飾られた絵と
「この浮世絵はこの地域に伝わっている民話を基にしてる」
いつもの調子で説明を始めた委員長だったけど、プクッと頬を膨らませた茜ちゃんに視線を向けられて、表情を引きつらせながら「だ……だったわよね?」と消え入りそうなほど声を小さくして結んだ。
「……みーちゃん」
不満げに委員長の名前を呼ぶ茜ちゃんの視線を遮るように前に入り込む。
「そ、それで、そんな民話なのか、教えて、茜ちゃん!」
私が両手を合わせてそうお願いすると、プクッて膨らんでいたあかねちゃんの頬から空気が抜け出た。
「茜ちゃんから聞かせて貰いたいな」
上目遣いで様子を伺いながら、茜ちゃんの反応を待つ。
茜ちゃんは少し間を置いてから「しかたないなぁ~」と言ってくれた。
内心ほっとしながらも、それを態度に出さないように気を付けつつ、長押に掛けられた絵の一枚を見上げる。
「これは浮世絵みたいだから、江戸時代のものなのかな?」
私の問いに、こちらに歩み寄りながら茜ちゃんが「これはぁ、明治の始め頃に刷られたものらしいよぉ」と教えてくれた。
「あ、そうなんだ、ほら、ちょんまげだから、江戸時代かと思ったよ」
私がそう返すと茜ちゃんは頷きながら「えっとぉ、このお話の舞台がぁ、江戸時代の頃でぇ」と説明を添えてくれる。
どうやら部屋に掛けられている浮世絵は連作となっていて、江戸時代にこの地域であった出来事がモチーフとなっているそうだ。
茜ちゃんがさらに詳しく話をしてくれようとしたので、私は少し慌て気味に「ちょっと待って、茜ちゃん」とストップを掛けた。
「凄く興味があるけど、今日は勉強をしに集まったから、後で改めて聞かせて貰えないかな?」
私よりほんの少しだけ背の高い茜ちゃんの顔を下からのぞき込むようにして、様子を覗いつつ尋ねてみる。
茜ちゃんは「あ~」と言って視線を他の皆に向けてから「そうだねぇ、勉強しないとねぇ」と少し残念そうな表情を浮かべた。
その表情に、キュッと胸をつかまれるような気がして、慌てて「だ、大丈夫、興味あるし絶対聞くから」と伝える。
けど、茜ちゃんの表情は残念そうな顔のまま変わらなかった。
どうにかしたいと思っていても、打開策が浮かばなかった私に、委員長が助け船を出してくれる。
「この絵に関する話は、同好会で改めてすれば良いじゃ無い、あーちゃん」
委員長の言葉に、茜ちゃんは驚いた顔を見せた。
私はその言い回しから頭の中で繋がった「もしかして、神楽に係わるお話しってこと?」という仮説を口に出してみる。
委員長は私に向かって「そうなの、ここに掛けられた絵のお話しは、神楽舞いに係わるお話しなのよ」と大きく頷いた。
私の推測を委員長が肯定して、自分たちも係わる神楽舞いに関係あると知ったことで、皆の興味が一気に増す。
皆が茜ちゃんに自分も聞きたいと主張を始めた。
茜ちゃんはそんな皆の様子を見て、嬉しそうに笑みを浮かべ「じゃ、じゃあ、試験が終わったらぁ、ゆっくり説明するねぇ」と言ってくれる。
私は少し余計かなとは思ったけど、敢えて「その時に、また、ここに来てもいい? 絵を見ながらの方が入ってきやすいと思うし」と聞いてみた。
茜ちゃんは少し目を丸くしてから、表情を硬くして「もう一度ぉ、ウチに来てくれるってことぉ?」と不安そうな顔で返してくる。
「茜ちゃん……と、茜ちゃんのお家に迷惑じゃなかったら……」
言いながら私は他の皆に視線を向けた。
「またお邪魔したいです! その時にゆっくり話を聞かせてくれたら、凄く嬉しいですね!」
真っ先にオカルリちゃんがそう言って笑む。
「踊り……神楽の背景に関係あるなら、是非とも聞いておかないといけないね。私も読んで貰えたら嬉しいな」
まどか先輩がそう言うと、千夏ちゃんが「私も気になります。試験がなければすぐ聞いて考察したいところだわ」と腕組みで頷いた。
「あ、私も興味あるし、数に入れてくれると助かる」
「私も興味あるなぁ……」
ユミリンに続いて口を開いた加代ちゃんが、そこで「あっ!」と声を上げる。
どうしたんだろうかと、皆が視線を向けると、加代ちゃんは意図せず注目を集めて締まったことが恥ずかしかったようで、少し視線を泳がせながら「実はお着物とか掛け軸にも興味があるんだけど……それも今度話して貰って良いかな?」とうつむき加減で尋ねた。
すると、茜ちゃんはもの凄く嬉しそうな顔をして「うん~! もしぃ説明できなくてもぉ、お爺ちゃんやお父さんにぃ、話を聞いておくからぁ、何でも聞いてねぇ!」と声を弾ませる。
「ありがとう、茜ちゃん」
加代ちゃんがお礼を言ったところで、茜ちゃんの目は自然と未だ口を開いていないお姉ちゃんと史ちゃんに向かった。
お姉ちゃんは「私は凛花の保護者だから、茜ちゃんがダメって言っても勝手に凛花についてきちゃいます」と戯けた口調で言う。
史ちゃんは「私も凛花様の従者なので、絶対に来ます」と断言した。
二人の言葉に茜ちゃんが目を丸くしたので、私も冗談ぽく「茜ちゃんの許可が出なかったら来ちゃダメに決まってるじゃ無い、お姉ちゃんも史ちゃんも!」と注意する。
すると、それを聞いて笑い出した茜ちゃんは「皆ならぁ、いつでもぉ、大歓迎だよぉ~」と言ってくれ、それを切っ掛けに皆も笑い出し、賑やかな着地を果たせた。




