試験前に
リーちゃんがオリジンとの連絡が付くようになってから数日、演劇部の活動日には若草物語の練習、残りの日には神楽舞いの練習という割り振りで日々を過ごしていた。
現時点まで『種』からの接触はもちろん、時間が止まるような怪現象も起っていない。
いわゆる平穏な日常が続いていた。
だが、その日々に変化が訪れる。
定期試験だ。
この世界……という過去の時代の中学校では、一年間を三学期に分けて、夏休みまでの四月から七月が一学期、夏休み明けの九月から十二月が二学期、冬休みを挟んで年が明けた翌年の一月から三月が三学期という形に分けている。
一、二学期には中間と期末、三学期には学年末に試験が設定されているのだ。
元の世界でもそうだったけど、基本的に試験前の一週間は部活動禁止となる。
もちろん、同好会も例外では無く、神楽舞いの練習もお休みとなり、今週は試験勉強をすることになった。
「なんだか、いつもと代わり映えの無いメンバーだな」
ユミリンの言葉に、茜ちゃんが「場所が違うだけでぇ、気分が変わりませんかぁ?」とウキウキと不安が混じったような複雑な声音で返した。
「由美子、茜ちゃんが不安になるような言い回しするんじゃないわよ」
眉根を寄せて皺を作った千夏ちゃんは、そう言ってユミリンに突っかかっていく。
対して「あ」と声を漏らしたユミリンは「折角貸してくれた茜の家が嫌とかじゃ無いからな。勘違いさせていたら、すまない」と言って、茜ちゃんに頭を下げた。
すると、茜ちゃんは吃驚した顔をして「ご、ごめん~~、私もぉ、変に気にしすぎていたかもぉ」と顔の前で両掌を見せながら、細かく左右に振って返す。
「あーちゃんの家は歴史が深いからねー、小学生のこからすると、迫力がねぇ」
委員長がそう言って苦笑いを見せた。
今日、お邪魔させて貰っているのは茜ちゃんの実家である紫雲寺の広間の一つを借りている。
委員長と茜ちゃんが、これまでと今話した内容から察するに、歴史の深いお寺の雰囲気を招いた友人に怖がられてしまったようだ。
それも一回や二回では無さそうなのが、茜ちゃんの私たちが付いてからずっと見せている不安な様子から感じ取れる。
ユミリンの発言も、まったくお寺に係わることは言っていないので、過剰反応と言って良かった。
それでも、千夏ちゃんは茜ちゃんの様子から食ってかかって、意図を汲んだユミリンもちゃんと説明もしたし、謝罪までしている。
流石に、茜ちゃんも少しは肩の力が抜けるかと思ったのだけど、そうでは無さそうだ。
かなり根深そうなトラウマがあるのかもしれない。
私は興味を示しているのが伝われば、茜ちゃんの気持ちも和らぐかなと考えて、一つ質問をしてみることにした。
「そう言えば、茜ちゃん」
「な、なにぃ、り、凛花ちゃん」
明らかに普段ののんびりした雰囲気が吹き飛んでしまっている茜ちゃんの様子から、想像よりも更に何倍も深刻かも知れないと思った私は、笑みを深めてから聞こうとしていたことを口にする。
「えっと、あの、長押に掛けてある絵は何かなって思って」
私はそう言って、ふすまの上、長押に下部を挿入するようにして、壁面の留め金から伸びる紐で斜めで固定された浮世絵のような絵が収められた何枚もの額を指さした。
茜ちゃんが私の指が指した先に振り返ったタイミングで、千夏ちゃんが「凛花ちゃん、なげしってなに?」と尋ねてくる。
こちらに視線を戻した茜ちゃんは、そのまま、千夏ちゃんに視線を向けて目配せをしてきたので、先に説明してあげてということだと察した私は説明することにした。
「えっと、あそこ絵の入っている額があるでしょ? あの下の部分が収まっている木のところを長押って言うんだよ」
私がそう説明すると、加代ちゃんが「リンちゃん、鴨居とは違うのかな?」と首を傾げて聞いてくる。
加代ちゃんの疑問に答えるため、実際に襖の傍まで行って指さしながら「鴨居は襖が入っている溝が掘られた部分のことだよ」と説明した。
更に「長押はここだね」と撫でるように触れながら説明をする。
ただ、つま先立ちじゃ無いと届かなくて、足がプルプルしてきたのでさっさと手を離して、かかとを付けた。
振り返って見たら、まどか先輩とお姉ちゃんが、顔を伏せて肩を震わせている。
完全に、私を見て笑っているのはわかったものの、鴨居と長押の説明を聞いて「さすが、凛花様、建物の名前にも詳しいんですね!」とキラキラした目で見てくる史ちゃんに、頷きながら「勉強になります、凛花様!」と満面の笑みを浮かべて言うオカルリちゃん、そして「ありがとう、教えてくれて」と言ってくれる加代ちゃんと、こちらに目を向けてくれている皆は気付いて無さそうなので、文句を言うのは踏み止まった。
言ってしまえば、笑われていたことを皆に伝えることになってしまう。
そう考えた私は目を閉じて短く息を吐き出して気持ちを立て直した。
それから、改めて茜ちゃんに視線を向けて「えっと、教えて貰っても良いかな?」と聞いてみる。
茜ちゃんは「うん」と頷いてから、額に納まった絵に視線を向けた。




