和解と提案
自分ではなんともないと思っていたこの世界での生活が……いや、東雲先輩と離れているという事実が、思いの外負担だったことに気付かされることになった私は、そんな自分がなんだかとても情けなく思えていた。
親切で声を掛けてくれたお婆さん達やお母さんに要らない心配を掛けてしまったことも情けないし、全然平気だというのがただの思い込みだったことも情けない。
思わず溜め息を吐き出すと、それを見ていたお母さんが私の頭の上に手を置いた。
「お母さんが思っているよりも、凛花は大人になってたのね」
しみじみ言われてしまったけど、これも答えに窮する内容である。
そもそもこの世界での私はどんな存在だったかわからないので、振る舞うということがそもそも出来なかった。
もちろん、自分なりの考えや答えはあるけど、それはこの世界の私のものではないので、いつかまた入れ替わったときに齟齬が生じてしまう。
そうなるとこの世界の私が大変だ。
まあ……この世界がリンリン様の言うように神世界の一種で、私が元の世界に戻るタイミングで、世界が後悔してしまう可能性もあるので、考えすぎなのかもしれないけど、平行世界のようなものだったら、この世界は継続していくわけで、私の起こす波は極力小さい方が良い。
そう考えてしまうと、やっぱり自分の意見を出すことに抵抗があった。
説明の出来ない葛藤のせいで黙り込むことになってしまった私に、お母さんは「凛花、もう子供じゃ無いから何でも話しなさいとは言わないけど、一人で抱えていて苦しくなったらちゃんと言いなさいね」と声を掛けてくれる。
思わず「うん。ありがとう」と口にしてしまった。
ちゃんと言えないもどかしさで、後味が苦い。
それでもお母さんは「いいのよ」と優しい口調で言って撫でる手を止めた。
お母さんと話をしていると、看護師さんが患者さんを呼び始めた。
どうやら診察が始まったらしい。
私たちより先に病院に来ていた最初に話しかけてくれたお婆さん『渡辺トシ』さんが、看護師さんに呼ばれて診察室に入って行った。
渡辺のお婆さんが診察室へ向かうと、他のお婆さん達が集まり出す。
口々に大丈夫だったかと声を掛けてくれるのだけど、どうやら渡辺のお婆さんに気を遣っていたようだ。
話によると、やはりというべきか、渡辺のお婆さんは、孫を溺愛しているらしく、気に入った女の子を見つけると、すぐに嫁に来ないかと言い出すらしい。
私が尋常じゃ無い反応を見せたせいで、心配になったようで、挨拶のようなものだから深刻に考えすぎないようにと言ってくれた。
くわえて、今は診察室にいる渡辺さんというお婆さんのことも許してあげて欲しいとお願いされてしまう。
正直、私が勝手に不安を感じただけで、渡辺のお婆さんが原因ではないので、気にしてもいなければ怒ってもいないし、なんなら話しかけて貰えて嬉しかったと伝えると、何故か、飴やらチョコやらキャラメルやらを貰うことになってしまった。
診察を終えて戻ってきた渡辺のお婆さんが、私たちが会話しているのを見て申し訳なさそうに声を掛けてきた。
私が気にしないでくださいと伝えると、渡辺さんの大ばあさんは、お仲人さんとして、何人もの夫婦の縁を結んできたものの、年齢的に無理を感じており、最後の一人として自分の孫を選んだらしい。
自分が元気なうちにという焦りが、相手のことを考えない提案になってしまって申し訳なかったと再び謝られてしまった。
このままだとお互いに謝り愛が続きそうだなと思ったので、私は「それじゃあ、渡辺さんが仲人をして、素敵だなって思ったご夫婦の話を聞かせてください」と提案してみる。
すると、渡辺さんは何故かもの凄く感動したと言い出して、今度家に来いと招かれてしまった。
話を振ったのは私なので、ここで流すわけにも拒否するわけにも行かないと、対処に困っていると、お母さんが「私も興味がありますわ」と話に割って入ってきてくれる。
「もしも、お話を聞かせていただくときには、私もお邪魔して良いですか?」
「もちろん、普段はじじとばばだけだから、来てくれると嬉しいよ」
お母さんの提案に渡辺のお婆さんが嬉しそうに頷いた。
すると、他のお婆さん達も、参加表明をしてきたので、なんだか大事になりそうだなと、嫌な予感がしてくる。
そのタイミングで、看護師さんがやってきて「あの」と声を掛けてきた。
病院の待合室だし、うるさかったんだろうかと思った私の予想に反して、看護師さんは「こういう交流会があるんですよ」とチラシを取り出す。
そこにはお年寄りと小中学生の触れ合いを目的とした自治会の催し物の案内が記載されていた。
主催にはこの地区の自治会と小森医院の名前がある。
内容としては、お年寄りが昔の遊びや、水墨画や水彩画、書道や切り絵なども教えるらしく、時間や日付などが細かく書かれていた。
その中で看護師さんが指を差したのが地域交流会の項目で「これはお教室では無く、子供とお年寄りがお話をするだけの集まりなんですよ」と教えてくれる。
その話を聞いて、私は漠然と、参加人数が少ないんじゃ無いかと、看護師さんのどこか必死な様子から感じ取った。




