迅速な対応
ひっくり返った私を抱き上げるなり、まどか先輩は「大丈夫かい、姫!」と真剣な顔で声を掛けてきた。
膝裏とギュッと肩を抱き寄せるまどか先輩の腕の力強さに、凄く心配してくれてるのがわかる。
「だ、大丈夫、皆の視線で一杯一杯になっただけだから」
慌ててそう説明すると、まどか先輩ははっきりとわかるくらいホッとした表情を見せた。
ただそれも僅かな時間で、すぐに表情を引き締める。
「良枝、一応、保健室に連れて行った方が良いよね?」
まどか先輩は視線をお姉ちゃんに向けてそう尋ねた。
「え、ちょ……」
そこまでする必要は無いと言おうとした私の言葉を遮って、お姉ちゃんが「そうね」と真剣な顔で頷く。
「史ちゃん、一応、姫の制服を持ってきて、加代ちゃんは鞄をお願い」
まどか先輩はそう言ってテキパキと指示を出すと、軽々と私の身体を更に高く引っ張り上げた。
「姫、落としたりはしないつもりだけど、首に腕を回してくれるかな? 安定するからさ」
「え……」
そもそも保健室も必要ないと思っている私としては、すぐに降ろして欲しいのだけど、まどか先輩の真剣な眼差しに、それを口にすることは出来ず、仕方なく腕を伸ばす。
まどか先輩の首に腕を回すと、近づいた耳に「ごめんね、凛花は恥ずかしいかもしれないけど、凛花が大丈夫って、言って貰いたいんだ」と囁かれた。
なんだかキュッと胸を締め付ける感覚と共に、もの凄く恥ずかしくなってしまって、まどか先輩を見詰め続けることも出来ず、ギュッと目を瞑って頷く。
間を置かず、肌に風が触れると同時に、まどか先輩が動き始めたことで運ばれる感覚が伝わってきた。
「それじゃあ、天野さん、空いている手前のベッドに寝かせてくれるかしら」
簡単な説明を受けた保健室の主である養護教諭の水上先生は、手近なベッドを指さしながらまどか先輩に指示を出した。
自分で動けるのだけど、ここまで来たら大人しく身を任す方が良いと考えて、まどか先輩にベッドまで運んで貰う。
ゆっくりと、凄く丁寧に扱われているのがわかる動きで、まず私のお尻がベッドに着地して、上半身を起こした格好になったところで、私はまどか先輩の首に回していた腕を解いた。
肩からまどか先輩の腕は離れたけど、膝裏に通された腕は抜かれて折らず、脚が持ち上げられた不思議な体勢になっている。
脚を持ち上げたままなのは、私が上履きを履いて居るからだと気付いたタイミングでまどか先輩が口を開いた。
「姫、上履きを脱がすよ?」
自分で出来ると伝えるよりも早く、まどか先輩は膝の裏を支えていた腕を入れ替えて、右、左の順番で上履きが脱がしていく。
「あ、預かります、まどか先輩」
脱がされた上履きを、付いてきてくれていた千夏ちゃんがそう言って受け取った。
まどか先輩はゆっくりと私の脚をベッドの上に降ろして、真っ直ぐに伸ばすと、白いシーツでくるまれた毛布を下半身が隠れるように掛ける。
「姫、私の腕に身体を預けて」
まどか先輩はそう言って、私の肩を支えるように腕を回した。
更に、空いている手で、私を倒すように柔らかく支えているのとは反対の左の肩を押す。
「千夏ちゃん、枕を調整して」
ゆっくりと私の上半身を倒しながら、まどか先輩は指示を出し、千夏ちゃんは『了解です」と言いながらベッドの周囲を時計回りに動いて私の斜め後ろに回り込んだ。
二人がかりでベッドに抜かされたところで、水上先生が「すごく手篤いわね」と苦笑交じりに感想を口にする。
「姫に何かあったら、落ち込むどころじゃ済まない人が多いですから」
何の躊躇いもなくまどか先輩が言い切った。
少し驚いた表情を見せてから、水上先生は「じゃあ、少し確認するから代わってくれるかしら?」と真面目な表情を浮かべてまどか先輩に尋ねる。
まどか先輩は「はい、お願いします」と言って水上先生と入れ替わった。
「体調不良では無さそうだから、安心して頂戴」
簡単な問診とチェックを済ませた水上先生は、保健室に来てくれた皆に聞こえるように言った。
私を運んでくれたまどか先輩と一緒に来てくれた千夏ちゃん、やや遅れて制服を持ってきてくれた史ちゃん、鞄を持ってきてくれた加代ちゃんだけでなく、お姉ちゃんも来てくれている。
教室を開けっぱなしに出来無いので、オカルリちゃん、委員長、茜ちゃんの三人は残ってくれたそうだ。
「ただ、念のため、ちょっと様子を見た方が良いから、凛花ちゃんはここで少し寝てなさい」
水上先生の指示に、私は「わかりました」と頷く。
それを確認した水上先生は、今度は皆に視線を向けて「凛花ちゃんは私が責任を持って預かるから、皆も活動に戻りなさい」と告げた。
お姉ちゃんと視線を交わした後で、まどか先輩が「じゃあ、私たちは練習に戻ろう」と声を掛ける。
「あんまり心配しても、凛花が困っちゃうからね」
そう言ってお姉ちゃんが真っ先に保健室を後にした。
「凛花様、制服はここに置いていきますね」
ベッド横の机に制服を置いて史ちゃんは頭を下げるとお姉ちゃんの後を追う。
「じゃあ、鞄はここに置くね」
加代ちゃんも持ってきてくれた鞄を置くと「練習に戻るね」と軽く手を振って、保健室を出て行った。
「じゃ、また後で!」
「姫、後でね」
千夏ちゃんとまどか先輩はそう言い残して皆の後を追う。
残された私に歩み寄った水上先生は私の肩が隠れるように毛布を引き上げて掛けると「それじゃあ、少し休みなさい」と言って微笑んだ。




