おつかい
「今日のところは、音楽だけ、用意できているわ」
教室が明るくなり、空気も入れ替わったお陰か復活した委員長は、いつもの余裕の笑みを浮かべて言い放った。
ただ、未だ完璧ではなかったようで「それでぇ、どこにあるのぉ?」とキョロキョロと周りを見渡す茜ちゃんを見て、あっという顔を見せる。
「う、ううん」
軽く咳払いをした委員長は「大野先生から借りてくるのを忘れていたわ」と少し頬を赤らめて言うと、踵を返して教室の入口に向かって歩き出した。
私はそんな委員長に「あ、待って、私が取りに行くよ」と名乗りです。
委員長は私の言葉に驚いたようで「え?」と声を漏らしながら振り返った。
「だって、ほら、練習のメインは私だし、何かの用事とか、風邪とかで委員長がお休みの時は、私が自分でやらないとだから」
全部任せきりには出来無いよと訴えると、委員長は「ふむ」と言ってから「それもそうね」と頷いてくれる。
ただ、ラジカセが重いからと言う理由で一人での派遣は禁じられてしまった。
「ふっふっふ、かちました」
結局じゃん県大会になってしまったお付き添いの座を射止めたのはオカルリちゃんだった。
「私たち二人というのも、少し運命を感じますね」
もう一人ジャンケンを勝ち抜いた史ちゃんが、感慨深げに頷いている。
私を『様』付けで呼んでいる二人というのもあって、連帯感とか親近感があるようだ。
「とりあえず、二人にも練習をして欲しいし、早く行って早く帰ろう」
廊下を歩きながら付き添ってくれている二人にそう提案をしたのだけど、どういうわけか二人からの反応は得られなかった。
思わず「あれ?」と振り返る。
そこには難しい顔で腕組みをするオカルリちゃんと、ニコニコと笑みを浮かべる史ちゃんが待ち受けていた。
二人の様子を確認するために振り返ったのに、より困惑が深まった私に、史ちゃんは笑顔のまま「正直な気持ちを言わせていただくと、こうして少人数で動いてる時の方が、凛花様を堪能できるので、ずっとこの時が続いて欲しいかなと思います」と断言する。
思わず目が丸くなった私を真っ直ぐに見詰めながら、史ちゃんは表情を変えることなく、自分の頬にそれぞれの手を当てて、ホォと熱の籠もったと息を漏らしながら「でも、皆と一緒の時の凛花様も好きなので、早く戻るのも良いですね」と目を柔らかく細めた。
「そ、そう……」
それ以上言葉を続けることが出来ず、少しぎこちなく頷いたところで、オカルリちゃんが「確かに、史さんの言うとおり、甲乙付けがたいですね」と組んだ腕を解きながら言う。
「凛花様のそばに居られるならそれで良いので、私の答えとしては、凛花様がお望みなら急ぎましょうか……ですかね」
オカルリちゃんは一人そう言って頷くと「そうですね、それが最適解ですね」と続けた。
すると、史ちゃんも頷きつつ「異議無しです、というわけで、早く行きましょう、凛花様」と言う。
「あ、う、うん、そうだね」
そもそも早くと言い出したのは私なのだけど、いつの間にか乗り気の二人に置いてかれる形となってしまっていた。
「じゃあ、早速行きましょう!」
オカルリちゃんがそう言って私の左手を右手で握る。
「あ……」
私が驚きで声を漏らしたところで、今度は右手にも握られる感触が走った。
「さあ、行きましょう」
スルリと私の右手を握った史ちゃんはそう言って微笑む。
結果、私は両手を史ちゃんとオカルリちゃんに握られて廊下を歩くことになってしまった。
「えっと、ノックするから、手を離して貰っても良いかな?」
大野先生がいると思われる社会科準備室の前に辿り着いたところで、私の手を握ったままのオカルリちゃんと史ちゃんを交互に見ながらそう切り出した。
すると、オカルリちゃんは「あ、私、聞き手が空いているので、お任せください!」と爽やかな笑顔で言うなり、私の反応を待たず、コンコンとドアをノックする。
ややあってから、社会科準備室から「はい」と返事が返ってきた。
「一年F組の田中るりです。大野先生に、神楽練習用の機材を借りてくるようにと言われてお窺いしました」
オカルリちゃんはドアを開けずに、来訪の理由を口にする。
またも少しの間を挟んで、今度はガラッと社会科準備室のドアが開かれ、中からお爺ちゃん先生こと、大野先生が顔を見せた。
「準備はしてありますよ」
大野先生は、そう言って身体を少し引くと、先生の後ろの棚に、通学鞄くらいの大きさがありそうなラジカセが置かれていた。
見るからに大きく重そうなラジカセを見た後で、私たちに視線を向けた大野先生は心配そうに「運べるかな?」と首を傾げる。
私たち三人が顔を見合わせたところで、大野先生は更に後ろに振り返って「中瀬古先生、今、余裕はありますか?」と尋ねた。
すると、社会科準備室の多くから、大柄の若い先生が「大丈夫ですよ」と言って顔を見せる。
見慣れない顔に私たちが黙っていると「やあ、一年生の子達だね」と中瀬古先生と思しき若い先生は笑みを見せた。
「僕は三年生の授業が多いから、知らないかもしれないけど、社会科の中瀬古です。よろしく」
そう言って頭を下げる。
少なくとも私はタイミングを合わせたつもりはなかったのだけど、見事に「「「よろしくお願いします」」」と私たちのお辞儀も声も綺麗にシンクロした。




