引け目
宿題を終えたところで、私たちはオーディションに備えて、台本読みに移った。
ユミリンはジョー、千夏ちゃんはエイミーの役が決まっているので、私の練習が主になる。
私に付き合わせているようで、少し申し訳ないと思ったのだけど、お姉ちゃんからも、ユミリン、千夏ちゃんからも気にするなと言われてしまった。
とはいえ、台本読みをするシーンは、学校だったり、家族の団らんだったり、女の人しか出てこなかったりと、完全に私を意識しているんだろうなと想像が付くシーンが選ばれているので、付き合わせている感は拭えない。
なにしろ、春日先輩から男役は向かないと断言されてしまっている私に向いた役しかないのだ。
完全に気を遣わせてしまっているわけだけど、では、ジョーとエイミーに決まっているユミリンと千夏ちゃん、そして三年生として、役の割り振りが無いお姉ちゃんに練習が必要かと言えば、否である。
結局オーディションに一番向き合わねばならないのは私なので、やっぱり、皆を突き合わせる格好になってしまうのは否めなかった。
くじ引きで役を決めたら、後は台本を読むだけだけど、お姉ちゃんや千夏ちゃんは役が変わる度に、演じ方を変えてくれて、私に演技の幅広さを見せてくれた。
流石に、初心者のユミリンは演じ分けの域には達していなかったけど、それで元子役は安定しているし、選ばれただけあってジョーもかなり掴めているように見える。
メインである四姉妹に割り振られるのも当然だと思う……と、同時に潜入捜査の可能性を見越して練習を積んできたはずの自分の至らなさだけが胸に突き刺さった。
出来無い、向いてないというのは実感しているけど、それでも私なりに技術を向上させたくて、私は劇中の人物がどんなこと井を考えているのかに意識を向ける。
完全に入り込みすぎると、憑依になってしまうので、踏み込みすぎないようにだけ気をつけて、そのセリフが喜びで放たれたのか、不満を帯びているのか、気遣いを見せているのかと、含まれる感情をイメージしながら声に出してみた。
「後半はスゴく良かったと思うわ」
お姉ちゃんからそんな賛辞を向けられた私は正直驚いた。
意識したのはキャラクターの考えていることで、ちゃんとその感情を再現できているという感触は薄い。
にも拘わらず、お姉ちゃんの評価は戦ったのだ。
加えて、千夏ちゃんも「私もそう思う。もう感覚を掴んできてるんなら、ちょっと複雑だわ」と言う。
「凛花ちゃんが優秀なのはわかってたけど、あっさり抜かされそうでうかうかしてられないわ。憑依型だけじゃないなんて反則」
ジト目で千夏ちゃんに言われてしまったけど、それだけ本気で思っていることなのだ。
思ったよりも、私の演技力は高く評されているらしい。
けど、ここで調子に乗ると、絶対に大失敗を引き起こすのは間違いないので、冷静さを保つことを強く意識した。
「千夏ちゃんやお姉ちゃんが認めてくれるのは嬉しいけど、今は未だ台本を読んでるだけだよ。まだまだ、演じるまでには距離があるよ」
私の切り返しに、千夏ちゃんとお姉ちゃんは顔を見合わせる。
そして、そのまま二人は動きを止めてしまった。
「お姉ちゃん? 千夏ちゃん?」
お見合いの時間が想像よりも長くなってきたので、私は小さな不安を関しながら、二人に呼びかけた。
すると、二人はほぼ同時に瞬きをし合ってからこちらに顔を向ける。
「「なに? 凛花」」
二人の返事が重なった。
そのまま二人が私の発言待ちの体勢になったので、少し戸惑いつつ私は「いや。二人が私の話を聞いて顔を見合わせたまま固まっちゃったから、どうしたのかと思って……」とストレートに声を掛けた理由を伝える。
対して、お姉ちゃんと千夏ちゃんは再び視線を交わし合った。
ただ、今回はそのまま固まらず、先にこちらへ視線を戻したお姉ちゃんが「簡単に言うと、短時間で目に見えて変化が出るのが、スゴイのよ……まったく、凛花は自覚がないみたいだけどね」と苦笑しながら言う。
「急に、セリフに感情が乗って……でも、役に入り込んでるわけでもなくて……正直、信じられない感じがしてるんだよ。私も……多分、良枝先輩も」
続けて口を開いた千夏ちゃんはそう言って、お姉ちゃんを見た。
視線を向けられたお姉ちゃんは頷きで応えてから、私を見て「未だ動きが付いてないからって、凛花は謙遜してるけど、本読みだけで演歌がわかるってもの凄いことなのよ?」と溜め息を零す。
それでも、私は「ん~~~」と唸るしかなかった。
別に根に持っているわけではないけど、一度オーディションに落選しているのもあって、自分の技量が疑わしい。
加えて、演じる上での支点というか、意識を切り替えはしたけど、それほど効果的だとは思えなければ、即効性があるとも思えなかった。
こうなると、二人が必要以上に持ち上げてくれているんじゃないかという気持ちになる。
そんな私の考えをスッパリと見抜いたように、ここまで防寒を続けていたユミリンが口を開いた。




