残されてきた
「元々、儀式を取り仕切る巫女と、その巫女の舞いに合わせて共に舞う巫女の組み合わせが原型だったらしいんですが、戦争を経て伝承が絶えてしまっていたんですよ」
凄く悲しそうな顔で大野先生は言った。
ここは『種』の生み出した世界であって、現実ではない。
ただ、過去の世界を元に組み上げられている世界ではあるので、大野先生は年齢からして戦争を乗り越えてきた人の筈だ。
元の世界では、下手すると一世紀も前の出来事になっているけど、この時代はまだ半世紀も過ぎていない。
高度成長期を経て、町並みや生活水準は大きく変わってはいても、やはり、記憶や心には残っているのだ。
「鈴木家の皆さんの尽力で、どうにか保てていたのですが、それでも、儀式を取り仕切る巫女一人の舞いだけしか継承されていなかったんです」
そこまで説明してくれた大野先生の後を、委員長が引き継ぐ。
「正直、しーちゃんが東京の大学に行くのを機に、神楽の奉納を止めようという方向に傾いていたんだけど、神主を勤めてくれている神子さんが、凛花ちゃんを見出したことで、潮目が変わったのよ」
委員長の言葉に頷きながら大野先生が「ふふふ」と笑った。
どうしたんだろうと視線を向けると、大野先生は少し困った顔をして「思い出し笑いをしてしまいました」と口にする。
その上で「普段冷静な彼が、舞手の候補を見つけたと、興奮して我が家に飛び込んでくるとは思っていなかったので、ビックリしましたよ」と目を細めた。
「そ、そうだったんですか?」
神子さんには落ち着いた印象しかなかったので、とても意外でしかない。
「まあ、彼の居ないところでこれ意地は梨野は良くないので、改めて彼の居る場まで、この話はお預けです」
「え~~」
思わず不満の声が出てしまったけど、大野先生はニコニコするだけで、意思を変えるつもりはないようだった。
少し間を開けてから、大野先生は改めて話し出した。
「今回、神子さんがかなり力を入れてくださり、林田さんが引き受けてくれたこともあって、氏子会でももっと貢献できないかと言うことになったんです」
そんな大野先生の言葉を委員長が引き継ぐ。
「しーちゃんが奉納していた神楽舞い……一人での奉納になる前の神楽舞いについて、昔を知る人達に話を聞いて回ったり、昔の文献を調べたのよ」
委員長はそこで話を切ってから、茜ちゃんに視線を向けた。
「ね、あーちゃん?」
一瞬、何で振ったんだろうと思ったのだけど、その茜ちゃん自身が「ウチに残ってたぁ~資料を出しただけだよぉ~」と言ったことで、そういう事かと理解する。
「学校にも穂波神社の神楽舞いに関する記録はあったのですが、中学校自体の設立が戦後なので量も質も、穂波神社自体や小木曽さんのお宅でもある紫雲寺に伝わってる文献となってしまうんですよ」
私が大野先生の補足に、なるほどと頷いていると、中瀬古先生が「お寺に神社の文献が残っていたんですね」と口にした。
中瀬古先生に、大野先生は「ええ」と軽く頷いてから、私たちを見渡しつつ「明治以前は、神社とお寺が共存していることも多かったんです。国家神道が成立してから、神社とお寺は分離することになり、それまで紫雲寺が管理していた穂波神社も別れたんです。そんな背景もあって、神社に関する古い資料は紫雲寺さんの方がおおっかったりするんですよ」と説明してくれる。
加代ちゃんが感心した様子で「それで、茜ちゃんのお家に資料があったのね」と大きく頷いた。
一方、茜ちゃんは頭を掻きながら「うちはぁ、歴史だけはぁ、長いからぁ~」と返す。
そんな茜ちゃんに、オカルリちゃんが大真面目な顔で「歴史が長いだけって言いますが、茜ちゃんのお寺が、きっちりと資料を残してくれていたお陰で、私たちは凛花様と同じ舞台に立てるわけですから、感謝しかありませんよ」と告げた。
「確かに、そうですね。茜さんも茜さんのご先祖様もありがとうございます」
真面目な顔で史ちゃんがそう言って続くと、茜ちゃんは戸惑った様子で「あ、ありが……え? か、感謝されることかなぁ?」とわたわたし始める。
「感謝されることじゃない? だって、失われてた伝統を取り戻せるって話でしょ?」
千夏ちゃんの発言に、大野先生が「そういうことですね」と頷いた。
更に、中瀬古先生が「歴史に埋もれてしまった情報は掘り起こすのがとっても大変なんだよ。だから、考古学を志す人には、小木曽さんの家のように、資料をしっかりと残してくれている家はありがたくて仕方が無いんだ」と力強く訴える。
皆からの想定外の言葉に、茜ちゃんは動揺を大きくして、委員長に「み、みーちゃん」と助けを求めた。
私にも自分の想定していない周りの熱量に気圧された経験があるので、茜ちゃんの心情がわかる気がするし、助けを求めた委員長にどれだけ信頼を置いているのかもなんとなくわかる。
ただ、茜ちゃんには申し訳ないけど、ここで割って入ったり、助け船を出すことは、私には出来そうにないので、息を殺して決着を待つという姑息な選択をしてしまった。




