初披露
『それじゃあ、サポートよろしく』
目を閉じて話しかけるとすぐに、リーちゃんからの『心得たのじゃ』という声が返ってきた。
まずは現状を把握して貰うためにも、今の私がどのくらい舞えるかを見て貰うことになったのである。
「えっと、皆は、新人戦の練習してていいよ?」
ちゃんと椅子まで持ってきてこちらに期待を向ける皆にそう言ってみたのだけど、承諾の声は一つも出てこなかった。
むしろ、史ちゃんには見せて貰えないのですかともの凄く悲しそうな顔をされ、オカルリちゃんや千夏ちゃんには大きく肩を落とされ、加代ちゃんには苦痛の表情で仕方ないと言われ、見ないでと言い続けることは出来ず、私の方が折れてしまうと言うな咲かないことになってしまう。
ちなみに、委員長にユミリン、茜ちゃんは見るのは当たり前と言わんばかりの態度だった。
そんなわけで、覚悟を決めた私は、顧問の先生方に、今の全力を見て貰うために、リーちゃんに助力を求めたのである。
長く深く息を吐き出して、気持ちを整えた私はゆっくりと目を開いた。
「オカルリちゃん、お願い」
私の合図に機械類担当に立候補してくれたオカルリちゃんが「りょうかいですー」と返事をくれた。
直後、ガチャリと言う音がして、スピーカーからブツッゴッと音がした後、ザァーとノイズの音が流れ始める。
ラジカセから流れる音は、磁気テープから電気信号を読み取って、音として再生するため、音質が良いとは言えずどうしてもノイズが混じるのは仕方が無かった。
ただ、ノイズがあることで、逆にテープが回り出したことを音で察することが出来る。
その音があれば、リーちゃんがバッチリとリズムを計ることができるようになるのだ。
多少ズルイかなと思わなくもないけど、見ている人にも、見ていただく神様にも喜んで貰うために全力を尽くすと決めた今、躊躇いはない。
『主様、あと三つ、二つ』
カウントダウンに合わせて、私は最初の一歩を踏み出しを。
「うおおおおおお、本当に、経験者じゃないのかい!?」
誰よりもテンションを跳ね上げたのは、今日から副顧問として急遽参加してくれた中瀬古先生だった。
「林田さんは、お家が神社だったり、舞手の家の子でもないんだよね?」
中瀬古先生はもの凄く興奮はしているものの、きちっと椅子に座ったままで、勢いで迫ってきたりはしない。
気持ちですぐ動いてしまう私としては、もの凄い自制心だなと感心してしまった。
と、同時に、素直にスゴイなという気持ちで溢れてくる。
「はい。先日撮影映像を初めて見せて貰いました」
息が少し上がってしまったせいで、少し辿々しくなった者の、ちゃんと答えることが出来た。
そんな小さな達成感に「それはスゴイ! 大野先生……というか穂波神社さんは、とんでもない逸材を見つけましたね!」という中瀬古先生の更なる絶賛の言葉が加わり、頬が熱くなる。
つい視線を足下に落としてしまったところで、大野先生が「中瀬古先生。気持ちはわかりますが、落ち着いてください」と口にした。
大野先生の言葉が意外だったのか、中瀬古先生は「え?」と声を漏らす。
「中瀬古先生が素直に褒めたくなる気持ちはわかりますが、林田さんは恥ずかしそうにしていますから、褒めお言葉も徐々ににしてあげてください」
私は俯いたままなので、確認は出来無かったけど、恐らく大野先生の言葉を聞いた中瀬古先生は私を見たようだ。
「あー、すまない。興奮してしまって……君の気持ちを考えられていなかった」
中瀬古先生の謝罪の言葉に、私は「い、いえ。大丈夫です」と慌てて掌を見せて左右に振る。
それでお終いだと思ったのだけど、ここで委員長が「中瀬古先生、申し訳ありませんけど、自分の気持ちを抑えられないなら、副顧問降りてください」と言い出した。
「えっ!?」
思わず私の喉から驚き掛けになって飛び出す。
そんな私の驚きを放置で、次に言葉を放ったのは史ちゃんだった。
「その通りです。私たちも褒めたり絶賛したい気持ちを堪えているのです。先生は大人なのですから、しっかりと自分を制御してくれないと困ります」
直接授業の機会は無いとはいえ、先生に向かって堂々と言い放つ史ちゃんに続いて、委員長が「凛花ちゃんの精神面はとても重要なので、動揺させる可能性がある人は困ります」と更に刺しに行く。
対して、中瀬古先生は怒ったりせず、本当に申し訳なさそうに「確かに、君たちの言うとおりだ。舞手の気持ちを乱すなんてもってのほかだし、オレが参加することで集中出来ないなら、今日の今日でとは思うが、辞任するよ」とま出言い出す。
「ちょ、ちょ、だ、大丈夫です! む、むしろ、いろんなお客さんがいるわけで、中瀬古先生のように絶賛する方も居るかもしれないわけで……だ、だからですね、その私が本番をしっかりと努めるための練習になると思うんですよ」
辿々しくなってしまった私の発言に、委員長は「確かに熱の入る氏子さんもいるかもしれないわね」と納得してくれた。
史ちゃんは「凛花様が言うなら」と受け入れてくれて、中瀬古先生も「これからは余り君を驚かせないように、より気をつけるよ」と思い留まってくれる。
めまぐるしい状況の変化に、疲労を覚えながらも、中瀬古先生が即日で辞めずにすんだことに、私は胸を撫で下ろした。




