかなと思って」と返す。
委員長は笑みを浮かべて頷いた。
蝋燭を灯し戻ってきた茜ちゃんのお爺さんが本堂の真ん中、ふかふかとした大きな座布団に座った。
軽く振り返って「それでは、始めます」と丁寧な言葉でお爺さんが良い、私たちは背筋を正して頷きで応える。
ややあって、木魚が一定のリズムで叩かれ始め、低めのよく通りお爺さんのお経が始まった。
私たちは手を合わせて目を閉じる。
こういうときにお経も学んでおけば、私もあげられたのにと少し残念に思った。
読経が終わったところで、朝のお勤めは一段落した。
座禅体験は当然ながら、通常は朝のお勤めに含まれない。
私たちのために特別にやってくれるらしいので、まず感謝を伝えると、お爺さんは目を細めて「ほっほっほ」と笑った。
お爺さんのお手本を見ながら足を組む。
この身体になってからよく考えればあぐらのポーズを撮ったことが無かったので、なんだか不思議な感じがした。
委員長以外は初めての筈だけど、流石と言うべきか、まどか先輩は凄く綺麗なあぐらを組んでいる。
私とお姉ちゃんは少し苦労したものの、委員長の協力でどうにか汲むことが出来た。
足を重ね、真っ直ぐ背筋を伸ばしてお腹の前で手を組む。
その姿勢を保ちつつ、絵を閉じてひたすら心を無にするそうだ。
深く息を吸い込み長く息を吐き出すと、それが座禅の始まりになった。
ただ静かに心を無にして、無心となる。
心が乱れると、それが姿勢の崩れに繋がるそうで、警策という木の棒で肩に喝を入れられるそうだ。
この警策での喝入れは、修行を助けるものであるため、感謝を込めて手を合わせて頭を下げるのが作法らしい。
漠然と走っていたが、改めて説明されると、なるほどと思うことが多かった。
私は無心になるために、手を合わせて『心を無に』と頭の中で繰り返す。
直後、リーちゃんの『……主様』という呆れた声が聞こえてつい反応をしてしまった。
声は上げなかったものの、大きく動いてしまった私の肩に警策が置かれる。
私はほんの少し動揺しながらも、頭を下げて少し首を傾けて警策を待ち受ける姿勢をとった。




