新たな賛同者
「林田さんに重荷に感じて貰いたいわけじゃないですが、引き受けてくれて、皆、感謝しているし、本番を楽しみにしていますよ」
そう言って大野先生は柔らかく微笑んだ。
大野先生はその後で大きなラジカセを手にした中瀬古先生に「巻き込んでしまって申し訳ないね。中瀬古先生」と言う。
中瀬古先生は「これくらい軽いですから気にしないでください。それに、オレも神楽舞いが存続されるのは嬉しく思いますしね」と笑った。
そんな大野先生を掌で示しながら「彼は民俗学……神話とか民話に詳しいんですよ」と言い添える。
「歴史的なものが好きで、本当は考古学者になりたかったんだけどね」
中瀬古先生はそう言ってかわ、急に慌てた様子で「もちろん、社会科を教えるのは好きだし、教師に慣れて良かったとも思っているよ」とまくし立てた。
その一連の流れに、どういう思考を辿ったのか察した私は」「大丈夫ですよ。先生のお仕事を軽んじてるなんて思ってませんから」と伝える。
私の発言に、中瀬古先生は少し驚いた顔をしてから、大野先生に視線を向けた。
「スゴく聡明な子ですね。御神楽の巫女として選ばれるのもわかります」
「うむ……けれどそれだけじゃないんですよ」
中瀬古先生にそう言って再び笑みを見せてから、大野先生は「私は残念ながら直接観られなかったんですが、彼女が神社を訪れた際に、普段は楠の影になって日が差さない境内に太陽の光が注ぎ込んだそうです」と言う。
思わず驚きの声を上げそうになった、私は慌てて両手で口を押さえた。
どこまでかはわからないけど、あの場に居た志津さん、委員長、茜ちゃん以外に、見ていた人が居たのかもしれない。
と、考えたところで、ポツリとリーちゃんが『その中にも流されて、ついしゃべってしまいそうなうっかり者がいる気がするがの』と呟いた。
直後、頭に、両手を合わせて『ごめ~~ん』と謝罪する志津さんのイメージが浮かぶ。
あくまで連想でしか無いので、悪いと決めつけられないと思って志津サンのイメージを頭から無理矢理消し去りながらも、それならそれで目撃者が多いよりは良いのかと考えることにした。
「なるほど、それじゃあ、神様もお認めになったのかも知れないね」
少し興奮気味にこちらへ振り向いた中瀬古先生が、私の頭から足先までを、何度も視線を上下させ始めた。
すると、間を置かず史ちゃんが私の前に出て「流石に、それは先生といえど、どうかと思います」と言い放つ。
次いでオカルリちゃんが「そうですね。凛花様の許可も無くじろじろ見るのは。PTA案件ですよ」と感情の見られない淡々とした態度で言い放った。
中瀬古先生は二人の動きに、慌てた様子で「申し訳ない。確かに、じろじろと女子生徒を見るなんて、問題しか無かった! 許して貰えるかわからないが、この通りだ」とほぼ直角に頭を下げる。
それを見て私の方に振り返った史ちゃんとオカルリちゃんの目が『どうしますか?』と問うていた。
私としては、自分にも後先考えずに、好奇心で行動してしまう事があるので、中瀬古先生の行動にとやかく言うつもりはないのだけど、謝罪までされてしまった以上、何らかの落とし所が必要になってしまっている。
軽く咳払いをしてから「気にしていないので、そんなに謝らないでください。私でも大野先生の話を聞いたら、じっくり見てみたくなると思うので」と伝えた。
その上で「私も神様が歓迎してくれていたのら嬉しいですし、光栄ですけど、たまたまだと思いますよ」と偶然を強調する。
対して、中瀬古先生は身体を起こして、大野先生を見た。
「大野先生、オレも本格的に彼女たちを手伝いたいと思いました。聞くところによると学校では女生徒だけで練習をするんですよね? 荷物運びとか、男手が必要な時は声を掛けてください」
私としては、何でそんな考えになったのか、まったく理解できなかったけど、私を庇うように前に立った史ちゃんとオカルリちゃんは、うんうんと繰り返し頷いている。
大野先生も「それは助かります。私ももう年なので、力仕事を頼めるなら心強いです」と中瀬古先生の参加を受け入れた。
中瀬古先生は大野先生を聞いた上で、改めてこちらに向き直ってから「今お願いしたとおり、オレは大野先生のサポートをするつもりだ。君たちとは余り係わらない様に協力をさせて貰うから、余り心配しないで欲しい……ただ、まあ、オレは見ての通りがさつなので、何かの折には、君たちを不安にさせてしまうかもしれないが、その時ははっきり言ってくれると嬉しい」と言ってニカリと笑う。
もの凄く気を使ってくれているのがわかる発言に、私は気付けば「そんなに気を遣わないでください」と口にしていた。
先生たち二人を含めた五人で皆の待つ教室に向かう途中、大柄な身体を小さくして中瀬古先生は「あの……いいだろうか?」と声を掛けてきた。
「どうしましたか?」
史ちゃんが聞き返すと、もの凄く言い難そうに中瀬古先生が「もし良ければ、練習風景を見学させて貰っても良いだろうか?」と聞いてくる。
オカルリちゃんが「御神楽の練習なんてなかなか見られませんからねー」と気持ちがわかると頷いた。
私としては、断わる理由もないので「もちろんです」と頷く。
すると、中瀬古先生は「本当かい? ありがとう、感謝するよ!」と言って、子供のようにキラキラした笑顔を浮かべた。




