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放課後カミカクシ・レトロ  作者: 雨音静香
第九章 不通? 疎通?
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夕食と帰宅

 この場の面々はともかく茜ちゃんの家族には知られない方が良いんじゃないかという委員長の提言によって、指導用に具現化したリーちゃんの依り代以外のぬいぐるみは、お腹に抱えられるサイズから手のひらサイズに変更した。

 皆自分の手の届く範囲に小型リーちゃんぬいぐるみを座らせて、時々撫でたり、見詰めては微笑んだりしながら手元の問題を解いている。

 とても微笑ましい雰囲気だけど、皆が夢中のぬいぐるみを具現化したのが他ならぬ自分だったので、ちょっと落ち着かない気持ちになった。


 夕食までの間はそれぞれがリーちゃんのぬいぐるみを手にしたからか、とても静かに進行していた。

 鉛筆がノートを擦る音、消しゴムが掛けられる音、ページがめくられる音が響く。

 その中に時折、用いる公式や定理を説明するリーちゃんの声、感謝を伝える声、とても集中した勉強時間だと凛花は一人満足していた。


 夕食の時間になると茜の母が呼びに来てくれたので、それに応じて皆で手分けして勉強部屋として使わせて貰っていた広間に料理を運び込んだ。

 次々と並べられていく豪華な料理を前に、オカルリちゃんが「案外精進料理ばかりでは無いんですね」と感想を口にする。

 それに応えたのは、住職を務める茜の祖父だった。

「特別な儀式の時期は別だが、それ以外の時は普通の食卓と変わらんよ」

 茜の友達が来たことが嬉しいのか、祖父は目を細めて皆の顔を見詰めている。

「あ、あの失礼で無ければ、お名前を伺っても良いですか? 茜ちゃんのお爺ちゃんというのも失礼かなと思って」

 私が切り出すと茜ちゃんのお爺さんは「ほっほっほ」と軽やかに笑った。

 その後で「まあ、爺でも、茜のお爺ちゃんでも、和尚でも好きに呼んでくれて構わんよ」と言う。

 名前を言いたくないのかなと思ったら「芳しいという字に、徳川の徳で、芳徳(ほうとく)打よ、お嬢さん。本名は芳徳(よしのり)だがね」とお爺さんの外見なのにお茶目にウィンクを決めてみせた。

 流石にウィンクは想像していなかったので、少し固まってしまった私の横から、千夏ちゃんが「本名ってことは、ほうとくって芸名ですか!?」と声を上げる。

 一瞬の間があってから、芳徳さんは「ほっほっほ」と軽やかに笑った。

 何故笑われたのか戸惑う千夏ちゃんに「そうだね。僧侶……坊さんとしての名前だからねぇ、芸名と呼んでも良いかもしれないね」と目を細めて頷く。

 千夏ちゃんは少し恥ずかしそうに頬を染めて「あ、お坊さんとしての名前なんですね」といって頬を掻いた。

「そうだね」といってから、芳徳さんは少し間を開けてから「あれだね、ビジネスネームだね」と言う。

 ビジネスネームとは、仕事上で名乗る名前のことだ。

 確かに芸名と通じるところがある。

 芸能人としての名前が本名ではないのと同じことだ。

 それよりも私が驚いたのはリーちゃんからの情報である。

 どうやらビジネスネームというのは、公私の区別を付けるためということでこの二年ほど前にとある企業で採用されたばかりらしいのだ。

 さりげなく情報通なのを匂わせたウィンクを決める老人に、ただならぬモノを感じた私は面白い人だなと思う。

 何よりも、お寺を預かる和尚さんが、自分の僧侶としての名前をビジネスの名前だと言ったことに曲者の気配を感じた。


 茜ちゃんのお父さんは今のところは会社員をしているそうだ。

 ちゃんと修行を終えているので、僧侶としての資格はあるが芳徳さんが健在なので、働きに出ているらしい。

 こういったところもこの時代では先進的なんじゃ無いかと思わせるところだ。

 茜ちゃんのお母さん、芳徳さんを加えて夕食が始まる。

 お昼休みの時のようにガヤガヤとうるさい食事の間、茜ちゃんはとても嬉しそうに皆を見詰めていた。

 幼なじみの気安さからか、茜ちゃんに委員長が「あーちゃん、箸が止まってるし、口が開いてる、味噌汁が零れ出るわよ」といつもの口調で言い放つ。

 対して、茜ちゃんは「うぇ!?」と間抜けな声を漏らしてから慌てて口に手を当てた。

 確かに口は開いていたけど、お味噌汁に口は付けていなかったので、口から毀れることは無いと思う。

 口を覆ってからその事実に気付いたようで、茜ちゃんは顔を真っ赤にして「もぉ、お味噌汁飲んでないよぉ~」と抗議の声を上げた。

 対して、委員長はシレッと「知ってるわよ」と返す。

 そのとてもシンプルな返しに、食事のざわつきがピタリと止まった。

 突如訪れた沈黙は芳徳さんの吹き出し笑いで破られ、笑いの声は全員に伝播していく。

「さすが、みーちゃんだ」

 手を叩いて笑う方徳さんに、委員長は澄まし顔で「それほどでも」と返し、それが更に楽しげな芳徳さんの笑いを誘った。

 笑い声というモノは不思議なモノで、それを聞くウチに最初は頬を膨らませていた茜ちゃんも「もぉ~~」といって笑いの輪に加わる。

 こうして元々賑やかだった食事会は、華やかな笑い声で更に楽しい空気に変わった。

 そのまま楽しい食事を続けた私たちは、次はお泊まりをする約束を茜ちゃんと交わす。

 今日笑いで終わったお陰か、茜ちゃんはほんの少しの疑念も無かったようで満面の笑顔で見送ってくれた。

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