成長・進化
「リンリン。リンリンには神楽舞いの舞手のこともあるから、主役級は避けたって説明があっただろ?」
どこか呆れて様な顔で、ユミリンはそう言って、お姉ちゃんと千夏ちゃんは微かに首を傾げた。
二人の反応を見たユミリンは「リンリンはオーディションで受からなかった、イコール、自分の演技力は低い……って、決めつけているんだよ」と言い切る。
「だから、良枝姉ちゃんや千夏が、演技が見違えたって言っても、上手く受け止められなくて、結果、疑ってるわけ」
私を指さしながらいうリンリンに対して、お姉ちゃんと千夏ちゃんは「「ああ」」と声を重ねて頷いた。
「凛花は、自分に厳しいからねぇ」
頬に手を当てて、お姉ちゃんは深い溜め息を漏らす。
千夏ちゃんも「凛花ちゃんは修行僧か何かなの?」と言い出す始末だ。
私は千夏ちゃんの問いに対して「そんなに自分に厳しくないと思うけど!」と強めに避退したのだけど、三人の誰からも同意は得られない。
結果として「むーー」と声を出すことしか出来無かった。
「参考までに聞きたいんだけど……」
千夏ちゃんがそう切り出したので、私は視線を向けた。
目が合ったところで、千夏ちゃんは更に「凛花ちゃんは自覚がないのかもしれないけど、後半、急に上手いって感じるようになったの。だから、何か、自分で変えたところがあるんじゃ無い?」と言って首を傾げる。
「うーん。少し考えてみたことはあるけど……」
それが効果を発したかはわからないけど、確かにキャラクターの感情というか、考えを考察はした。
なので、その事を説明してみると、千夏ちゃんは「なるほど」と想像よりも真剣な顔で頷く。
話を聞いていたお姉ちゃんも「なるほど」と言って頷いた。
何を納得したんだろうと、少し不思議に思いながら視線を向けると、お姉ちゃんは「私なりの解釈で良ければ、説明してあげるわよ」と私の視線の意図を汲んだ提案をしてくれる。
私としては、出来る事なら知りたいので、素直に「お願いします」と頭を下げた。
「凛花は役に入り込むタイプの演技者だというのは、自分でも自覚はあるでしょう?」
お姉ちゃんにそう尋ねられた私は黙って頷く。
私の反応を確認してからお姉ちゃんは「じゃあ、凛花はどうして別の人になりきれてると思う?」と聞いてきた。
何故かはわからないけど、とても衝撃を感じる問い掛けに、私は目を丸くする。
けど、驚きの感情がわき上がっただけで、お姉ちゃんの問いに返す言葉は浮かんでこなかった。
お姉ちゃんはジッと私を見て、その事に気付いたのだろう。
「これは私の考えだけど」
そう断りを入れてから、考えを示してくれた。
「凛花がその人物になりきれるのは、その人物の考え方や行動がしっかりと形作れているから……しかも、ここからが重要なのだけど、元々の凛花とは違う性格や行動原理の人物でも、組み上げられている点が凛花のスゴいところよ」
お姉ちゃんはそこまで言うと大きく溜め息を吐き出して、その後、私をジッと見て「正直、嫉妬を覚えるレベルよ」と言い出す。
私は慌てて「お、お姉ちゃんは評価してくれてるみたいだけど、演技のコントロールが出来無いんだよ? 実際、春日先輩やまどか先輩、お姉ちゃんだって、そう思ってるでしょ?」と首を振りながら訴えた。
すると、千夏ちゃんが溜め息を吐き出しながら「凛花ちゃん」と私の名前を呼んでくる。
「な、に?」
なんだか、違和感を覚える呼びかけに、振り返ると、千夏ちゃんは困り顔と呆れ顔が混ざったような複雑な表情で「それが、できるようになりつつあるんだと思うんだけど?」と言った。
「へ?」
瞬きする私に、お姉ちゃんが「凛花にはそもそも完全になりきれるぐらい別人格を組み上げる能力があった……これが下地ね」とかみ砕きながら話してくれる。
なんとなくではあったものの、言っていることはわかったので、私は軽く頷き、お姉ちゃんはそれを合図に続きを口にした。
「この下地の部分が今までは自動的に行われていたと思うのだけど、何を考えているだろうとか、どんな行動を取るだろうって、考察を始めたことで、完全になりきる前の段階で、止められつつあるんじゃ無いかと思うのよね」
「えーと……」
要領を得ていない私に、お姉ちゃんは「つまり、自動的に演じるだけじゃなく、自分のさじ加減で演技ができるようにもなりつつあるってことよ」とお姉ちゃんは言う。
お姉ちゃんの言葉を疑うわけじゃないけど、私の中にはキャラクターの行動を考察しただけで上手くなるだろうかという疑問があった。
でも、お姉ちゃんも千夏ちゃんも、私の能力が新開していると思っているようだし、ユミリンも「私は演技が上手いかどうかはわからないけどさ、リンリンのセリフの言い方さ、台本を読んでるようには聞こえなかった」と評してくれ、自分の成長を認めても良いんじゃないかと思う。
どちらにせよ、演技の能力はこの世界で舞台に立つためだけでなく、元の世界でも役立つことなので、もっと練習を積もうと、かなり前を向けるようになった気がした。




